第6話 家賃がピンチの時は体で払えるよ!

 シャングリラのダンジョンを脱出してすぐ、藍大達は茂の呼んだタクシーに乗ってDMU本部へと移動した。


 DMU本部があるのは東京の八王子であり、道が空いていたからシャングリラを出てから40分程度で着いた。


 何故八王子にDMU本部があるのかといえば、最初にダンジョンが発見されたのが八王子だったからだ。


 日本最初のダンジョンが八王子の山に洞窟として発見され、その山を結成されて間もないDMUが拠点とした。


 ダンジョンに何かあった時、すぐに対応できるようにするにはダンジョンと隣接する形で拠点がある方が良いからすぐにプランが実行に移された。


 それはさておき、藍大達は洞窟に隣接したDMU本部前でタクシーを降りた。


 茂の案内で屋内に入ると、藍大達はそのまま奥にある少しだけ豪華なドアの部屋の前までやって来た。


 茂がそのドアをノックした。


「本部長、解析班の芹江です」


「入ってくれ」


「失礼します」


 (本部長ってここの一番お偉いさんじゃね?)


 藍大は上司に報告と言っていた茂の言葉を解析班の班長への報告だと思っていたが、実際にはDMUのトップだったので内心冷や汗をかいていた。


 しかし、部屋に入って目にした男性の姿にその緊張感が吹き飛んだ。


「小父さん?」


「やあ、藍大君」


 藍大が小父さんと呼んだのは、茂の父である芹江潤である。


 藍大のホッとした顔を見て、茂がニヤッと笑った。


 それはまるで悪戯に成功した子供のようだった。


「し~げ~る~」


「ハハッ、悪い。サプライズだ」


「サプライズ過ぎるわ! 小父さんがDMUの本部長って知らなかったぞ。公務員じゃなかったっけ?」


「それについては私から話そう。実はね、前任の本部長が地位の不正利用で捕まったんだ。私はその後任としてここにいるんだ。というか、茂が鑑定士の職業技能ジョブスキルを持つ超人だから都合が良いという上の判断だね」


「わ~お。でも、小父さんダンジョンの隣で勤務って大丈夫なの? 小父さんは超人じゃないっしょ?」


「フフン、霞ヶ関のギスギスした人間関係に比べたら、これぐらい大したことないよ」


「そんな話聞きたくなかったんだけど・・・」


 ドヤ顔で言ってのける潤を見て、出世レースとはかくも怖いものなのかと藍大の顔が引き攣った。


 雑談アイスブレイクはもう十分だろうと判断し、茂は咳払いした。


「オホン。本部長、そろそろ報告しても良いですか?」


「そうだな。芹江君、よろしく頼む」


 例え親子だったとしても、勤務中は上司と部下だ。


 茂は潤に敬語で話すのはそれが理由だ。


 その光景に違和感を覚えつつ、そんなツッコミを入れたら話が進まないと理解して藍大はおとなしく2人のやり取りを聞くことにした。


「シャングリラに発生したダンジョンですが、今までに発見されたいずれのダンジョンとも異なる特殊ダンジョンのようです」


「何が特殊なのかね?」


「特殊という根拠は3点あります。1点目は出入口のドアの開閉ができるダンジョンであること、2点目はそのドアは逢魔が開けないとダンジョンに繋がらないこと、3点目は入って最初に遭遇したのがマネーバグだったことです。群れで出ました」


「ふむ・・・。それは特殊だな。私の知る他のダンジョンでは、どこもそんな報告を受けてない。出入口は空きっぱなしだし、そもそも誰かが鍵となるようなこともない。しかも、マネーバグなんて遭遇率の低いモンスターじゃないか。立石さん、今の話に間違いないね?」


「間違いないで~す」


「そうか」


「本部長。言葉だけの報告だと信憑性に欠けるので、マネーバグの死体を持ち帰りました。これが逢魔が従魔サクラを指揮して倒したマネーバグです」


 そう言うと、茂は回収したマネーバグの死体を袋から取り出した。


「可愛らしい小さな女の子のようだが、本当にバンシーなんだね」


「キュ・・・」


 自分を覗き込むように身を乗り出した潤に対し、怖いと思ったサクラは藍大の後ろに隠れた。


「小父さん、サクラを怖がらせないでくれよ」


「すまないね。ただ、バンシー自体も外国で目撃証言が片手で数える程しかないんだ。だから、つい気になってしまってね」


「そんなに珍しいの?」


「珍しいね。というか、藍大君がもう珍しい情報を持ち過ぎてるんだ。情報料は適正価格を払うから、従魔士とかの諸々の情報を教えてくれないか?」


「わかった。俺も今日初めて職業技能ジョブスキルが覚醒したんで、わかる範囲でも良ければ」


「助かるよ」


 その後、藍大は潤に対して従魔士についてわかっていることを話した。


 茂はそれをメモしており、後程報告書にまとめるらしい。


 話を聞き終えると、潤は首を縦に振った。


「なんというか、藍大君はシャングリラに愛されてるね」


「そうかな?」


「愛されてるとも。鍵付きダンジョンがシャングリラに発生して、そこではサクラちゃんのような可愛い従魔をテイムできたんだよ? 今の今まで誰一人テイムに成功しなかったのに、藍大君はシャングリラで未知を2つも体験できたんだ。怪我も負わずにね。これを愛されてないとでも思うのかい?」


「そう考えると愛されてるかもしれない。親が遺してくれた財産シャングリラに感謝だな」


「そうだろう、そうだろう。ところで、私は立場上訊かない訳にはいかないんだけど、藍大君は今後シャングリラの管理をDMUに任せたいかい?」


 藍大の発言に嬉しそうに頷いた潤は、一転して困った笑みを浮かべながら藍大に訊ねた。


「それはお断り。俺はシャングリラの大家だから。店子さんもいるのに、明け渡したりなんかできない」


「キュキュ!」


「大家さん偉い! よく言った!」


 サクラと舞から感心したように合いの手が入った。


「どうしたものかな。芹江君、良いアイディアはあるかな?」


 藍大にシャングリラを引き続き任せたい潤としては、感情論ではなく何かしっかりとした理由をもって藍大に任せる理由を探していた。


 しかし、パッと良いアイディアが浮かばなかったので、きっと何か閃いているはずに違いない茂に意見を求めた。


「あります。逢魔はシャングリラのダンジョンの鍵となる存在です。逢魔がいる限り、一般人が誤ってダンジョンに入ることはないでしょうし、ダンジョンに入れる人を逢魔が選べます。これは安全面から考えて十分に逢魔を大家としてシャングリラに留まらせる理由になります」


「なるほど・・・。ただ、反対意見を潰すには弱いんじゃないかな? 鍵のかかる珍しいダンジョンなんて、利権に食い込もうとする輩にとっちゃ狙わない方がおかしいぞ?」


「そこはDMUから隊員をシャングリラに派遣することで、監視を付けているとアピールします。実際には逢魔の護衛ですが」


「誰を付けようとしてるのかな?」


とどろきと広瀬でどうでしょう。他の隊員と比べて腕が立ちますし」


「轟君と広瀬君か。クセがあるタイプの2人だよね。大丈夫なの?」


「逢魔ならクセの強い2人でも御せるでしょう。御せるのならば、2人は間違いなく役立ちます。少なくとも、本部ここで遊ばせておくべきではないでしょう」


 茂の言い分を聞き、潤は少しの間考えるに黙り込んだ。


 そして、ゆっくりと頷いた。


「わかった。藍大君、シャングリラに空き部屋ある?」


「104号室と201号室が空いてる。202号室の人は旅行中で、203、204号室の人達は別々にダンジョン遠征中だったはず」


「なるほど。そこに轟君と広瀬君っていうDMUの隊員を住み込みで派遣して良い? 勿論、家賃もしっかり払うから」


「喜んで!」


 店子が増えることは、藍大にとって良い話だ。


 ましてや店子になる2人が護衛も兼ねてくれるのであれば、余計にありがたい。


 だが、そこで面白くなさそうな表情をする者が1人いた。


 舞である。


「私も守る! というより、ぽっと出の人に大家さんを任せられないよ!」


「立石さん・・・」


「家賃がピンチの時は体で払えるよ!」


「護衛してくれるってことですね、わかります」


 一瞬ピンク色の妄想をしないでもなかった藍大だが、自分が舞に十分な好感度を稼いでいるとは思っていなかったため、期待せずにそう言った。


 それを敢えてからかうのが潤スタイルである。


「良かったじゃないか、藍大君。モテ期到来だね」


「ワーイモテキダー」


 わかってて言わないでほしいというジト目をぶつけつつ、藍大は潤に片言で応じた。


 その後、話は微修正があったもののほとんど茂の提案通りにまとまり、藍大が継続してシャングリラの管理と調査をすることになった。


 派遣される2人は今外出中のため、情報料を受け取った藍大達はタクシーでシャングリラへと帰った。


 シャングリラに到着し、藍大は長い1日を終えた。

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