第6話 sprit No.1 筋肉少女⑤

 シュシュから無事下着を取り返し、身の潔白を証明することに成功した俺は、美衣と夕食についていた。


 今日のメニューはカレーライスに季節の野菜をつかったサラダ。


 ちなみにカレーに肉は入っていない。


 毎月、両親から送られてくる生活費にはそれほど余裕はない。よって、俺たちは切り詰めながら日々生活している。


 だというのに、木刀などというわけの分からない不要品のせいで、今月の生活はさらに圧迫されるだろう。


「なあ、美衣。何で、そんなもん買ったんだよ。何度も言うけど、俺たちの生活費はそんなに余裕があるわけじゃないんだぜ?」

「るっせぇな。兄貴にはかんけーねぇだろ」


 美衣は俺に目もくれず、リビングのテレビを視線を向けたままカレーを口に運ぶ。


「ったく……そんなにやさぐれちまって……昔は、『お兄ちゃんお兄ちゃん!』ってすぐ寄ってきたのに」


 美衣は口に運ぼうとしていたスプーンを下ろし、鋭い目つきで俺の方を見る。


「あぁん? またしばかれてぇのか?」

「いや……すいません……」


 俺は謝りながら、思わず頬をさする。


 腫れた頬は指先が触れると少しヒリヒリする。


 この傷は、先ほど、取り返した下着を美衣に返す際につけられたものだ。


 無実の罪をなすりつけられたことにちょっぴり腹が立った俺は、仕返しを企て、美衣の可愛らしい下着をからかってやった。


 そうしたら案の定、怒りの鉄拳を喰らい、盛大に張り倒されたわけだ。


 でも後悔はない。この傷は名誉の負傷だ。


「何一人で誇らしげな顔してんだ? 気持ちわりいぞ」

「あ? お兄ちゃんはな、妹が大好きってことだよ」

「意味わかんねーし、寒気がする――そういや、厄介ごとに巻き込まれたって言ってたけど何かあったのか?」

「なになに? 兄のことが心配になっちゃった? 可愛いなーもう」

「んな!? ちげーよバカ兄貴!」


 頬を赤くして、弁明する美衣はこの世のものとは思えないほど可愛らしかったが、これ以上悪ふざけをすると、さらに怪我が増えることになりかねないので、この辺にしておこう。


「前に話したことあっただろ? うちの学校は変なやつが多くてさ。それも超がつくほどの変人」

「ああ。『スプリットガールズ』だっけか。随分としゃれた二つ名だな」

「実際はもっとこう、魔王とか暴君とか、そんな感じだけどな。今日も屋上から蹴り落とされたし……」

「ッッ! そんな奴がいんのか……」


 美衣はスプーンを握りしめて、わなわなと震えてる。


「ん? どうしたんだ?」

「——なんでもねぇよ」

「変な奴だな。んでさ、俺は今、スプリットガールズの一人に巻き込まれて、必殺技研究会なるものに所属しているんだが——」

「直球すぎねーか?」

「同感だ……まあそれは置いといて、今日は珍しく来客があってな。そいつもすげー変な奴なんだけど、幼なじみを振り向かせるために必殺技を習得したいらしくてな?」

「すまん兄貴。ボケのつもりだったんなら一ミリも面白くねーぞ」

「いやこれがな? ありままの事実を伝えてるだけなんだよ」

「だとしたらクレイジー過ぎだろ」


 やはり、彼女たちのことを説明するには少々手ごころを加えないと難しいみたいだ。


 半年ほどの付き合いを経て、ようやく俺も楠木と会話できるようになったくらいだ。


 全く関わりのない美衣が、はいはいそうですねと素直に理解できるわけがない。


「まあとりあえず、そいつの必殺技習得に付き合わされてたってわけだ」

「ふーん。そっか」

「ふーんて。お前が聞いてきたんだろ? もっと興味持ってくれよ」

「いや、これ以上話を聞いてるとおかしくなりそうだからやめとくわ」


 ごもっともですけど! 俺だって、友人や家族が『必殺技の練習に付き合ってるんだよー』とか言いだした日には、一度、病院にいくことをおすすめするだろう。


 美衣は食事を終え食器をまとめる。


 そして、椅子から立ち上がる際に、ふと思い出したように口を開いた。


「そういや、兄貴も昔は必殺技が欲しいってよく騒いでたな」

「そりゃ子どもの頃はな。でも、高校生にもなってそんなこと言ってたら、ドン引きされんだろ」

「ハハ。そうかもな。まあ、兄貴はお人好しだからな。程々にしとけよ。じゃねーと、痛い目に遭うぜ」

「……分かってるっての」


 美衣はそれだけいうと、食器を片付けリビングから出ていった。


 もちろん、食事は作ってもらったので食器洗いは俺の仕事だ。


 残りを一気にかきこみ、食事をすませ、食器洗いにうつった。


 皿にこびりついた汚れを落としながら、去り際の美衣の言葉を思い出す。


 そのせいで、嫌な記憶がチラつきスポンジを持つ手に力が入ってしまう。


 ったく。余計なこと思い出させやがって。


 あの時だって俺はただ——


「きゃぁぁぁぁぁ〜〜!!!」


 突然、美衣の叫び声が家中にこだまする。


「な、なんだ」


 すると、下着姿の美衣が凄い勢いで部屋に駆け込んできた。


「あ、兄貴! 脱衣所に、脱衣所にが出た! 何とかしてくれよ〜」


 美衣はあられもない姿で俺の右半身に抱きつき、うるうると涙ぐんだ目で助けを求めてきた。


 何この生き物凄い可愛い。


「お、落ち着けって! つーかとりあえず服着ろ!」

「うぅ〜……おにいちゃ〜ん」


 どうやら俺の言葉は届いていないようだった。


 とりあえず美衣を引き剥がそうと努力するが、中々離れてくれない。意外と力あるなこいつ。


 そうこうしているうちに、ついに奴がカサカサとリビングへと侵入してくる。


 俺も正直いってこういった類は得意じゃない。


 しかし、混乱している美衣をほっとくわけにもいかないので、洗い終わった食器から茶碗を取り構える。


「く、くるならこい!」


 奴はリビングを颯爽と駆け回る。


 大丈夫。捉えられないスピードじゃない。


 俺に抱きついたままの美衣を引き連れ、徐々に標的と距離を詰めていく。


「は、早くなんとかしてぇ」


 美衣はもう限界のようだ。


「ま、任しとけ」


 ようやく射程範囲内へと入った俺は、一瞬の隙を見逃さないように集中する。


「こ、ここだぁ!」


 そして、意を決して奴を捕らえようと茶碗を振り上げた時、何かの影が俺たちの前を飛ぶように横切った。


「ッッ!?」

「みゃーー!!」


 正体は我が家の番犬——いや、番猫のシュシュだった。


「みゃ〜」


 シュシュは俺よりも先に奴へと飛びつき、一瞬で仕留めてしまった。


「ハハ…。助かった……」

「みゃ〜〜」

「ありがとな、シュシュ」


 どこか誇らしげなシュシュをこれでもかと撫でてやる。


 お前のせいで、俺が下着泥棒になりかけた件については不問にしてやろう。


 美衣は一安心して力が抜けてしまったのか、その場にへたりこんでしまう。


「大丈夫か?」


 そんな美衣に手を貸そうと右手を差し出す。


「うん……」


 珍しく素直に従うな——と、思った束の間、俺の手を握った美衣は、急に我を取り戻したのか、顔を真っ赤に染め上げ、暴れ出した。


「ッッ! いや! これは! なんというか、べ、別に虫とか怖くないし? ボケてみたっつーか。ドッキリっつーか」

「いやいや、『お兄ちゃん助けてー』って涙目だったぞお前」

「うるさいうるさいうるさい!」


 美衣にポカポカと胸元あたりを殴られる。


「アハハ! 分かった分かった。つーかお前、やっぱり可愛い下着つけてんだな」

「へ?」


 美衣はゆっくりと視線を下へ落とし、自分の姿を確認する。


「〜〜〜ッッ!!!??」


 そして、顔を真っ赤に染め上げ——そのまま気を失ってしまったようだ。


「お、おい!! 美衣さん? 美衣さーん……なんだこれ」

「みゃ〜〜」


 俺は膝の上で甘えるシュシュを撫でながら、深いため息をついた。


 


 


 


 

 

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