第4話 sprit No.1 筋肉少女③

 翌日の放課後。


 リッキーを含めた俺たち必殺技研究会は、旧体育館に集まっていた。


 本校舎の体育館を使わなかったのはもちろん、運動部が練習に励んでいるからである。


「にしても、旧校舎ってほんと無法地帯だよな」

「そうね。数年前に今の本校舎が建てられてからは、こちらの管理はかなり甘くなっているみたいだわ。取り壊すのにもかなりお金がいるらしいし」

「へー。そうなんだ」

「それでも、時折、生徒会が見回りをしているから、好き勝手し放題って訳じゃないけれどね」


 運動前のストレッチを終え、楠木はセミロングの髪の毛を頭の後ろでくくる。


 普段と違う髪型をしている女子は、不可抗力で魅力的に見えてしまうもので、いつもよりもスポーティーな楠木の首筋は蠱惑的に感じる。


「あら。そんな気持ち悪い目で見ないでくれる?」

「楠木は俺を罵倒しないと気が済まないのか」


 楠木は軽蔑するような視線を俺に送りつつ、ジャージの上着を脱ぎ、丁寧にたたんだ後、床に置いた。


「さあ。そろそろ始めましょうか」

「はいよ」

「おっけ-!!」


 元気よく返事をしたリッキーは俺たちよりも早く体育館に来ていたようで、既に汗ばんでいる額をぬぐう。


「じゃあ、まずはリッキーが今どのくらいバスケができるのか見せてくれよ」

「りょーかいっす!!」


 お馴染みのピースサインを繰り出しながら、リッキーはその場でぴょんぴょん――いや、ドスンドスンと飛び跳ねている。


 何度も言うが、彼女の肉体は一般的な女子高生の数倍筋肉を纏っている。


 唯一、彼女の女の子らしい部分といえば、無邪気な笑顔と百五十センチほどの身長だろうか。


 てゆうか、その身長で体育館に地響きが起こるほどのジャンプって……筋肉の密度どうなってんだよ……。


 倉庫から取り出してきたバスケットボールをリッキーに渡し、とりあえずドリブルをするように指示する。


 そして、リッキーはボールを受け取ると意気揚々と腕を振り上げ、


「うおぃりゃあーーーーー!!!!!!」


 と、ボールを地面に叩きつけた。


「……は?」


 叩きつけられたボールは地面に到達するやいなや、耳をつんざくような破裂音を起こした後、爆散してしまった。


「あれ? おっかしいな~。昨日動画で見た感じでやってみたんだけど……。ボールが古かったのかな?」


 リッキーは何がいけなかったのか分からないといった表情で、破裂したボールを拾い上げる。


「これは……期待できるわね」


 楠木は楠木で、口元に手を当て興味深そうに思案にふけっている。


 え? 何でみんなそんなに通常運転なの? 俺がおかしいのか!?


「いやいやいやいやいや! どんな馬鹿力だよ! え!? てかバスケットボールって人力で破裂させれんの!?」


 このままだと流れを完全に彼女たちに持って行かれそうだったので、すかさずツッコミをいれる。


「え? アタシ、鉄を素手で変形させるごとぐらい平気だけど……」

「それはもう変人の一言では片付けられないよ……」

「逸材だわ!!」


 楠木はえらく興奮しているようだ。


 スプリットガールズ……こいつらは顔に〝混ぜるな危険〟って書いておいた方がいいんじゃないか……。


 楠木とリッキーが協力する時点で嫌な予感しかしなかったけど、凡人の俺はこいつらについていけるのだろうか。


「と、とにかく! ボールを破裂させてたら試合にならないから! このままだと試合開始直後にすぐ退場だぞ」

「そ、そうだよね! よし! もう一回!」


 再びリッキーにボールを渡し、ドリブルにチャレンジさせる。


「うおぅりゃぁぁぁぁぁぁーー!!」


 しかし、何回やってもリッキーは一撃目でボールを破裂させてしまい、あたりはバスケットボールの残骸でいっぱいになっていた。


「はあ……はあ……やっぱり力加減するのって難しいな……」


 さすがにリッキーも疲れたようで仰向けに倒れる。疲れる理由は常に全力を出し過ぎなだけな気もするけど。


「なあ……リッキーはもしかして運動神経ないのか?」


 俺は素朴な疑問をぶつけてみる。


「うん……アタシね、小さい頃は体も細くて弱くて……もちろん運動神経もなくて。それが理由でいじめられてたんだよね」

「そうなのか……」


 仰向けになったまま遠くを見つめるようにリッキーは話を続けた。


「体育の授業でみんなに馬鹿にされてさ、悔しくても何も言い返せなくて。きっと、このまま一生に馬鹿にされながら生きていくのかな~って――毎日そんなこと思ってたんだ。でもある日、走君に言われたんだよ」


 リッキーは体を起こし、俺たちの方へ視線を移す。


「『馬鹿にされっぱなしで悔しくないのか!! 俺が鍛え直してやるって!』って凄い勢いで言われちゃってさ。その時はまだ、ただのご近所さんだったから、正直『なんだこいつ-!』って思ったんだけどね」

「それがきっかけで仲良くなったのか?」

「うん! それから毎日、走君がトレーニングに付き合ってくれて。おかげですっかり筋トレにはまっちゃって。こんなにムキムキになっちゃったよ」

「そこまでなる必要はなかった気もするけどな……」


 照れくさそうにリッキーは笑う。


 きっと、これほどまでの筋肉を手に入れるには、彼女の体質も要因かもしれないが、途方のない努力の結果なんだろう。


 スプリットガールズには変人以外にもうひとつ共通点がある。


 それは、彼女たちのひたむきさである。


 彼女たちは、自分の好きな物に対して一切の妥協を許さない。自分の納得がいくまでとことん追求する。


 凡人だったら諦めてしまうようなことも、彼女たちはただひたすらに〝好き〟を貫いていく。


 最早、ある種の狂気ともいえるひたむきさが彼女たちを彼女たちたらしめているのかもしれない。


 まあそのせいで、俺は楠木に危ない目に合わせられているんだけど……。


「でもよー。今回の目的って必殺技の習得よりも、走君を振り向かせたいってとこだろ? それなら苦手なバスケでわざわざ気を惹かなくても……」

「ううん。バスケじゃなきゃダメなの」

「どうしてだよ? 他にもアプローチする方法ならいくらでも――」

「走君がさ、昔言ってたんだよね。将来はバスケの上手い人と結婚するって。だからこれじゃなきゃダメなんだよ」

「……そっか」


 確かに惚れた相手を落とすにはその人の好みのタイプになるのは定石だろうけど、球技大会はもう来週だ。


 いくら何でも時間がなさ過ぎる。


 必殺技があれば活躍できるかもしれないが、そもそもバスケ自体がからっきしではそんなことを言っている場合じゃない。


「気持ちは分かるけどよ。諦めた方が――」

「諦める必要はないわ。このまま練習を続けましょう」


 楠木が俺の言葉を遮る。


「とは言ってもよぉ。一体どうすんだよ」

「役割分担すればいいのよ」

「役割分担?」

「そう。チームスポーツにおいて重要なのは自分の得意な役割をこなすこと――球技大会ぐらいで、全てこなせる必要なんてないのよ」

「まあ確かに。各チーム部活生は一人までって決まりがあるし、ほとんど素人同士の試合だしな――それで、リッキーは何の役割なんだ? 体が強いし、ボールをあんまり触らなくていいディフェンスに集中するとか?」

「そんな普通の役割じゃいけないわ。私たちは必殺技の習得を課題にしているのよ」


 楠木は座り込んでいるリッキーの前へしゃがみ込み、頬へ手を添える。


「あなたには素晴らしいパワーがある。これを活かさない手はないわ」

「ど、どうすればいいの?」

「古くより、人々を魅了してやまない必殺技の一つ――〝合体〟よ!」




 

 

 




 

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