第3話 sprit No.1 筋肉少女②

「幼馴染を惚れさせたい?」


 突然の筋肉ムキムキ少女の襲来にひと段落ついた俺たちは、とりあえず彼女の話を聞くことにした。


 壊れたてしまった扉はガムテープによって雑に補修され、元々オンボロだった部室はさらに貧相になった。


 楠木曰く、そのうち元通りになるから大丈夫らしいけど。


「えっとね、アタシね。ついこの間アメリカから帰ってきたんだけどね」

「まさかの帰国子女!?」

「アハハ〜。そうだよ〜」


 力子ことリッキーは嬉しそうにピースサインをかます。どうやら彼女の癖らしい。


「じゃあ英語喋れんのか?」

「えーご? なにそれ?」

「へ? 英語って英語だよ」

「あー! 『ハロー!』ってやつね!」

「うんまぁ、大体あってるけど」

「うーん……。基本アメリカでは〝マッスル語〟だったからなぁ……」

「なんだその新しい言語は」

「え? マッスル語はマッスル語だよ。筋肉で会話するの!」

「斬新なコミュニケーションだな!」


 聞き慣れない単語が耳をつく。


 さすがはスプリットガールズ。


 常人では扱えない語学を習得しているとは。


 話を聞くところによると彼女は小学校までは日本に住んでいたらしく、小学校卒業後、両親の仕事の都合でアメリカにいたらしい。


 紅葉高校に転入してきたのはつい二週間ほど前。どうりで彼女のことを知らないわけである。


 この学校では並大抵の変人では埋もれがちになってしまうが、彼女ほどのインパクトであれば一年もあれば学校で知らない人間はいなくなるだろう。


 なんていったって、外見がCGレベルだしな。


「それで、幼馴染ってのはこの学校のやつなのか?」

「うん! そう君とは家が近所でね。アタシがアメリカに引っ越すまでは、ほとんど毎日一緒にいたの」

「走……。二年三組の西宮走にしみやそうのことか?」

「そうだよ! 走君カッコいいでしょ!」


 西宮走。確か、バスケ部次期キャプテンって噂されてたっけ。


 爽やかイケメンで性格も良し。


 男版楠木って感じの高スペックだけど、西宮には楠木のような欠点はない。


 まさに絵に描いたような主人公キャラだな。


 楠木は性格に難さえなければなぁ。


「あなた今、脳内で私のことを馬鹿にしたでしょう?」

「え、わかる?」

「顔に書いてあるわ」


 俺はそんなに顔に出やすいタイプだったのか……。以後、気をつけよう。


「それで、日本に帰ってきたあと久しぶりに再開した西宮に惚れちまったってことか」

「うん。走君、昔からカッコよかったけど、もっとカッコよくなっちゃってて……」


 リッキーは年頃の女の子らしく照れながら下を俯く。


「でも、走君の周りはいつも女の子ばっかりだし、近づきづらくて」

「確かに、西宮はモテるからな。この前のバレンタインも凄かったらしいし——じゃあまだ西宮とは話してないのか?」

「転向初日の放課後に一言だけね。お互いに『久しぶり』って……。走君はそれだけ言って部活に行っちゃったし……」

「そうか……。でも、どうしてそこから必殺技習得の話になるんだ?」


 俯いていた顔を上げリッキーは言葉を続けた。


「来週、春の球技大会があるでしょ? アタシはバスケットボールで出場するんだけど……そこで走君に良いところを見せたいの!」


 春の球技大会——そういえば、もうそんな季節か。


 紅葉高校では五月と十月に、それぞれ一回ずつ球技大会が開催される。


 種目は春と秋で違っていて、春は確かバスケ、サッカー、バドミントンだっけな。


「バスケで良いところを見せて走君の気を引きたい。そこで、必殺技が欲しいってことね」

「そのとーり!!」


 再びピースサインを繰り出すリッキー。


「何かいいアイディアないかなって思ってたらこの同好会にチラシを見つけてさ! それでここに来たってわけ!」

「あぁ。そういや、楠木が掲示板に勝手に貼ってたな。新入部員勧誘のチラシ」


 現在、必殺技研究会に所属しているのは俺と楠木の二人だけ。


 部員が五人以上いないと正式な部活動としては認められない。


 別に俺は同好会だろうが部活だろうが、どちらでも構わないのだが、楠木は部活動へ昇格したいらしく、チラシを配ったりと勧誘活動を続けている。


「——事情は大体把握したわ」


 それまで会話に参戦してこなかった楠木がようやく口を開いた。


「まず初めに言わしてもらうけど、必殺技研究会は別にお助け同好会ではないわ。私たちは、各々の必殺技を得るため毎日研鑽しあってるの」

「研鑽というか半分人体実験だよね? 俺が楠木のオモチャになってるだけだよね!?」

「光太君は黙っててちょうだい」


 楠木は笑顔でこちらを


 出たよ。お得意の泣く子も黙る『楠木スマイル』だ。


 この笑顔で睨まれたら、大体の人間はフリーズして動けなくなると思う。


 表情的には笑っているわけでだから、睨むって表現はおかしいかもしれないけど、そう思わせるほどの圧を『楠木スマイル』は感じさせるのだ。


「すんませんでした……」

「楠木さんって意外と怖いんだね……」


 鋼の肉体を持つリッキーでも、楠木には恐怖を感じるらしい。


 心なしか部屋に入ってきた時よりも小さく見える。


「——話を続けるわね。私たちの目的は他の生徒を助けることではないわ。あなたが、軽い気持ちでここに来たのなら、今すぐ帰りなさい。でも、あなたが自分だけの必殺技を見つける。その覚悟があるのだったら——喜んで力を貸しましょう」


 楠木は先程の『楠木スマイル』とは違う、穏やかな笑顔で彼女に手を差し伸べる。


「覚悟か……うん! この筋肉に誓って、どんなことでも乗り越えてみせるよ!」


 楠木とリッキーは熱い握手を交わし、お互いに微笑み合う。


 そんな光景を見て俺は頭を抱える。


 やっぱり面倒なことになった。


「それじゃあ光太君。協力よろしくね」

「よろしく! コータ!」


 彼女たちは一体どんな化学反応を起こすのだろうか。


 それは、普通で平凡で何の変哲もない俺には、到底予想のつかないことなのだろう。


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