第5話 ゴリラを討伐しましょう

「気を引き締めろお前達! 相手は危険度Aランクのモンスターを瞬殺するような奴だ。戦闘能力は未知数……できるだけの精鋭を集めたが、これで太刀打ちできるかわからない」


 森で例のモンスターと遭遇した場所までやってきたリンデルト一行。その数は15名、敵を奇襲することを考えて、最低限の人数を選別したつもりだ。


 元冒険者の部下がモンスターの痕跡を調べている。


 幸いにも謎のモンスターに殺されたワイルドタイガーの死体はそのまま残っていた。


「……凄いですねこれは。ワイルドタイガーを絞め殺すなんて……」


 調査をした結果、ワイルドタイガーを絞め殺したモンスターのものと思われる黒い体毛や、足跡などの痕跡を探ってその住処を見つけられそうだった。


「よし、では静かに移動を開始する……あれだけの強敵だ、できれば奇襲の一撃でケリを付けたい」


 指揮をとるリンデルトは、モンスターと遭遇した時の記憶を思い出してぶるりと身をふるわせる。


(……できれば、アレとは正面から戦いたくないからな)















「兵長、恐らくあの洞窟です」


 部下の言葉に、リンデルトは視線の先にある洞窟を睨み付けた。


 自然石の折り重なった洞窟は、生い茂った雑草などもあってパッと見ただけでは入り口が見つけづらい。野性の動物などにとって、巣にするには絶好の場所だろう。


 洞窟の入り口には、ワイルドタイガーの死体の周囲にもあった黒色の毛が散乱していた。


「……奴は中にいるだろうか?」


 リンデルトの質問に、部下は難しい顔をして答える。


「断言はできません……、しかしワイルドタイガーを蹂躙するレベルのモンスターが相手ですと、これ以上近寄るとこちらの存在に気づかれてしまうかと」


 彼の言うことは最もだった。


 最初からこちらに選択肢など無い。


 巣の中にいる事に賭けて先手を打つしかないのだ。


 リンデルトは大きく深呼吸をすると、気を静めて小さな声で部下達に指示をだした。


「火矢と毒矢を用意しろ……火であぶり出した後、毒矢で狙撃する」


 リンデルトの指示で、数名の部下が油を染みこませた布を矢の先にかぶせる。全員が定位置についたのち、矢に巻き付けた布に点火した。


「……放て」


 火矢が巣穴に放たれる。


 ここ数日晴天が続いており、巣穴の周辺にある枯れ草は良く乾いていた。


 放たれた火矢により、巣穴が勢いよく燃え上がる。


 リンデルトは緊張で乾いた唇を舐め、ゆっくりと数を数えた。


 一つ

 二つ

 三つ……。


 咆哮。


 大気をビリビリと振るわせる、獣の野太い咆哮が響き渡る。


 やがて巣穴から飛びだして来たのは、黒色の毛を持つ未知のモンスター。ワイルドタイガーを屠った、あのモンスターに間違いない。


 黒毛のモンスターは、突然の放火に動揺しているのか、周囲を囲んでいる兵達も眼に入らないようで、バタバタと地面を転げて体に纏わり付いた炎を消火していた。


「毒矢を放て!」


 リンデルトの指示で、一斉に毒矢が発射される。


 放たれた矢がモンスターの背にいくつか突きささる。


 リンデルトは思わず手をグッと握り締めた。


 今回、矢に塗ってある毒は非常に強力な麻痺毒で、数滴で大型のモンスターを動けなくするような代物だ(効果が絶大だが非常に高価な薬物で、今回のような特別な時でないとまず選択肢に入らない先方である)。


 いかに黒毛のモンスターが強力であっても、これだけの麻痺毒が注入されれば勝負はついたも同然であろう。


 しかし次の瞬間、リンデルトは自分の認識が甘かった事を思い知らされる。


 一瞬ふらついたかに見えた黒毛のモンスターは、ダンと大きく拳を地面に打ち付けてその巨体を支え、ギロリとこちらを睨み付けてきた。


 その異様な迫力に、思わず一歩後ずさる。


 そして、虐殺が始まった。


 激しく自身の胸に拳を打ち付けるモンスター。腹の底にズンと響くような音が周囲を威圧する。


 モンスターは、一番近くにいた弓兵の元までかけよると、その巨腕を一振りする。


 完全武装した弓兵は、嘘のようにポーンと宙に放り投げられた。


「……っ!? 作戦は失敗! 撤退を開始せよ!」


 リンデルトは撤退の指示を出しながら、懐からとある魔具を取り出す。


 最新の研究によって生み出されたその球体の魔具は、中に光を発生させる魔法が込められており、地面に叩きつける事で中の魔法が解放される。


 国から支給された試作品……。


 試すなら今この時だろう。


「皆!眼を閉じろ!」


 リンデルトは自分も眼を閉じると、魔具を思い切り地面に叩きつける。瞬間、魔具から漏れ出した光は、堅く閉じた瞼を貫通して、リンデルトの視界が一瞬明るくなった。


 モンスターの苦痛の叫びが聞こえる。


 あの瞼を貫通するほどの光を直視したのだ、しばらくは視力が失われていると考えて良いだろう。


「バラバラに散れ!」


 部下達に指示を出してから、リンデルトは必死で駆けだした。


 舐めていた。


 まさかあの毒が効かないなんて…………。


「あのモンスターは危険だ……小細工は通用しない。今度は全兵力を持って数で圧倒する!!」




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