バカの優越感

 姉様の婚約発表から5年が経った。俺は17歳となり、当時の彼女と同い年になった。もう間もなく姉様は王太子妃となる。



 17歳となった俺は本格的に領地経営に携わり、社交も積極的に参加している。実のところまだ婚約者はおらず、選定は父に全投げしている状態だ。しかし、次期侯爵で自分で言うのもなんだがうちの実家は公爵家にも匹敵する力を持ち、王太子妃になる娘もいる。そして俺自身が第二王子の側近候補のため社交の場に出ると未婚の令嬢に囲まれない日はない。



 選び放題だと浮かれるほど女というものに興味がわかなかったし、そもそも姉様の方が美しいとどうしても思ってしまう。



 今日の分の書類をまとめ、隣国ワッカシャード王国で使用されているシャード語の先生が待つ部屋にそろそろ向かおうかと思案していると書斎のドアが遠慮がちにノックされた。



「父上、エリアーヌでございます。いらっしゃいますか?」



 透き通った姉様の声が俺の鼓膜を刺激した。すぐさまドアの元へ行き、彼女を部屋に迎え入れた。



「姉様、父上は本日王宮で会議ですよ。どうしたのですか?」


「あら、そうだったのね。困ったわ……本日の夜会のエスコートを殿下に断られてしまったの」



 俺は努めて表情に怒りを出さないようにしながら返答した。



「そうなのですね。何かご事情があるんでしょうか」



 事情もくそもない。大病でもなければありえないことだがそんな話は聞いていない。たとえ病気だろうと姉様のエスコートくらいしろ。



「わからないわ。さっき急に使いが来たのよ」


「では本日は俺が姉様のエスコートを致しましょう」


「ふふ、初めてアンベールと一緒に向かうわね」



 天使だ……。


 俺は軽く微笑んで内心を隠しながら姉様を部屋まで送り、授業へと向かった。




♢♢♢




 姉様は今日赤色のドレスを身にまとっている、よく見ると薔薇の刺繡が施されており裾が揺れると花弁が舞うように見えた。花の精だと言われれば皆が信じるだろう。今日も姉様は美しかった。



 入場は基本的に身分が低いものから行われるのがしきたりだ。



 したがってアルカン家が入場するころにはすでにほとんどの貴族がそろっている。また、王太子殿下と入場する姉様に至っては最後から2番目に会場入りするのだ。




 しかし、姉様は俺と一緒に入場してきた。いつもの順番ではない。



 少しの動揺が伯爵家以下の人間に走るが、俺の姿を見て皆口をつぐんだ。姉様の隣だから笑顔でいるように努力していたつもりなのだが。





 公爵家の方々が入場しきり、順当にいくと次は王太子殿下だ。おそらく彼は体調が悪いと思われるため、両陛下の入場になると思っていた。




 俺の目の前には信じられない光景が広がっていた。



「エクトル王太子殿下、バラチエ伯爵令嬢リディアーヌ様のご入場です」



 門前に立つ衛兵が眼前の光景が見間違いでないと告げてくる。俺の腕を掴む力が強くなった気がした。隣の姉様を見れなかった。



「……殿下にお変わりがないようでよかったわ」



 消え入るような声で姉様は呟いた。傷つきながらもきっと笑顔を絶やしていないのだろう。だって彼女は王太子の婚約者なのだから。



 俺は気の利いた言葉をかけることができなかった。どんなに領地経営の勉強をしても、令嬢から言い寄られていても姉様を助けられなかったら意味がないのに。





 呆然とする俺たちを置き去りにして衛兵は最後の入場を告げた。





 国王陛下が開始の挨拶を述べる。



 王妃陛下は微笑みを絶やさない。




 王太子殿下は隣の令嬢を見つめていた。それは熱のこもった視線に思えて、俺のはらわたは煮えくり返った。



 リディアーヌと呼ばれた伯爵令嬢は可愛らしい人だと思う。顔立ちは整っているし、豊満な身体つきは男性を煽るのには十分すぎるくらいだ。だからと言って姉様以上の女性とは身内の贔屓目を抜いても思えなかった。




 そして、その王太子殿下は下衆っぽい笑みを隠そうともしていない。この国を背負っていく立場としていかがなものかと思うが、おいそれと言える立場ではない。



 しかし、心の中でどう思おうと自由だ。俺はこの馬鹿を永遠に許さない。




 馬鹿がこちらにゆっくりと近づいてきた。姉様と共に礼をする。相変わらずにやにやとした笑みが顔に張り付いていた。


「エリアーヌ、今日はすまなかったな」



 思ってもなさそうな謝罪。



「いえ、殿下はお忙しい御身ですので」


 姉様は美しく微笑みながら答える。


「紹介しよう、リディアーヌだ。俺は彼女を正妃にと考えている」



 こちらの会話に興味がないふりをして耳を傾けていた野次馬貴族たちはどよめいた。公爵家や他国の王族、せめて他の侯爵家からの令嬢を姉様の代わりに正妃とするのは政治上わからなくもない。それでもこの場で見せつけるように言う必要性は全くと言っていいほどないが。



 しかしこの馬鹿が述べたのは影響力もさほどないただ見た目だけ持ち合わせたような女、しかも伯爵令嬢を正妃とする旨だ。



 そして何が腹立つかというと、自分の身分を振りかざして優位にたち、今の発言をしてやったりという顔で行ったことだ。こんなに頭が空っぽだっただろうか。



「僭越ながら申し上げます。今の御発言は姉上をあまりにもないがしろにしているものかと。アルカン家の人間としてさすがに黙っておれません」



「はぁ……アルカン卿。俺は王太子だ。決定事項だということもわからないのか?」



 いや、そうはならないだろう。後ろで国王陛下がため息をつかれているぞ。



「エリアーヌ、君には第二妃として外交や社交を任せようと思っている」


「……そうですか」




 俺は姉様とともに最低限の礼儀が守られる時間だけ滞在し、家に戻った。馬車の中でも笑顔を絶やさず、平気なふりをする姉様。



 まだ俺はきっと弟で守るべき対象なのだろう。



 俺は王太子とともに自分のふがいなさを呪った。

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