壁を越えて
神官が倒れた後、シリンは周囲を見回した。
周囲の人々はそれぞれ自分や自分の大切なもののことで頭がいっぱいだった。
叫びながら家族を探して、走り回るもの。燃えさかる家へ何かを取りに行こうとするもの。まだ燃えていない建物へ逃げようと、子供すら押しのけて我先と走るもの。
その中に、彼女を見るものは誰も居ない。
「…逃げよう」
幸い、ここはこの国の一番端の辺境の都市だから、この領地さえ出られれば、国の外に逃げられる。
動かない神官から、ローブを借りて身につける。
「少し動きにくいけど、仕方ない」
服は所々燃えていて心元ないし、燃えかけの囚人服よりも、神官の振りをした方が目立たないだろう。
雨が止む前にと急いで歩き出したが、歩き出してすぐ、煙だけ出ている磔のすぐそばで、震えている子供達が目に入った。シリンより少し年下、15歳くらいの男の子と女の子、さらに小さな六歳くらい男の子と四歳くらいの女の子の四人だった。
雷が怖くて泣いている小さい方の男の子を、大きい方の女の子が抱きしめて守っていた。その隣では、大きい方の男の子が、一番小さな女の子の鎖を引きちぎろうと、必死に引っ張っていた。
小さい男の子と女の子は二人とも金髪で、男の子の方は白に近い金髪で、女の子の金髪はこんな天気でもキラキラしていて、どちらも天使みたいだった。あいつらは神に使えると言ってるくせに天使を殺そうとしたのか、と思わずそんなことをシリンは思った。
そして、その二人を必死に守っている大きい方の二人の姿は、両親の看病をしていた時の自分と重なった。誰も助けてくれないから、自分が助けるしか無い、覚悟を決めた顔に思わず「助けなきゃ」と言葉がこぼれた。
何も考えずに、子供たちの方へ足を向けたとき、ローブからチャリ…と音がした。手を入れるとローブのポケットから何かの鍵が出てきた。
子供とシリンの数と同じ五本の鍵だ。
「もしかして…」
鍵を握りしめ、おもむろに近づく。神官姿のシリンに気付くなり、茶髪の女の子は泣いている男の子を強く抱きしめてこちらを睨んできたが、先程まで磔にいた少女が神官服を着てるだけだと気づくと、驚きながらも少し力を緩めた。
「さっきのおねえちゃん…どうして?」
「色々あって、あー、ちょっと待っててね…」
シリンは苦笑いで誤魔化しながら、先ほどの鍵を順番にその子の手錠に差していく。
「これ鍵なの…?」
「なはずだけど…」
これも合わない…。これじゃなかったら許さないわ。
舌打ちしながら三個目の鍵を乱暴に差し込むとカチャリと音がして、女の子の手錠が落ちた。
「おねぇちゃんありがとう!」
「みんなの手錠もあけるから、見つかる前に逃げましょう。走る準備しててね」
全員の手錠を開けた後、大きい方の男の子が、1番小さい女の子を背負い、シリンは小さい方の男の子を抱きかかえて、走り出した。
細い路地を通り抜けつつ、都市の外側に向かって十分ほど走った頃、シリンが手を伸ばしても届かないくらいの大きさの壁が立ち並ぶ、突き当たりに来てしまった。
「あ、、壁、、、」
シリン1人だけなら、頑張れば乗り越えられるかも知れないが、小さな子供を抱えて、追っ手が来るまでに突破できるだろうか。いっそのこと、裏門に向かって、5人がかりで門番を押さえ込むほうが、可能性があるかも知れない…。
シリンが考えを巡らせていると、ドンと急に大きな音が響いた。
追手の攻撃かと思い、慌てて音の方に振り向くと、黒髪の男の子が拳を前に突き出して壁の前に立っていた。
「おねえちゃんここ!壊せた!」
「え?」
壁には、ちょうど子供が通れそうな大きさの穴が空いている。レンガが粉々だから、老朽化していたのかもしれない、修繕予算のない貧乏領地で良かったと、シリンは故郷に初めて感謝した。
壁の穴は、シリンには少し窮屈で、神官の服が引っかかったが、黒髪の男の子が引っ掛かる部分を崩してくれて通ることができた。四人全員抜け出せたあとは、簡単に穴を埋めて、再び一目散に駆け出した。
走りながら壁の外の空気を思い切り吸い込む。
先程まで火に炙られて体はボロボロだし、空腹でたまらない、それに、小さな子どもを抱えて走っている。でも、シリンは人生で一番、体が軽くなったような気がした。
いつのまにか、雷の音は小さくなってきた。顔に当たる雨粒も優しくなり、火照った体にちょうど良かった。
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【子供達の特徴まとめ】
大①一番大きい女の子…茶髪...13歳くらい
大②同じくらい大きい男の子…黒髪…13歳くらい
中③小さい男の子…プラチナブロンド…6歳くらい
小④一番小さい女の子…金髪…4歳くらい
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