第5話 sprit No.1 筋肉少女④

「はぁ!? 合体!? バスケすんのに合体って……スポーツだぞ?」

「ふふ……光太君の凡人脳じゃ理解できないでしょうね。まあ、いいわ。明日また、放課後に旧体育館に集合しましょう。少し準備も必要だし……」

「ったく、何考えてんだか……リッキーもこんな訳分からんアイディアでいいのか?」

「何かワクワクするからオッケーです!」

「……」


 リッキーは目をきらきらと輝かせながら親指を立てた。


 その純粋さはある意味恐怖だよ。


 楠木は成績優秀で頭脳明晰。普段の生活では、その完璧超人っぷりから教師からの評価も高い。


 噂によると、一年生の冬には模試で某日本一の大学でA判定を叩き出したらしい。


 しかし、こと必殺技のこととなると、その知能指数は著しく下がる――というよりも、別次元のベクトルへと方向転換してしまうと言った方がいいかもしれない。


 その発想は常人のそれを遙かに超越していて、大体その実験体や後始末を任される俺は、校内で教師生徒共に評価は爆下がり中だ。


 俺の凡人脳では、彼女が一体リッキーに何をさせようとしているかは、皆目見当もつかないけれど、当の本人がそれでいいなら良しとしよう。絶対ろくでもないことだろうけど。


 この日はこれで解散することとなり、俺たちはそれぞれ家路につくことにした。



「あー! 疲れたぁ」


 ようやく変人たちの宴から解放された俺は、帰り道に大きなため息をつく。


 周囲の人が驚いたような視線をこちらに向けてくるが気にしない。だって、しょうがないじゃないか。


 誰だってあんな変人たちに付き合わされていたら、例え一人ぼっちで歩いていようが、ため息の一つくらいつきたくなるもんだろう。


「一年前はもっと普通の日常だったなぁ……」


 夕暮れの川沿いを歩きながら、ふと今までの高校生活を思い出す。


 紅葉高校に入学してもう二年目。入学当初は、それなりに普通の高校生活を送っていた。


 クラスの友達と好きなアニメや漫画の話をして、休日には街に繰り出して映画を見たりカラオケに行ったり。


 テストの前は勉強会して、だるいよなって愚痴りあって。早く彼女欲しいなーとか毎日言ってたな。


 そういや、他校の女子と合コンしたこともあったっけ。結果は散々だったけど……。


 たった一年前の思い出なのに、もう遠い昔のように感じる。それはきっと、今の日常が強烈すぎるからだ。


 原因は間違いなく楠木。あいつは、俺のこれまでの常識のほとんどを塗り替えていった。


 おかげで友達はいなくなるわ、あいつの悪行の責任を押しつけられるわで、それはもう悩ましい日々だけど。


 まあでも……退屈はしないかな


 そんな感傷に浸っているうちに自宅の前まで辿り着く。


 どこにでもあるような普通の一軒家。俺にとっての安息の地だ。唯一、心が安らぐ場所だと言っても過言じゃない。


 ドアノブに手をかけ扉を開くと、ある人物が玄関に立ち尽くしていた。


「よう兄貴。今日はいつもより早かったな」


 玄関で待っていたのは妹の美衣みいだった。


 今年、中学三年に進級した美衣は反抗期が来たのか、髪を染め言葉遣いが荒くなってきたのが少し気になるが、たった一人の可愛い妹だ。


 両親は仕事の都合上海外に出張することになり、日本の学校に通うことを選択した俺たち兄妹きょうだいは、俺の高校入学と同時に二人暮らしを始めた。


 基本的に家事全般は美衣が学校にかよいながらこなしてくれている。


 別に美衣はみんなが憧れるような〝世話焼きでお兄ちゃん大好き〟の妹という訳ではなくて、単純に家庭力の低い俺に家事を任せたくないだけらしい。


 それでも、どんな理由であれ身の回りのことを任せきりになってしまっている美衣には頭が上がらない。


「ただいま。ちょっと厄介ごとに巻き込まれてな。来週の球技大会が終わるまでは、帰りが遅くなるかもしれない」

「ほう――それで兄貴……一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「ん? 何だよ。取りあえずゆっくりさせてくれよ。今日は疲れてんだ」


 俺は靴を脱ぎ玄関へ上がろうとする。


 しかし、美衣は突然棒状の物体を振り下ろし、それを阻んだ。


「おぅわ! 何だよ急に――ってそれ木刀じゃねーか! どこでそんな物買ってきたんだよ!」

「そんなことは今どうでもいい。今大事なのは、あたしの部屋からってことだ」

「はあ? そんなの知らねーよ?」

「んな訳ねーだろ!!」


 美衣は木刀の切っ先の俺の顔面に向ける。美衣のプリン気味の金髪といった風貌も相まってその威圧感は中々のものがある。


 身長が百四十センチしかないってのが少し残念だけど。てゆうか、そのせいでちょっと背伸びした子ども感が出て、逆に可愛く見えたりもするけど。


「今この家に住んでるのは兄貴とアタシだけ……これでもアタシは物の管理はしっかりするほうだ。ましてや、下着を無くすなんてヘマはしねぇ。となりゃあ、犯人は兄貴しかいねぇだろうが!」


 美衣は切っ先をぐいぐいと俺の鼻先に押しつけてくる。


「ちょっ痛い痛い! さすがに妹の下着は盗まねーよ!?」

「いや、兄貴と二人暮らしになってから怪しいと思ってたんだよ。やたらとアタシのことは心配してくるし、毎日可愛がってくるし……シ、シスコンってやつじゃねえのか!?」


 シスコンという言葉が恥ずかしかったのか、美衣は顔を真っ赤にしている。


 ちなみに、大前提として宣言しておくが、俺は美衣のことが大好きである。もちろん、家族として。


「待て待て! まだ中学生の妹を心配するのは兄として当然だろう!? 母さんたちが家にいないんだから、俺が保護者の代わりだ。それに、美衣は三年生になった途端、グレ始めてるし。余計に心配するじゃねーか!」

「う、うるせーな! これは兄貴を――あーもう! とっとと白状しやがれこの変態シスコン兄貴!」


 怒りゲージがマックスに近い美衣はぶんぶんと木刀を振り回す。


「お、落ち着けって! 確かに俺は美衣を愛してる! 世界でたった一人の可愛い妹だからな! でも、下着を盗むなんて卑怯な真似はしねーよ! 本当に下着が欲しかったら、正々堂々、正面から貰いに行くぜ?」


 俺は美衣の怒りを静めるために渾身のドヤ顔で妹への愛を語った。


 しかし、どうやら逆効果だったらしい。


「ッッ! 気持ちわりいことぬかしてんじゃねぇぇ!」

「どぅはぁぁ!!」


 兄のラブコールが届かなかった美衣は、容赦なく俺の頭へ木刀を振り下ろした。


 必殺技狂のクラスメイトに屋上から落とされるわ、ムキムキ女子高生に部室のドアを壊されるわ、あげくの果てには妹に下着泥棒扱いされるわ。


 今日の俺は一体何かに取り憑かれているのだろうか。


 玄関に倒れ込む情けない兄を尻目に、美衣は吐き捨てるように


「次やったらコロス」


 と言い、リビングへと去って行った。


「なんなんだよ……もう」


 俺はジンジンと痛む頭をさすりながら起き上がり、玄関へしゃがみ込む。


 きっと、体中からとてつもない負のオーラが漂っているに違いない。誰が見ても分かるようなどす黒いオーラだ。たぶん。


 そんな哀愁漂う俺にフワフワした生き物が甘えるようにすり寄ってきた。


「みゃ~」

「……シュシュ?」


 唯一の安息の地でさえも、地獄と化してしまった俺をねぎらってくれたのは、我が家の飼い猫兼アイドルであるラグドールのシュシュだった。


 シュシュは俺と美衣が二人暮らしをするにあたって、両親が寂しくないようにと、我が家に連れてきた。


 本当は番犬にしたかったらしいけど、美衣のあつい要望により犬ではなく猫になった。


「シュシュ~。お前だけは俺の味方でいてくれるんだな~」

「みゃ~~」

「ん? お前何くわえて――ってこれ!」


 シュシュが口にくわえていた物は、ピンクのフリルが可愛らしいブラジャーだった。


「お前が犯人じゃねーか!!」

「みゃ~?」


 全く……。何だか、この世の全てが敵に見えてくるわ……。


 てゆうか、美衣のやつ。案外可愛い下着着けてるんだな。むかつくし、後でいじってやろう。


 俺は、膝の上で気持ちよさそうに寝転がるシュシュを撫でながら、心の中でしょうもない野望を抱くのだった。

 

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