第5話

 4日も経つとあれだけ大きく揺れを感じた馬車にも慣れを感じてくる。人類の適応力も捨てたものではないと思いつつ、僕はカメラのフィルムを覗いていた。


 「これ、どうやって撮るんだろ?」


 老人の操る馬車に乗りながら僕はあれこれ写真が撮れないか、いろいろな場所を触ってみる。

 あの後、骨董市で僕が選んだ品は”カメラ”だった。いや、厳密にはカメラでは無く、自身の魔力を注入して念写する、”映魔機”と言うらしい。形は昔の蛇腹カメラのような形で、かなり使い古されているが、壊れているところは見当たらず、丈夫な機械なんだなと感じた。元々、写真を撮るのは好きだったので道中までの景色などが撮られればいいかな。などと言う軽い気持ちだった。老人によればこの映魔機は老人のおじいさんの代から使っていたと言う相当古いものらしい。

 誰にでも撮れる訳では無く自身の魔力の相性にもよるとの事だ。


 「映魔機だったらどこかに魔力を注入する穴がある筈なんですけど・・・これは古すぎて良く分かんないですね」


 古い魔道具に詳しいユーリーに聞いても分からないと言われた。何とか一枚景色を収めてみたいものだが、写真が撮れる気配はない。


 「うーん・・・いくら魔力を流し込んでも、うんともすんとも言わないんだよね。じーさんの言ってた通り、相性が悪いのかな?」


 自分の魔力がたくさんあることは分かっていたが、老人の言う通り相性が悪いとなるとどうしようもない。しかしせっかく買ったのだ。相性が悪くても一枚くらいは撮っておきたい。


 「あんた、手の方に魔力を集中させとるじゃろ?」


 「あ、はい」


 試行錯誤していると、馬車を運転している老人からズバリ言い当てられる。


 「今の映魔機はそのスタイルじゃが、昔の映魔機は”目”に魔力を集中させて撮るんじゃ」


 「はー、なるほどー」


 それなら納得が行く。カラクリが分かれば後は容易かった。フィルムを覗いて、目に魔力を集中させると、映魔機の下側から紙のようなものが出てきた。




 「・・・わー、綺麗。こんなに綺麗に撮る人、初めて見ましたよ」




 撮った写真を覗いたユーリーが感嘆の声を漏らす。その紙に映し出されていたのは、自分が先ほどまでフィルム越しに見ていた畑の景色だった。白黒ではなく、ちゃんとしたカラー写真だ。どうやらこの映魔機は撮ったものをその場で現像してくれるものらしい。


 「映魔機はその人の魔力量によって写真の質が変わりますからね。ウィルさんはかなり魔力が多いのでこんな写真が撮れるんでしょう」


 「んー、感覚的には普通に撮っただけなんだけどなあ」


 「たぶん、シーア大陸の全部を周ってみてもこんなに綺麗に撮れる人は見たことなです。写真家になれるレベルですよ?」


 「・・・言い過ぎじゃない?」


 少し言い過ぎな気もするが悪い気はしなかった。




 その後も何枚か景色を撮り、そろそろ峠を越えようかと言うところ、遠目に山が見えてきた。日本で言う富士山のような、綺麗な山体の山だ。


 「ん?なんかおっきい山が見えてきたな」


 「あれがエンディ山じゃ。どうじゃ?綺麗な山じゃろう?」


 なるほど、まだ遠目にしか見えなくてはっきりとは分からないが、かなり大きい山なことは分かった。

 

 「もうすぐ峠じゃ、こっからの景色はすごいぞ?」


 老人にそういわれて視線を景色に移す。峠を越えたところでいきなり視界が開けた。峠から見る景色は絶景で、手前の方には黄色い絨毯のような畑が広がり、奥の方には目的地であろう、ラスヴィルの街並みが見えていた。 そのまた奥には、そびえ立つように、雄大なエンディ山がどっしりと構えている。

 峠だからだろうか、気持ちの良い風が吹き抜ける。晴天の空と美しい山体のバランスが、正に絵になっていた。


 「「・・・綺麗・・・」」


 その言葉は、ユーリーと一緒にハモって出た。本当の綺麗な景色を見たときは言葉が出ないと言うが、まさか異世界でもそれを体験するとは思わなかった。 この美しい景色を言葉で表すなら、この一言で十分だったのだ。


 僕はほぼ無意識に映魔機のフィルムを覗き、その絶景を一枚収めた。


 あの山に、僕たちはこれから向かう。

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