実演

呼ばれたカミラは、俺に助けを求めるような視線を一度よこしてから、不安そうに前に進み出た。中西は彼女を自分の席に座らせると、準備があると言って廊下に出て行った。


「ね、ねえ。変な実験するわけじゃないよね? 本当に占い……だよね?」

「大丈夫だろ、多分」

「何の意味もない、オリジナルの占いだよ? 怖がることないって。多分」

「うん、うん。多分ね」


お茶を濁したような態度に、カミラは余計に恐ろしさを感じたのだろう。勢いよく立ち上がり、足早に教室の外へ。クラスメイトたちが慌てて後を追う。昼休みの真っ只中、開放的で自由で幸福な時間が流れる校舎内に、そぐわないカミラの悲鳴が響く。

しばらくして、引きずられるように戻ってきた彼女の顔には、何かを悟ったような、諦めの色が浮かんでいた。かなり暴れたのだろう、毛がボサボサだ。


「フン、別に逃げようなんて考えてないし。怖くなんかないし。みんな、大袈裟だし」


そう強気に言いながらも、目には涙が浮かんでいる。ちょっと可哀想だな。多分、なんてことない占い(?)だと思うけど、完全オリジナルってのが怪しい。できるだけ、近くにいてあげよう。億億の一、何かあったら対処できるように。


「カミラ」

「弦也男……。あ、ありがと」


彼女のすぐ横にしゃがみ、震える肩に手を置く。心が落ち着くまで、一定のリズムでポンポンと軽く叩く。泣き虫だった幼い頃の妹に、良くやっていたことだ。その時は背中だったのだが、さすがにな。赤の他人の男が触るようなところじゃないだろ。


「お待たせしました。誰か、開けて下さーい」


どんだけ大荷物なんだよ。舌打ち&ボヤきながら、瀧がドアを開ける。と、中西がひいひい言いながら、段ボールを二つ運び入れた。大手ショッピングサイトのロゴが入ったそれは、そこまで重たそうには見えない。一体、何が入っているんだろう。気がつけば、クラスメイトたちが興味津々に中西の周りを取り囲んでいた。


「それ、何?」

「早く開けてよ」

「早く早くー」

「待って下さい。そんなに急かさないで」


まんざらでもない顔をしながら、中西が一つ目の段ボールを開ける。中から出てきたのは、紫にてらてら光った布。広げてみると、魔法使いが着るようなローブだった。それから、ゴツいアクセサリー。腕輪と髪飾りだ。要するに、


「『コスプレセットA マダムキャッスル相澤』?」

「それって、あの占い師アニメの!?」


俺は詳しく知らないが、『占い師マダムキャッスル相澤の事件簿』という超がつくほど人気のアニメがあるらしい。その主人公のコスプレが、どうして背中押し占いに必要なのかは分からないが、雰囲気作りのためだと思うことにする。中西はきっと、形から入るタイプだ。

二つ目の段ボールは、さっきのものより少し小さいが重い。なんとなく、入っているものが予想できた。ヒントは『占い師といえばこれ』。漫画やアニメなんかに出てくる占い師は、大体これをのぞいているイメージがある。そう、水晶玉だ。よくよく見たら、欠けているところがある。中西は不良品だ返品だと騒いでいるが、そんなことをしている時間はないので諦めてもらった。


「とりあえず、パッパと準備して、例の占いやってよ」

「分かりました」


昼休みの残り時間は10分。中西は衣装を身にまとい、水晶玉を台座にセット。即席の占いの館ができあがった。緊張した面持ちのカミラが、俺の左手の小指をギュッと握る。彼女の緊張が直に伝わってくる。


「それでは始めます。まずはお名前を」

「カミラです」

「真実のみを」

「た、田中会子です」

「本日はどちらの占いを希望されますか」

「え?」

「『背中押し占いを』って言って下さい」

「あ、うん。背中押し占いをお願いします」

「分かりました。では、あなたのお悩みをお聞かせ下さい」

「はい。え、これはガチの?」

「作り話でも結構です」

「じゃあ、作り話。作り話で。」


カミラは前置きすると、あまりにもリアルな恋愛相談を始めた。


「親友がね、めちゃくちゃ悩んでたから占ってほしいんですけど。その子、好きな人がいて。素直に想いを伝えられないし、つんけんした嫌な態度をとっちゃうこともあるみたいなんです」

「ふむふむ」

「これからの2人って、どんな感じですか。このままでいいんでしょうか!」


迫真の演技だなぁ、カミラ。


「では、お望み通り。背中を押させていただきます」


中西は水晶玉に手をかざし、目を閉じた。そして、


「出ました。えー、『2人の未来はノープロブレム。何の心配もありません。今の関係性を維持したまま、突き進みましょう』」

「ははーっ、ありがとうございます。早速、親友に伝えてきます!」

「……以上です」


中西とカミラはそろって立ち上がると、深々とお辞儀をした。いらないって、カーテンコール。パチパチとしょぼい拍手が起き、すぐに止んだ。


「それじゃ、質問ある人? 何もなければ、もうこれでいきます。なかなか斬新でいいんじゃない?」


カミラは清々しい顔をしているが、周りは納得していない様子。


「はい。まず、本当に占ったのか教えて」

「正直に言うと、占っていません。でも、背中を押すことを目的にしているので、これでいいんです。悩める皆様が、望んでいる答えを告げるんです」

「それ、占いって言わねえよな」

「小さいことは気にするな、と。両親からの教えです!」

「どちらの占いを希望するか聞いていたけど、背中押し以外に何があるの?」

「タロット占いです。僕が唯一できる……」


その一言に、全員がツッコミを入れた。


「そっちだけでいいじゃん!」


散々、背中押しを説明しておいて!みんなからブーイングが飛ぶが、どうやら中西には譲れない理由があるらしい。背中押しでなくてはならない、理由が。

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