準備
家に帰るなり、用意されていた夕食をほとんど噛まずにたいらげ、猛スピードで風呂を済ませる。
「ね、今日何かあるの?いつもはもっとダラダラしてるじゃない」
「んー、まあね。ちょっと野暮用」
「ふーん?」
何を勘違いしているのか知らないが、母さんはニヤニヤと楽しそうに笑っている。おおかた、彼女と長電話〜みたいなシチュエーションを想像しているのだろうけど、それは見当違いも甚だしい。今は彼女より幽霊!死霊使いだ!青春コースを順調に踏み外している予感がするが、多分気のせいだ。
濡れた髪を乾かしながら、俺は鏡に映る自分に向かって大きくうなずく。任せとけ、俺。すぐに安眠をプレゼントしてやるからな。目の下に残るドス黒いくまとも、サヨナラだ。名残惜しいな。つまらないと文句を垂れながらも、ラスボス目前までプレイしてきたクソゲーみたいだ。
松浦からのゲームの誘いを丁重に断り、ベッドの上で来たるべき時を待つ。時刻は19時を回ったところ。やつらが現れるには、まだ早い。もう少しのんびり準備しても良かったな。時間が変に余ったせいで、なんだか落ち着かない。そわそわする。ドクンドクンと高鳴る鼓動を抑えるために、意味もなく部屋の中を歩き回る。よし、一旦霊とは関係のないことを考えよう。一人しりとり、一人漫才、一人バラエティー番組。頭の中を別のことでいっぱいにすると、緊張が良い感じにほぐれていくのを感じた。
そろそろ、ベッドに横になろう。俺を見ているかもしれない霊たちにアピールもかねて、わざとらしくあくびを一つ。トークショーの準備はできてる?もう寝るからな。
「今日こそはゆっくり寝かしてくれよ。さすがに辛いわ」
独り言にしては大きすぎる声で、感情のない棒読み。もちろん、これもアピールだ。さて、どう出る幽霊。部屋のあちこちに挑戦的な視線を送り、クククと笑ってみる。今更、ビビってんじゃねえぞ。いつもみたいに、騒ぎに来い!……言わずもがな、これもアピールである。自分でもおかしなことをしているとは思うが、ここらで誰がこの部屋の主人かハッキリさせておきたかった。牽制というやつだ。もうこれ以上、お前らの好きにはさせないぞ。
スマホの画面の明るさを調整して、布団の外に光が漏れないかつ文字や画像が見えるくらいに暗くする。それから、マナーモード。音にびっくりした霊たちが、早々に話を切り上げてしまうのを塞ぐためだ。
さあ、まもなく、キックオフです。……おっと、脳内一人サッカーを終わらせるのを忘れていた。適当な理由をつけて選手を退場させ、試合会場の扉を閉める。後は霊のことだけ考えよう。
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