死霊たちが言うには

布団に潜り、体を小さく丸める。どんな小さな音も逃すまいと、意識は常に外に向ける。普段は気にも留めない時計の音や、ベッドの軋む音がいやに大きく聞こえてくる。それが不気味で、既に逃げ出したい気持ちになっていた。

クソ眠いし、今日のところは寝てもいいんじゃないか?

自分に問いかけた瞬間、手からするりとスマホが落ちた。もう寝落ち寸前だ。頭が働かない。


「いい、よ……」


だよな、寝てもいいよな。


「頑張っ……るよ」


うん、自分でもそう思う。

みんなが認めてくれているなら、これは胸をはって誇ってもいいことなんだな。うん、俺は頑張っている。寝不足にも負けず、良くやっているよ。

うんうん、うんうん……。


「……うん?」


俺は今、

ナイトキャップをかぶるところまで、睡眠準備を始めていた脳を叩き起こし、慌てて状況把握につとめる。とにかく冷静に、騒がずに。


まず、言うまでもないと思うが、この部屋には俺一人しかいない。彼女が泊まりに来ているだの夢みたいな話はないし、ゲーム合宿と評して、月一でエロ本探しに来る迷惑男(松浦のこと)もいない。

ごくごく稀に、悩みを一方的に話して聞かせてくる妹も、昨日から彼氏の家に泊まっている。平日だってのにな。

というわけで、正真正銘の一人である。

だから、俺自身が口に出さない限り、人の声が聞こえるはずがないのだ。となると、待ちに待ったやつらのお出まし……。


ボソボソボソ。ボソボソボソ。

ブツブツ。ブツブツ。


緊張が走る。いよいよ、霊たちのトークショーの幕開けだ。スマホを握りなおし、メモアプリを開く。この時のために、わざわざダウンロードしたやつだ。ここに、聞こえてきたことを残しておけば、今後の方針を決める際に役に立つだろう。

こちら、準備できました。心の中で、記者の格好をした俺が両手で大きなマルをつくった。

と、それが合図になったわけではないだろうが、霊たちの声が一気に騒がしくなった気がした。


ボソボソボソ。ボソボソボソボソ。

ブツブツブツブツ。


しかし、その大半がはっきりと聞き取れない。さっきの返事できた分は、夢だったんじゃないかと思うくらいだ。そもそも、霊の言葉ってはっきり聞こえるものなのか。俺、霊感無いしなぁ。今更だけど。

ちょっとスマホで調べてみるか。検索バーに、『霊の声 霊感なし 聞こえる?』と打ち込み、いざ検索……。


できなかった。



「『好き』らしいよ」



耳元で、女性の声。はっきりと聞こえた。思わず、ヒッと短い悲鳴をあげてしまう。


「優し……、好きな……って」

「……が、しつこ……てくる」

「それだけ、……ってことよね」

「うらや……。いい……」


ふふふ、ふふふふふ。はははは、ははは。

途切れ途切れの言葉に混じり、老若男女問わず、様々なトーンの笑い声が響く。

時間にして、たった数分のできごとだったと思うが、体はぐっしょりと汗をかき、走った後のようにハアハアと息があがっていた。

間違いない。今までで一番の恐怖体験だった。


「でも、意味はあった」


嵐が去り、静まり返った部屋の中で、俺はスマホの画面を見つめながら呟く。そこに残されているのは、誤字脱字の酷いメモ。そして、今日の大きな収穫。




『死霊使い=俺のことが好きな人?』



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