第3話

シーア大陸と言うのは、東西に長い大陸だ。僕達が出発したウィルズレイと言う国はその大陸の東端にある。


 そして目指すシロン公国は、その真逆の大陸の西端に位置している。要するにスタート地点からして最悪の位置だったのだ。本当に神様も優しくないものである。


 「えっと、そのエンディ遺跡なんですけど、麓のラスヴァルという街までは馬車で行けます」


 「そっから自分の足で登山するってこと?」


 「はい、麓から遺跡までどのくらい掛かるかは分かりませんけど。まあそれは現地の人に聞けば良いでしょう」


 時は少し経って3日目の馬車の中、場所はウィルズレイとバーンレイトの国境、人気のない森を進んでいる。僕はユーリーとエンディ遺跡へと向かう打ち合わせをしていた。今日はバーンレイトの首都、クライスリーに泊まって、明日の早朝、ラスヴァルに向けて出発する。到着後、そのまま遺跡に向かい登山。という計画だ。僕も特に反論はないので素直にうなずいておく。


 「それにしても、この遺跡たちって、異界者の人たちが残したものなんでしょ?なんでその人たちは態々そんなことをしたのかな?」


 話は少し変わるが、異界者がわざわざこの世界に遺跡を立てた理由。それが僕には分からなかった。第一、異界の扉をくぐって帰ってしまうのならば、遺跡なんか建てても意味ないだろうに。


 「遺跡は、異界者たちが建てたのでは無いという説があるんですよ」


 ユーリーの言葉に首をかしげる。シェリンの話では異界者が遺跡を作ったと言っていた。話が矛盾している。


 「正確には、異界者を祀る為に建てられた。と言った方が正しいですかね」


 ああ、成程。日本で言う神社みたいなものか。そう当てはめると、妙に納得がいった。


 「異界者が現れていた時代は、まだ魔物が存在していたので、このシーア大陸の人たちは膨大な魔力を持つ異界者に頼るしか無かったんですよね。だから昔は異界者が現れると神様のように崇めて救いを求めた。と、言われています。それが形として残ったのが遺跡。と言う事らしいです」


 それならこのシーア大陸に点在するという遺跡の数々にも納得がいく。異界者たちは全く知らない世界に飛ばされ、いきなり崇められて、遺跡なるものまで建てられて、さぞ困惑したことだろう。そういうところは少し同情した。


 「まあ・・・それはエンディ遺跡の異界文字を見れば分かることかな・・・」


 結局のところはそこだ。異界者の痕跡が残されているのならば、同じ日本人であろう僕がそれを参考に出来ない筈はない。そう思うと、少しばかり気分も楽になった。


 「おわっ!急に止まった!」


 すると、馬車が急に止まった。何事かと外を覗こうとすると、馬車の運転手から慌てた声が聞こえる。


 「しっ・・・!出ないでください・・・!!・・・賊です」


 「!!」


 それを聞いた瞬間、全身に鳥肌が立った。またあの時のような目に合うのではないかとの思いがよぎる。


 「・・・どうしますか?」


 しかしユーリーは冷静だ。森の中で何度も山賊に出くわしたことのある彼女にとって、この程度の危機は何とでもないのだろうか?落ち着いた様子で運転手に判断を仰ぐ。


 「・・・相手はこっちに近づいてきます。とりあえず話をして通じないようでしたら、馬車を全力で走らせます。いつ衝撃が来てもいいようにどこかに掴まっておいてください」


 「わ、分かりました」


 緊張感が走る。賊の足音が大きくなってきた。複数人いるようだ。


 『お前、定期便のか?』


 『え、ええ。ちょうどお客さんを乗せ終えて、クライスリーに帰る途中です』


 荷台の外、賊と運転手の会話が聞こえる。僕たちの乗る馬車の荷台は、天井とドアが付いており、外からは中身が確認できない。


 金目のものなど何も持ってないとアピールするためか、運転手は僕たちの存在を山賊には言わない。


 『・・・本当か?事実は荷台には物資が入っているとか、そういうんじゃないだろうな?』


 冷汗が噴き出る。どうやら賊は荷台の中身を確認しようとしているようだった。


 「ユーリー、どうする?気配を消す魔法を・・・」


 「荷台の中じゃヴェラは使えません。あれは気配を消す魔法であって密室の荷台の中じゃ使えないんです」


 ・・・ならどうするか。賊は恐らく武器も持っているだろう。正攻法では負ける。・・・ならば有効なのは、不意打ちだ。すると、あることを思い出す。


 「・・・やってみる価値は、ありそうかな・・・」


 「・・・ウィルさん?何を・・・?」


 僕は荷台の入口で魔方陣を書く。シェリンに教えてもらった水魔法だ。リーブランテ家で洗濯や食器洗いなどの手伝いをと思って覚えた物だが、最初の頃は膨大過ぎる魔力を制御しきれなくて、よく家を水浸しにしてしまっていた。この魔法に殺傷能力などない。


 ___だが、相手を怯ませられるくらいの時間は稼げる。


 『運が悪かったと思うんだな。どのみち馬車は頂く。おい、お前ら!!中身を調べろ!!』


 恐らくリーダー格であろう男がそう言うと、山賊たちが荷台のドアに手を掛けた。タイミングは一瞬。大博打だ。


 扉があいた瞬間、僕は書いた魔方陣に手をつき、ありったけの魔力を込める。




 「流されろ!!!!」




 すると、魔方陣がぼんやりと光り、何もない場所から水が出てきた。ありったけの魔力を込めたそれは、荷台の片輪が半分浮くほどの、凄まじい水圧となって賊たちに襲い掛かる。


 「は!?ぐっ・・・!!うわっ!!!!」


 水魔法が直撃した賊は後方に吹っ飛ばされる。二人ほど後ろに倒れただろうか、直撃していない賊もいたが・何が起こったのか理解できず、棒立ちをしていた。


 ___だが、それでいい。


 「今です!!!馬車を全力で出してください!!!」


 「え!?は、はい!!!」


 一瞬遅れたが運転手がそう返事をすると、馬に鞭を入れる音が聞こえた。その瞬間、荷台に衝撃が走り、遠心力で僕とユーリーは後方へとバランスを崩す。


 「うおっ・・・!!」


 「きゃッ・・・!!!」


 馬車は全力でその場から逃げていく。舗装された道ではないので揺れは想像を絶した。

 

 しかし賊もまさか荷台から水が出てくるとは思っていなかったのか、反応が遅れていた。


 「ちょ・・・おい!!止まれゴラァ!!!」


 そんな中、賊の怒号が聞こえる。揺れる車内から何とか後ろを確認してみると、賊たちがこっちに向かって走ってきていた。


 「まだ追ってきています!!!もっとスピードを上げてください!!!」


 「は、はい!!!」


 馬車はスピードを上げてゆき賊の影がどんどん小さくなっていく。ついには賊も追うのをやめたのか、完全に姿は見えなくなっていた。



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