俺にできること
家に帰り、今日のことを父に知らせた。温厚で冷静な父も怒りを隠せていなかった。俺は隠すつもりもなかったので王家の人間に聞かれていたら不敬罪で処されてむおかしくないようなことも言っていた。
姉様は悲しそうに笑い、本日は休みますと部屋にこもってしまった。
俺にはどうすることもできなかった。それがとても悔しくて歯がゆくて。俺にも休めと父は優しく声をかけてくれたが、到底休む気にはなれなかった。
バルコニーで夜風に当たり、物思いにふけっていると侍従がホットミルクを入れてくれていた。冷たい空気と暖かい飲み物は俺の心情を表しているようだった。ため息をつく。
「坊ちゃま、お休みになりませんとお嬢様の悩みの種が増えてしまいますよ」
姉様の名前を出されては俺も強く言えず、素直に自室へと戻った。
♢♢♢
次の日、俺は友人でありこの国の第二王子ジョエルに召されて王宮の庭でコーヒーを嗜んでいた。嗜んでいる暇なんてないがいくら友人といえど王子の命令を無視できず今に至る。優雅に、文句のつけようのない所作で彼はカップを傾ける。
「殿下、単刀直入に申し上げます。私はどのような理由で呼ばれたのでしょうか」
「そう焦るなよ、アンベール。お前はエリアーヌ嬢のことになると冷静さに欠ける」
優雅な時が流れ、ジョエルは人払いをした。数十秒の沈黙のあとようやく彼は口を開いた。
「まず、異母兄が君の大切な姉君にずいぶんと失礼なことをしたようだ。身内としてひとまず謝罪しよう。まあ、俺の謝罪なんていらないだろうけどな」
確かにジョエルに謝られたところで意味もないし怒りも収まる気配はなかった。
「わかっているなら、そんな謝罪するな。こんなこと言うために呼び出したわけじゃないだろう」
人払いがされたことで俺たちの口調は砕けたものになった。
「昨日の発言は異母兄の独断で陛下の御意思には反することだ。そもそもリディアーヌ嬢は俺の婚約者になる予定だった。顔合わせの時に彼が彼女に一目惚れしてああなった」
俺は衝撃を受けたがなるべく表情を動かさないようにした。
「まあ、あんなことになれば俺の婚約者なんてなれない。破談だよ。婚約者のいない王子なんてあまり示しがつかないんだけど」
「愚痴か?」
「っはは、お前にしか言えないことだから許してくれよ。異母兄は廃太子されることになりそうだ」
ざまあみろと心の中で思った。一応王宮なので口には出さなかったが。
「しかし……エリアーヌ嬢は王太子妃教育を受けている。だから、王家に嫁がなければ特命が下ることになる」
特命、この場合は自死だ。王家の一員になるために極秘情報が与えられていて妃にならなければ記憶を完全に消すために名誉ある死を選ばされるのだ。
俺は唇をかんだ。姉の命を守るためには第二妃を甘んじて受け入れなけば、彼女が不幸になる道を選ばねばならないのだ。
「そこで、だ。君に提案がある。廃太子時に俺とエリアーヌ嬢の婚約を発表すればどうだろうか」
「は? お前と姉様の?」
「怒るなよ。俺は兄上のようなことはしない。アンベールが怖いからな」
ははは、と冗談めかして彼は言った。
「俺が決めることじゃない。姉様がジョエルを選んで幸せになれると思えば応援する」
「まあ、君の家に力が偏りすぎてしまうのが難点だけどね。晴れて姉君に俺が認められたら、異母兄とリディアーヌ嬢には王家の山奥の土地で暮らしてもらうように仕向けよう。十分に情報を集めないとね。母が第三妃で実家は辺境伯だ。まさか王太子候補に選ばれると思わなかったよ」
ジョエルの母は第三妃、バカ王子エクトルの母は正妃、つまり王妃陛下で生まれた順番も加味され、エクトルは立太子される前から王太子の扱いを受けてきた。彼にとって王太子は約束された地位であり、自分以外の物に渡る可能性などなかった。
それゆえの先日の発言だろう。
反対にジョエルは異母兄が死ぬかよほどの不祥事でも起こさない限りは王太子になることはなかった。だからと言って腐らず、まじめに勉強して他国に婿入りしても恥ずかしくないように自分を高めていた。国内にとどまるのであれば宰相や外相などの重要な役職に就きポンコツな兄貴を支えていく予定だった。
それが幸いして今王太子候補に選ばれている。
「ということで、のちに陛下から沙汰がアルカン家に下されるだろう。何も言わないと後で知ったアンベールが俺に殴り込んできそうだったからさ、先に知らせておこうと思って」
「俺は何をすればいいんだ?」
ジョエルはにやりと微笑んだ。机に置いたベルをチリンと鳴らす。
「君には情報収集のために積極的に社交界に参加してほしい。そしてパートナーとして彼女、アルベルティナ殿下を連れ立ってほしい」
「ごきげんよう」
俺が顔を上げると少し異国だった顔立ちの少女がいた。そしてすぐに気が付いた。彼女はワッカシャード王国の第二王女だということに。慌てて立ち上がり挨拶をする。
「座ったままで申し訳ございませんでした。あまりの美しさに見とれておりました。私はアンベール・ヘリオス・アルカンと申します」
「楽になさって。私もお友達になりたいと思っているの」
柔らかく微笑んだ王女は例えるなら花の妖精のようであった。王宮の庭がちょうどよく背景になり、魅力を引き立てている。客観的に見てもたいへん美しい姫君だった。
「彼女は俺の親戚、伯爵家の人間という体で社交してもらう」
「そう、私はティナ・マルヤ・バルバストルということになるわ。一応婚約者筆頭候補ということになるからあまり丁寧に接されると違和感が生じてしまいます。ぜひティナと」
「そういうことでしたら、収集する期間中だけティナとお呼びさせていただきます」
ふわりとアルベルティナ殿下は笑った。
ジョエルは満足そうにうなずき俺たちの中が深まるようにと奥のバラ園の案内を命令された。
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