第24話「かのんシャドウ其ノ解」
これは後日談の様なものだ。
私こと有村花音はストーカーの仕立て上げを行っていた。私のファンである人達を利用していたのだ。ファンであることを傘に、頼むこむような真似をして。
今までそれに気付く人はいなかった。いや、いたのかもしれないけどファンであるからか、それほどまでに私を信用してくれているのか、言ってくる人はいなかった。
ただ一人、兄を除いて。
「分かったぜ。ストーカーの件」
そう言って電話をしてきたとき、私はやはりバレたかと思った。別に意外だとは思っていない。私の兄は普段はバカでのろまでどうしようもなく抜けていて空気が読めない人間だが、たまに勘が鋭い所を見せてくる。それに私と兄はそんなに仲が良くない。昔からお互いに。
兄が説明したものは全て当たっていた。榊君がまだ私の護衛をしてくれていたことにはびっくりしたが、私が非難を言える立場ではない。兄の説明を聞き、私はただ一つだけ疑問があった。
「お兄ちゃんは? 私のこと幻滅した?」
私のアイドルとしての品行方正で元気な性格とは違う、暗く面倒臭い人間の素顔を見てお兄ちゃんは私のことをどう思ったのだろうか。幻滅してくれるのだろうか。
だが私の兄は空気を読めないのだ。
「別に幻滅なんかしてねえよ。最初から立派な人間だなんて一度も思ったことないからな」
失望したという声音でもなく、至極当然の様に兄は言い放った。幻滅してくれたのならば、私は勝手に罰を受けた気になっていただろうし、それでもなお認めてくれるのなら、私はアイドルとしての自分を認められただろう。しかし兄はそもそも私を一度として認めてはいなかった。
「僕はお前のファンでもなんでもないんだ。罰を受けたいならお前が巻き込んだ奴らに頼め。僕にそこまでしてやる義理は無い」
「え~。いけずー」
「これ……シリアスパートだよな?」
私は兄が妬ましかった。彼はどこまでいっても普通の高校生だ。それに引き換え私はアイドル。自分で選んだ道なので文句を言うのは筋違いだろうが、それでも同じ血を持っていてここまで違うと少しは文句も言いたくなる。
「私はお兄ちゃんが羨ましかったのかもしれない」
「そんなの僕もだ」
「……」
「僕の様にどこまで言っても普通な奴からしたら、お前は眩しすぎるんだよ」
兄は言った。私が眩しいと。光を放つ側に立っていると、光を向けられる側の気持ちが分からない。ステージから見る景色と、ステージを見る景色が全く違うように。
「お前は十分凄い奴だよ。だからいいんじゃねえか。たまには疲れても。実際に犯罪を犯したんじゃねえんだし、少々のファンと兄を困らせただけだ。有栖川かのんは健在だぜ」
「お兄ちゃん……」
「だがまあそれはそれとして、ちゃんと謝れよ」
「うん」
「また遅刻したー!」
シリアス一転。いつも通り遅刻している私です。
ストーカーの仕立て上げはもうやらないことにした。元々どこかでやめなくてはいけないと思っていたし、これ以上巻き込める人が兄の友人の奥田恭弥しかいなかったのもある。
そしてストーカーの仕立て上げをやめたところで、私の生活はあまり変わってはいなかった。ストーカーの噂自体は消えたが、一度でもその噂が出たことで、関わらない方が得策だという認識になっているのだろう。仕立て上げの甲斐もあったものだ。
私が巻き込んだ人達のクラスを回り一人一人挨拶をして回った。誰も私に対して怒る人はいなかった。兄が何か言ったのかもしれない。だがそうだとしても兄は何も言わないだろう。そういう人だ。だから私も気にしないことにした。
「はぁー。もういやだこいつ」
昼休み。私は生徒指導室にいた。担任の一条先生が私の前に座っている。
先生はいつも通りため息を吐く。苦労をかけさせてるなと思うが、まあ私は仕事をしているので仕方ない。昨日は休みだったのだけど。
「本当、いつも苦労かけてごめんなさい」
「……」
一条先生は絶句していた。
「お前が、人に謝れるだけの常識を持ち合わせてるなんて俺は知らなかったぜ」
「先生、それは流石に怒りますよ」
何が起ころうと日々は過ぎていく。きっと私はどこかでまた耐えられなくなるだろう。でももう多分大丈夫だ。私は知っている。私を信じてくれるファンや、どこまでもお節介な兄の存在を。
「あ、お兄ちゃん」
兄と西園さんが住んでいるマンションの前で、兄を待ち受けていたら、凄い嫌そうな顔をしながら兄が帰って来ていた。隣には西園さんがいて、手を振ってきたので、私も振り返した。
「花音、お前なぁ。来るなら連絡しろよ」
「私には連絡来てたわよ?」
「西園さんに用アリってことか。ならいいんだが」
「いえ、有村君に用があると言っていたわ」
「だったら連絡しろよ!」
「私が言ったのよ。伝えなくていい、私の方から彼に言うわって」
「僕何も聞かされてないんだが?!」
「面白そうだから黙ってた。なんちゃって」
「なんちゃってって言えば何でも可愛く済むと思うなよ」
この二人の関係は謎だ。付き合っている様に見えるが、あの兄にこんな美人さんと付き合えるだけの度量は無いと私は思っている。しかし友人にしては親密な気もするのだ。一緒にご飯食べてるみたいだし。美人で性格のいい姉が出来るのは私としても流鏑馬ではないので、西園さんには悪いけど、この二人の関係を影ながら応援させてもらうつもりではある。
「花音。それを言うならやぶさかだ」
兄がいらないツッコミをしてきた。
「まあ何でもいいさ。そんなことより、お前これからどうするんだよ。アイドルが嫌になったとかなら母さんに僕からも言ってやろうか?」
「別に嫌になってはいないよ。今回のことは、まあそういう側面もあるにはあったのかもしれないけど、でも私は有栖川かのんだから。続けるよアイドル」
「いいと思うぜ。お前がやめたら西園さんが悲しむからな」
兄が他人を悲しませまいとする人だとは私は思っていなかったので、兄の言葉に面食らった。いや今まではそういう人がいなかったということなのだろうか。だとしたら兄は……。
「まさかそれが理由で私に手を貸してくれたの?」
兄は答えに困ったように考え込み、自分でもよく分かっていないのか、曖昧に頷いた。
「……かもしれないな」
「何それ」
いつもとは違う兄の態度に私は噴き出してしまった。
兄はそれを見て怒るが、すぐに西園さんに窘められ(蹴られ)ていた。これが私の日常なのかもしれない。少なくとも今は。
光と影。有栖川かのんと有村花音。どっちかしか選べないと思っていたのだけど、それは違った。私は有栖川かのんであり有村花音なのだ。
私は特別な人間なんかではなく、普通のただの女の子なのだ。
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