第2話 本当にゴリラですか?

 うめぇえええ!! この果物メッチャうめえぇえええ!!!


 俺は背の高い木の枝に腰掛けて、その気に実っていた赤色の果実にむしゃぶりついていた。


 この果実は不思議で、見た目は真っ赤な楕円形の形をしているのだが、味は完全にバナナなのである。俺はこの植物を ”バナナもどき” と名付けた。


 しかし、このゴリラの体にも慣れてきた。


 最初は人間でない毛むくじゃらの姿に戸惑ったが、感覚は鋭敏だわ体力は無限にあるわ身体能力が桁外れだわで良いことづくめである。


 そもそも、前の世界で人間だった時は半引きこもりのような生活を送っていたし、人との交流なんてものに興味が無い俺にとって、人間で無い事のデメリットなんて微々たるものだった。


 悠々自適なゴリラスローライフ……悪くない。


 モッチャモッチャとバナナもどきを食べながらそんな事を考えていると、何やら遠くで叫び声のような音が聞こえてきた。


 バナナもどきを食べる手を止め、座っていた樹木の天辺まで昇ると、音の聞こえた方に眼を凝らした。


 高い場所から見下ろした限りでは何も確認できない……。


 無視をしても良いのだが、ソレが俺のスローライフを脅かすような存在であったのなら大変だ。少し様子を見てきた方が今後の為になるだろう。


 そう考えた俺は、食べかけのバナナもどきを口に放り込んで、音のした方へと向かったのだった。











 音の元凶はすぐに見つかった。


 人間だ。


 人数は3人……見たところ、皆若い。まだ学生くらいだろうか? 男が二人、女が一人、皆西洋風で、整った顔立ちをしている。


 3人の視線の先には、一匹のモンスター。


 軽トラほどの大きさがある四足歩行のソレは、猫科の猛獣を思わせる姿をしており、額には一本の立派な角が生えている。


 よく見るとモンスターの足下には血まみれの人間の死体が転がっていた。


 考えなくても分かる。


 明らかにヤバい状況だ。


 正義感に溢れるヒーローならば、迷い無く人間達を助けに行っただろう。


 しかし生憎と俺はヒーローなんかじゃない。さらに言うならば人間ですらない。ただのどこにでもいるゴリラだ。


 種族すら違うイケメン&美女のリア充グループの為に、一般的なゴリラである俺が命を張る必要があるだろうか?


 答えは否、NOだ!!


 そも、いくらゴリラの力が強いからといっても、目の前のいかにもなモンスターに勝てる道理なんてない。


 野生動物的に考えると、正義感なんかよりも自分の命が大切な訳で……。


 そんな事を考えていると、モンスターが動いた。


 野性の肉食獣に相応しい機敏な動きで距離を詰める。その鋭利な牙がギラリと光った。一人の男が他の二人を庇うように前に立ち、腰につけていた剣をスルリと抜き、構える。


 男の突き出した刃の切っ先が、突撃してきたモンスターの首元に命中。しかし、その分厚い皮膚は生半可な攻撃など一切通さないようで、突き立てられた刃は、その命に届くことはなくポッキリと折れてしまった。


 男が驚愕の表情を浮かべるなか、モンスターは一切の容赦をせずにその牙で男の首を噛みちぎった。


 傷口から吹き出す大量の流血と、その惨劇を見ていた二人の悲鳴。


 気がつくと俺は動き出していた。


 別に正義の味方を気取る気なんてない。


 ただ、目の前で起きている悲劇に、俺自身が耐えきれなかっただけだ。


 二人の獲物を見据えているモンスターの背後に回り込んだ俺は、駆け寄った勢いのまま、その背中に飛び乗った。


 背後からの奇襲に驚くモンスター。この状況で反撃の術は無い。


 俺は振り落とされぬよう、その立派な一本角を左手でギュッと握り締める。そしてフリーになった右手を握り締め、ゴリラの怪力で、思いっきりモンスターの頭を殴りつけた。


 モンスターが痛みでうめき声を上げながら暴れ、背に乗った俺を押しつぶすように近くにあった巨木に向かって体当たりをした。


 軽トラなみの巨体に押しつぶされ、あまりの衝撃に一瞬意識を手放しかける。


 しかし角を握り締めた左手は緩めない。


 俺は右手をモンスターの太い右手に回し、万力を込めて締め上げた。


 俺に格闘技の経験なんて無い。


 しかし、首を絞めれば意識が飛ぶ事くらいは知っている。


 浅い知識で稚拙な技術で、それでも最強の筋力を持ってモンスターの首を絞め続けた。


 モンスターは暴れ回り、その巨体に押しつぶされそうになりながらも俺は一切力を緩めない。


 どれだけの時が過ぎただろう?


 やがてモンスターはぐったりと動かなくなった。


 勝ったのだろうか?


 ただのゴリラが、ファンタジーに出てくるような化け物相手に……。


 呆然としている俺の脳内に、機械的なアナウンスが流れ込んできた。





『経験値が一定数に達しました。レベルが2にアップします』



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