第2話

そこに俺たちが知る人間はいなかった。

肌は青白くで、犬歯は大きく尖っている。人間の形をしているが、明らかに人間ではない何か。

少し寝ていた頭は完全に覚め、それと同時に男の絶叫が校舎に響く。

「うわぁぁぁぁああ!?!?」

俺の声である。

情けない俺とは裏腹に、ソレはありったけの眼光と殺意をこちらにぶつけながら迫ってくる。

俺は目の前の情報量の多さに、思考回路がショートした。

高校にどれくらい生存者がいるのか、あの恐ろしい病気は伝染するのか、他の場所ではどうなってるのか…

そんなことを考えながら呆然と自分の身に迫る危険を見つめていた。

「おい!!!二人とも!!!逃げるぞ!!」

その瞬間、俺は我に帰り今はそれどころじゃない事を理解する。

「お、おお!」

どうやら真柄も我を忘れていたようだ。結果的には悠希に貸しができてしまった。

俺と真柄は先に走り出していた悠希の後に続く。

しかし、悠希の声を皮切りに、のそのそ歩いていた元先生が俺たちを追いかけてきた。

スピードは文化部の俺の3分の2くらい。まぁまぁ遅かった。

「なんなんだあれ!?」

真柄が俺に聞いてきた。正直言ってあんな病気、世間に知られてたら絶対ニュースになってるはずだ。

狂犬病の人間タイプか?

「多分ゾンビだ!仮にそうだとしたら噛まれたらヤツみたいになるぞ!」

悠希が答える。突拍子もない仮説だが、ゾンビを観察した数秒間で、肥大化した犬歯の先が空洞になっているところが微かだが見えた。

ゾンビの特徴や弱点を考察していたら俺たちは中学棟へ着いた。

中学の先生はまだ授業している。

あの惨状を見てきた俺たちからしたら、なんとも間抜けな姿だった。


「真柄!お前は職員室に行って現状の報告!できれば先生たちに高校に行くように伝えて!歩は3年生と1年生に警戒するよう伝えて!俺は教室に戻って全員に説明する!」


「「おう!」」

悠希の指示に咄嗟に反応したが、真柄と俺の仕事量に比べてアイツ少なくね?まぁいいや…


不平等に労働させられる事に内心文句を言いながら、俺は走って3年生教室に向かった。


『バンッ!』


……やっべ、ドアの開ける勢いミスった。

「どうしたんですか?」

3年教室で授業している先生が俺に問う。

「あ、えっと…ゾ」

いや、待て。

「ゾンビが高校で出て大変なんです」って言って信じてもらえるか?

…でも「悠希は警戒するように伝えろ」と言った。

じゃあ別に本当の事を知るのは後からでいい。

俺は警戒してもらうために嘘をつくことにした。

「高校でテロが発生しました!高校棟はすでに占拠されていて、ここにもすぐに来ます!」


「詳しく聞いてもいいですか?」


「えーっと…」

どうしよ……


「え……なにあれ…先生?」

俺が説明しようとしていると、先輩の1人が高校の異変に気付いた。

「青白い山田先生が…こっちに向かってきています……怖い…」

3年生の皆が青ざめ、教室が不気味な静寂に包まれた。

「皆さん。すみません。僕が嘘をついていました。」

教室の視線を俺に集め、今度こそ本当のことを話そうと決意し、話し始める。

「未知のウイルスです。人間版の狂犬病の様なもので、噛まれると伝染します。僕は近くで見ましたが、そのくらいしか分かりませんでした。でもアイツらは襲ってきます。早く逃げてください!」


俺がそう言うと先生が非難指示を出し、3年生がすぐに整列する。

さすが3年生、後何年経っても俺たちのクラスはこのレベルのことはできないな。

「あなたは2年のクラスにこの事を伝えてください。私は1年教室と職員室にこの事を伝えてきます。3年生は昇降口で待機して、全学年の準備ができたら指示に従って校舎から速やかに離れてください。」


「「はい!」」


俺はその合図と同時に3年生教室を飛び出し、自分の教室に向かった。


『緊急放送です。緊急放送です。落ち着いて静かに聞いてください。青白い肌、死んだような目、異常に肥大した犬歯を持つものが現れました。今後、その見た目を持ったものをゾンビと呼びます。この現象は世界共通です。全世界にゾンビが現れました。教員は未感染者の救出に向かってください。生徒の皆さんは先生が戻るまで中学校棟で待機してください。』


どうやら先生は職員にちゃんと伝えてくれたみたいだ。

俺は真柄とほぼ同時に教室に入った。

「「おい!お前ら大丈夫か!?」」


「あぁ。一応全員無事だ。」

よかった…状況が状況だから伝えるのは苦労しただろうけど。なんとか伝わったか。

「な?俺が正しかったろ?約束通り全員強制的に戦ってもらう。あと、今から指揮権は俺と歩に移行したから。従ってもらうよ。」

悠希がニヤニヤしながら清水を見つめて言う。

「わかったわよ…」

何が起こっているんだ?まぁ指揮系統は俺がやるつもりだったけど、約束?ん?


「あ、一応現状が理解できていない人達に説明すると、ゾンビがいるかいないで賭けて俺が勝ったから、全員強制的に戦闘させるのと俺と歩に指揮権もらえたから。歩もいいだろ?それで。」


あぁいつものギャンブル思考か。


「あ、あぁわかった。でも戦闘なんてするのか?絶対逃げた方がいいだろ。」


「ああ、あるぞ。なぜなら、俺たちは今から避難するのではなくここに立て篭もり、応戦をする。」

クラスがざわめく。俺もその判断には今のところ同意できない。

人がいない山にでも逃げて静かに情報を集めた方がいいだろ。

「理由は二つ。 一つは、さっきの放送で全世界で同じようなことが起きてるって言ってただろ?つまり、日本にも同じ現象が多々あるということだ。避難先にもしゾンビがいたらどうする?全滅するだろ?それを防ぐためだ。」


「……なるほど。二つ目は?」


「二つ目だが……何故高校で発生したこの現象が中学校にはなかったのか。そう考えた俺はなんらかの条件があって発生していると考えている。例えば人数とかな。高校は600人以上いるのに対して、俺たちは全校生徒が約80人。仮に300人以上で一人感染するとしたら、避難所に行ったら発生する可能性が上がる。これはあくまで可能性の中の一つだから正解ではないがな。」


「つーかこれ、俺ら文明なし縛りで何年生きれるんだ?」

俺の独り言にクラスの皆が事態を理解し、空気が凍りつく。

本来、人はクソ雑魚でナメクジよりも下等な生物である。

体毛は薄く怪我しやすい。

攻撃はものすごく弱い。

裸足で長距離の移動には耐えられない。

産まれて30分後に歩けるわけでもない。

もちろん空にも逃げれない。

そんな自力で生存もままならないうんこ生物「人間」が楽に暮らすために築き上げたものが「科学」だ。

科学は体毛を服で代用し、芸術の域までにした。

科学は拳を銃弾に変え、鋼を貫いた。

科学は靴やエンジンを作り、長距離を短時間で移動できるようにした。

科学は大空を羽ばたき、空気がない場所まで行った。

しかしそれは社会あってこそだ。

人がいないとただのナメクジへ逆戻り。

それを自然から離れ光る板で遊ぶ現代人は本能で理解する。

そして今、人と集まる=死の状況に置かれた。

良くも悪くも「自力でなんとかする」という固い意志が芽生えた。

教室がざわつき、不安の声で満たされる。

「君たち!早くここから逃げるよ!ゾンビっぽいのが高校で大量発生してるんだ!早くいくよ!」

先生の顔も恐怖で青ざめ、まるでゾンビのようだった。

俺が凄まじいブラックジョークを思いつくのと同時に、清水が先生に答える。

「いや、先生。私たちは行きません。行くなら先生一人で行ってください」


先生はしばらくアホ面でなうろーでぃんぐした後、


「し、清水さん?何を言っているんですか?僕は君たちを安全な所に行かせると言っているんですよ?真面目な貴方ならわかってくれるはずなのですが……」


先生の現状を理解できてない言葉に不適に笑い、清水は追い討ちをかける。


「いえ、先生。私は貴方が思っているほど真面目ではありません。ごめんなさい。貴方の知っている真面目でいい子ちゃんな清水さんはゾンビに食べられました」

先生は、折れた。

自分たちの強い視線と意志に負けたのか。

はたまた、度が過ぎたアホさに呆れたのかは分からない。

ともかく先生は1年と3年を連れて学校を出た。


「内申が…内申がぁ…」

清水が嘆く。

あれだけペッタンコな胸を力一杯張って先生を追い払ったのに、心配しているのは現在はないであろう高校のことだった。

「ありがと、先生を追いやってくれて」

一応礼儀だ。

清水にお礼をし、俺はこれから生きる方法を考えていた。

俺たちは腐っても文明人だ。

少人数で生きる手立てくらい考えはある。

ただし、ゾンビと戦うとなると話は違う。

人間は火薬込みで1ポンドの銃弾を打ち込めば死ぬ。

今はそれを基準に考えるとして、火薬をどうやって手に入れるかだ。

火薬でなくとも攻撃力になる物は理科室にある。

やはり薬品が欲しいな。

「おーい悠希」

「ん?どした歩?今から道場に行くんだけど一緒に行く?」

「いや〜、実はね〜、理科室にある薬品を取りに行きたいんだけど…一緒に来てくれないかなって♡」

「キッモ…でもなんで?たしかに複数人行動は大事だけどさ。一人でいけるだろ」

は?俺がリミッターぶっ壊れゾンビに単独で勝てると思ってんのかバカか?

「ほーんお前、俺とゾンビが接敵した時勝てるって言うんだ〜?」

「……ごめんやっぱり一緒に行くわ。その代わり先に道場で武装させろよ」

「あ、お前今俺が運動できないって思ったろ。まぁあってるけど」

悠希の驚いた顔。やはり思ってたのか…

運動できるタイプの科学部なのに。

「お前人間じゃねぇだろ。俺の考えてたことがわかったから絶対人間じゃないな」

食い気味な悠希。

「は?なんでだよ。日本生まれ、日本育ち、親も祖父母も日本人の在日日本人だよ。つーか、少し間があった時点で単純なお前の考えてることなんて予想できるわ!」

冷静な俺。

バカなのか?バカなのかな?

「そんなことより早く行くぞ!道場も理科室もいつ占領されるかわかんねぇからな!」

目でクロールし、声は裏返り、動きは辿々しい。

こいつも中2な事を再度自覚する。

俺は文句を一つこぼし、武器を手に入れるためまずは道場へ走り出す。

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