ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ ~異世界に転生したらゴリラでした~

武田コウ

第1話 はい、私がゴリラです。

 ゆっくりと眼を開ける。


 視界に飛び込んできたのは、どこまでも続く真っ白な空間。


 俺一人だけがポツリと存在していた。


「……なんだこれ?」


 わからない。


 何故俺はここにいるのだろう?


 先程まで録画していたアニメを見ていた筈なのだが……。


 一人途方にくれていると、どこからか軽快な声が聞こえてきた。


「猿山恭二郎くん24才、会社員。心臓麻痺で死亡ね、オーケイ。今日は別件もあるからチャキチャキ終わらせようか!」


 嫌に明るい声だ。何故だか生理的な嫌悪感を感じてしまう。


 振り返ると、そこには一人の男が何やら書類の束のようなモノを持って立っていた。


 目が合うと、馴れ馴れしく手をふってくるのが腹が立つ。


「あの……」


 俺が声を出そうとすると、男はソレを遮るようにしてしゃべり出した。


「おっと、聞きたい事はたくさんあるだろう。あぁそうだろうとも猿山君……。しかし、さっきも言ったように今日は別件もあって忙しいんだ。だからここは手早く終わらせてもらうよ」


 そして男は何やらペラペラと書類を捲ると、一枚の紙を取りだして、「あぁ、ここでいいか」と投げやりな様子で頷いた。


「さぁさぁ猿山君。君はこれから新しい世界で、新しい人生を送ることになる。その世界では魔王というとっても悪い奴がのさばっているんだ。君は頑張って魔王を殺さなくてはならない」


「……いや、ちょっと待…」


「それじゃあ! しゅっぱーつ!!!」


 男は陽気な言葉と同時に先程取りだした神をビリリと破る。すると今まで何も無かった白い空間に漆黒の穴が出現した。


 俺の体は強い吸引力でその穴に吸い込まれていく。


「がんばってぇー」


 男の気の抜けたような声援を聞きながら落下する俺は、ずっと言いたかった事をポツリと呟いた。


「……俺の名前、猿山じゃないんだけど……」











 少し頭痛がする。


 ズキズキと痛む頭を押さえながら俺はゆっくりと眼を開けた。


 視界いっぱいに広がる緑色。涼しげな風が顔の横を通り抜ける。


 静かに起き上がり、俺は周囲を見渡した。


 見覚えの無い景色。俺の暮らしていた都心の街ではまず見ることのできない豊かな自然。目を覚ます前の事を思い出す。


 白い空間、意味の分からない男……新しい世界で、新しい人生。

 




 つまり、これは異世界転生、もしくは異世界転移というやつだろう。


 なんてこった、俺は今の時流に乗って、のこのこと異世界へ転生(もしくは転移)してしまったらしい。


 しかし、どうにも喉が渇いて仕方が無い。どこかで水分を補給しなくては……。


 そんな時、鼻孔をくすぐる水の香り。前までの俺ならば水の香りなど絶対にわからなかったが、どうやらこの世界に来て嗅覚が研ぎ澄まされているようだ(異世界転生で身体能力がアップするのはおきまりである)。


 臭いに引かれるがまま森の中を進むと、目の前に綺麗な泉が現れた。遠目から見た分には透き通っており、ゴミなどは浮いていないようだ。


 泉の側でかがみ込み、上半身を前に乗り出す。水を飲もうとしたその時、奇妙な事に気がついた。


 泉の水面に映り込んだ自分の顔が、どうやら前の自分とは異なっているようなのだ。


 別の世界に来たのである。そりゃあ顔くらい変わっていても不思議では無いだろう。しかし、自体は顔つきが変わっているとか、そういうレベルでは無さそうだった。


 彫りの深い顔つき、黒い肌、もじゃもじゃの体毛……。


 あぁ、もう俺は駄目かもしれない。


「…………ウホッ」


 どうやら俺は転生してゴリラになってしまったようです。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る