第2話



  向かう場所はここから馬車で3日掛かるウィルズレイの隣の国、"バーンレイト"と言う国だ。これが鉄道だったり、車で行けたのなら、ほんの半日ほどで着いただろう。しかしそんなものは、この世界には存在しなかった。


 「バーンレイトにはエンディ山と言う山があって、そこに遺跡があります。まずはそこに行ってみましょう」


 馬車が出発をすると、ユーリーにそう提案される。確かエンディ遺跡と言う名前だったはずだ。このウィルズレイから近い遺跡で、山の中腹に位置する遺跡らしい。


 初っ端から登山とは気が引けるが、元の世界に帰れる手掛かりがあるなら、行く価値はある。


 「そうだね」


 特に反対する理由も無く、僕は短くそう言った。




 しばらくして、僕は馬車から外の景色を見てみる。今日は快晴だった。今は草原を通っていて、日本の様に高い建物もなく、緑の草原と青空が良く見えた。・・・本当にフィクションの世界だ。日本でこれだけ綺麗な景色があれば十中八九、観光地になっていただろう。  


 しかしそれらしき人影は見えない。耳に聞こえて来る音も、馬車の車輪が回るカタカタと言う音だけだ。遮るものが何も無いので心地の良い風が吹いた。しかし、ユーリーを見てみると特段驚いている様子は無い。この綺麗な景色がこの世界ではスタンダードなのだろうか?




 「今日は途中の街のリグレイという街に泊まります。そこからまた別の馬車でバーンレイトに向かいましょう」


 僕の視線に気付いたのか、ユーリーがそう言うと、僕も頷く。この世界での移動手段は基本、馬車しかない。


 シーア大陸では日に何本かの隣街へ行く馬車が出ていて、僕達の乗る馬車も、リグレイと言う隣街へ向かう定期便だった。


 この馬車達を乗り継いで、目的地のシロン公国に辿り着こうと言う魂胆である。


  「よく揺れるなぁ」


 ユーリーに聞こえないよう小声でそう言う。しかし、馬車と言うものはこうも乗り心地の悪いものなのだろうか?元の世界で自動車に乗り慣れていた僕にとってこの揺れは少々キツいものがあった。


 「・・・あの、ひとつ聞いていいですか?」


 そんなことを考えていると、ユーリーに話しかけられた。


 「何?ユーリー」


 「ウィルさんは元の世界に奥さんと娘さんが居るんですよね?」

 

予期してなかった質問に多少驚く。


 「うん、妻は僕の2つ歳下で娘はまだ2歳だよ」


 僕の妻と娘。思えばこの話を1ヶ月間、ユーリーに深く話す事は無かった。別に言えば会いたくなるからとかでは無く、ただ単に機会がなかっただけだ。


 「そ、その、奥さんってどんな人なのか聞いていいですか?」


 恐る恐るユーリーが聞いてくる。僕が思い出して不安になるのを心配してくれているのだろうか?


 「うーん、なんて言うのかな。よく分かんないや」


 「えー?」


 僕が軽くそう返すと、不安そうな顔から不満そうな顔になる。本当に表情の豊かな娘だ。


 「長く一緒に居るからか、どんな人って言われても何から言えば良いか分かんないんだよね」


 「もう、何ですかそれ」


 困ったようにユーリーは笑うが、身内の説明がこんなに難しいとは思わなかった。


 「じゃあ、奥さんとはいつ出会ったんですか?」


 「僕が大学生の頃だから・・・確か20歳の時だったかな?妻はその時18歳で同じ学部だったんだ」


 色々と思い出して来た。確か話し掛けたのは僕からだった。思えばあれが初めてのナンパだったような気もする。気の弱い僕がガチガチの緊張をしながら話しかけていたのを思いだして、少し笑いそうになった。


 「へえー!!じゃあウィルさんが今27歳ですから、もう7年の付き合いになるんですね!!」


 「そっかあ、もう7年になるのかあ」


 目を輝かせながらユーリーはその後も妻について根掘り葉掘り聞いて来た。この手の話題はこの世界でも女の子は大好きなようだ。








 「んー!!やっと到着した・・・」




 馬車は丸一日掛けて目的地の街、リグレイに到着した。ユーリーは背伸びをして疲れた感を出しているが、僕はそこまで疲れを感じていなかった。あれほど馬車に揺られたのに。


 「・・・そこまでだな」


 肩を回したり、腰を伸ばしてみてもそんなに疲労感はない。


 「ウィルさんは良いですよねー。魔力がいっぱいあるからあんまり疲れなくて」


 ジトっとした目を僕に向けてユーリーがそう言う。 どうやら態度に出ていたらしい。


 ああ、そうだ、思い出した。この世界では魔力量は体力にも大きく影響するとい言う事だった。街にいた1ヶ月間は、家にいる事が多かったので感じる事は少なかったが、旅に出た今、こんな形で恩恵を受けるとは思わなかった。


 「そんなこと言われたって・・・それより、今日の宿に行こっか」


 周りを見回して僕はそう言う。この街も西洋風の街で、人々も中世ヨーロッパの時のような服を着ている。


 今日はこの街の宿に泊まる予定だ。


 「そうですね」


 短くユーリーが返事をすると、2人して宿に向かって歩き始めた。





 「部屋は"一部屋"、2人でお願いします」




 宿の受付で、ユーリーが受付嬢にそう言って僕はギョッとする。


 「ちょっとユーリー、別々の部屋じゃ無いの?」


 確かにこんな美人と寝泊まりできるのは嬉しい限りだが、27歳の男と19歳の女が一緒の部屋に泊まると言うのは何とも危なく見える。


 それに僕には妻がいるのだ。この事は万が一にもバレる事は無いだろうが、それでも抵抗感があった。


 「大丈夫ですよ。ウィルさんは"お兄ちゃん"みたいなものですから」


 流石に19歳にしては危機感が無さすぎるのでは無いだろうか?顔を見ても純粋な笑顔で下心など全く無い様に見える。


 「うーん、それでもなあ・・・」


 しかし僕は一端の社会人だ。手を出す気は更々無いが、それでも困る。


 「いちいち別の部屋に泊まってたら、お姉ちゃんから貰った金貨なんて半月で無くなっちゃいますよ?節約ですよ、節約!」


 そう言われるとなんとも言えない。そもそもシェリンのお金で旅をしているようなものなのだ。僕があれこれ言う立場じゃ無いのは分かっている。


 「・・・わかったよ。でもユーリーはベッドで寝てくれ。僕はソファーかなんかで寝とくから」


 苦悩の末に僕は折れて、一緒の部屋に泊まる事になった。




 その日は、あまり眠れなかった。








 

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