ちょっとしょっぱい、ものがたり。

影月 潤

ちょっとしょっぱい、ものがたり。

 普通は市販の餡などを使う。

 でも、俺の母さんは小豆から餡を作る。

 本来なら食用色素で色を付けるのも、餡を作るときに出た煮汁で色を付けることで自然の色で作れるとか。

 母さんからお菓子作りのイロハを学んでいる幼馴染のカナは、当然のようにそういう作り方をしている。

 材料を混ぜ合わせ、加熱し、餡を入れて丸める。

 葉で包み、そして、完成。

「じゃじゃーん、桜餅ーっ!」

 そういってカナは皿を高く掲げ、飛び跳ねるように俺の前に現れた。

「あー、もうそんな時期かあ」

 俺はいつのまにか雪も少なくなって、少しずつ暖かくなった外を見ていう。

「ね、ね、食べてよ」

 俺の顔の前に皿を持ってきてカナはいう。

「んー、じゃあおひとつ」

 俺は皿に乗ったその桜餅をひとつ、手に持って、桜の葉をはがす。

「葉っぱごと食えよ」

「苦手なんだよ」

 今までも何度かしているそんなやり取りをしてから、俺は葉っぱを外した桜餅を口に含んだ。

「お、美味いな、これ」

 俺は素直に口にする。

「いよっし、最低ライン突破」

 俺の感想を聞いてカナはそんなことを口にした。

「なんだよ最低ラインって」

 俺が尋ねると、

「あんたって、小さい頃から香織さんのお菓子とか食べ慣れてるからね。あんたが美味しいっていうのがまあ最低の基準というか、ポイントというか」

「なんだそりゃ」

 俺はもうひとくち食べてカナの顔を見た。

 カナは、今年の春から製菓の専門学校への入学が決まっている。小さい頃から俺の母さんがお菓子を作るのを見ていた彼女は、母さんに憧れているのか対抗しているのか、昔から色々作って俺に食べさせたがっていた。

 だんだんと腕も上達していくと、そのうち「パティシエになる!」と声を上げるようになり、高校に入ってすぐくらいからもうそっちの道を目指して進んでいた。

 確かにカナのお菓子は格段にレベルがあがった。味も、見た目も。

「ま、母さんには負けるけど」

 ぼそっという。別に、誰かに聞かせるために口にしたのではないのだが、カナの顔をふと見るとぷくーっと頬を膨らませてこっちを睨んでいた。

「香織さん! 負けないんだからね! いつか絶対に香織さんも抜いてみせるんだから!」

 そういって台所に戻る。

「あらあら」

 入れ替わりに、母さんがこちらに来て俺に向かって指を立てた。

「ダメよ、ちゃんと素直に美味しいっていってあげなくちゃ」

「いったよ……」

 母さんの言葉に小さく答え、残った桜餅をもうひとくち、口に入れる。

 確かに、美味しい。でも、かつては有名な菓子店で働いていたという経歴を持つ母さんの作ったお菓子と比べると、まだ劣る。

「まだまだ母さんレベルではないだろ」

 だから素直に感想をいう。そもそもカナとはそういう中だ。遠慮もしないし配慮もしない。ちゃんと思ったことは口にしている。

「カナちゃんはあなたに認めてほしいと思ってるんだから」

「なんで俺に?」

「さあ、なんででしょー」

 母さんは楽しそうに笑って台所へと戻っていった。

「認めるもなにも」

 母さんほどではないにせよ、カナの作るお菓子は美味しい。そのへんの洋菓子店のものより、見た目も味も、しっかりしている。

 もちろん俺の好みをしっかり知っているということもあるのだろうが。

 その辺り、俺はちゃんと認めているつもりだ。それなのに、なにが気に入らないんだか。

 俺は息を吐いて外を眺めた。

 太陽が低い位置にあった季節は、いつのまにか通り過ぎていた。

 気温も上がっていて、花びらが少しずつ、顔を出し始めている。

 カナは専門学校へいくのだが、俺が進学するのは普通の大学だ。

 一応、経営学部なので、経営のことについては学ぶつもりだ。カナは自分の店を持ちたいということをいっているので、いざそのときが来たとき、ちょっとくらい手伝えるくらいの知識は身につけようと思った。

 やりたいこともないし、やるべきこともない。

 でも、まあ。

 大学に行くついでにそういうことを学べるなら、それもいいと思った。

 専門的な学校で学ぶカナを、応援したい。

 その気持ちは、たしかにあったから。

 桜餅の残りを口に放り込む。

 甘さも控えめ、少し固め。

 まさに俺の好みの味だ。

 カナが将来、自分の店を開いて。

 お菓子でたくさんの人を笑顔にできるなら。

 いいな、と思う。

 そのとき、俺はなにをしているんだろうか。

 未来のことは、わからなかった。

 なんとなく、手元に残った、桜餅を巻いていた葉を、少しだけかじってみる。

「しょっぱ……」

 いくらなんでも塩分多めのそれに、俺は少し顔をしかめた。

「俺は食べないからいいんだけど……」

 台所で、残りの材料を形にしていくカナを見て、俺は呟いた。

 季節は移ろい、変わってゆく。

 コートもいらないくらい、暖かな季節がこれから訪れる。

 それから、なにがあるのだろうか。

 わからない。

 それでも、きっと。

 雪がとけ、緑が顔を出し、花が咲いて。

 これからの日々は、きっと。

 楽しいことが、いっぱいある。

 俺は窓の外に広がる青い空を眺めて、そう思った。



「ところで、カナ」

「なによ」

「お前なりたいのってパティシエだよな?」

「そうだけど」

「パティシエって桜餅作るのか?」

「あんたねえ、古いわよ。これからのパティシエは和も洋もちゃーんと作れないといけないの」

「……そうなのか?」

「そうなのよ」

「そうなのか……」

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ちょっとしょっぱい、ものがたり。 影月 潤 @jun-kagezuki

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