第23話「かのんシャドウ其ノ十」
この件について話す前に、まず一番大事な前提を覆させてもらおう。
有栖川かのんのストーカーはいない。
一ヶ月前から、一週間ごとに入れ替わり立ち替わりでストーカー行為を働く集団なんて最初から存在していないのだ。
だから僕らがいくら情報を集めようとしたって、何も出てこないのも当然だ。ストーカーなんていないのだから。
僕が出会った榊信人。出会いがしらに胸ぐらを掴んできた彼もストーカーではない。彼もまた僕と同じくかのんに助けを求められたのだ。
「一週間前だよ。かのんが俺のクラスにやってきたんだ。誰か友人に会いにきたのかと思ったら俺のところまで来てよ。夢かと思ったぜ。かのんとは学校では一切関わりがなかったからよ」
かのんは榊信人に言ったのだ。
「最近、ストーカーが現れてて……困ってるんです。助けてくれませんか?」
当然、榊信人は警察に行ったほうがいいと言ったそうだが、警察沙汰にはしたくないの一点張りだったらしい。ファンである榊信人が、信奉する有栖川かのんに頼まれては、断るなんて選択肢も出ず、ああして護衛をしていたそうだ。丁度ストーカーの噂もあったことだし。
そして一週間後、つまり今週に入った段階で、有栖川かのんから言われたらしい。
「もう護衛は大丈夫です。ストーカーの正体は分かりましたから」
そして護衛の契約を切った榊信人は、有栖川かのんからこの件に関しては他言無用、詮索もしないでほしいと言われたのだ。榊信人はそうしてストーカー事件が解決したと思い、安心した。
だがストーカーの噂自体は消えてはいなかった。むしろより強固なものになっていた。
榊信人は心配になり、有栖川かのんに詰め寄ったが
「ストーカーの件なら解決に向かってます」
と白々しく言われたそうだ。それを信じなかった彼は同じくファンの仲間。恭弥以外の3人に相談した。恭弥がいないのはこの日、弓道部に来ていたからだ。
相談をしたら榊信人は信じられないことを聞いた。全員が同じ体験をしていたというのだ。一週間おきに。一人ずつ。
唯一の運動部で割と活発な性格もしていた榊信人だったから仲間に話したのだろう。仲間達はかのんとの約束である他言無用を律儀過ぎる程に守っていた。
そして少しおかしな話だという結論に至り、今日有栖川かのんの護衛を再開したところ僕と遭遇したという顛末だ。
「あんたの状況はまとめるとこんな感じか?」
「ああ。俺はかのんのストーカー事件が収束してない可能性を考えた。学生の護衛を立てることで彼女に何かあるのかもしれないと思ってな。例えば、護衛である学生に危害を加えるぞという脅迫とかな」
なるほど。確かに自分から頼んだ護衛役が逆上したストーカーに攻撃されれば、普通の人間なら心を痛めるところだ。彼の予想もありがちな話である。
「じゃあ一週間ごとに護衛役を変える意図は?」
「それを聞いたやつは誰もいないから、本当のところは知らねえ。だがおそらく護衛が一人ではないというアピールを兼ねてたんじゃねえか?」
それなら一人ずつなんてケチなことしないで。一度に大量投入すればいいだろうに。
だが、榊信人が有栖川かのんを信頼しているのは分かった。光も影も信じてくれているからこそ、彼女は大ファンと呼べる人たちに助けを求めたのだ。
しかし、しかしだ。それは体良く彼らを利用しているだけに過ぎない。
榊信人と別れた僕はそのまま自宅マンションへ帰った。花音からはメールで家に到着したと連絡が来ていた。時間的に榊信人と遭遇した辺りの時間だった。
翌日、僕は西園さんと待ち合わせをして登校していた。今日は休日で、普段なら学校に行くこともないのだが、もう僕は弓道部の部員だ。部活がある。
「それで、ストーカーの件は分かったの?」
「分かった」
「へぇ、聞かせてもらってもいい?」
僕は西園さんに一つだけ聞いた。「有栖川かのんの影を知っているか」と。「知る覚悟があるのか」と。
「君のように親密な関係でもないから、彼女の裏の部分は知らないわ。それに知ったとしても彼女の光が消えるわけじゃない。影が濃いほど光も強まるものでしょう」
実に西園さんらしい強い答えだった。だから僕は彼女に憧れるのだ。
「ストーカーの正体は、いないだ」
「稲井田なんて人、賽ノ目高校にいたの?」
「そんな斬新なボケ、今はいらねえよ!」
結構シリアスな空気を作ろうとしてたのに台無しだわ!
「いねぇんだよ。ストーカーは初めから」
「分からないわ。初めからいないんだったらかのん大明神が見たのは何だったの?」
「それがストーカーだよ」
「?」
「有栖川かのんの護衛をするストーカー。つまり昨日の僕と同じだ」
ストーカーが誰なのかはどうでもいい。ストーカーがいる。ストーカーの影がある。それだけの話だ。
「有栖川かのんって奴はああ見えて根が暗いんだよ。僕の妹だし」
「そう言われると納得出来なくもないわね。でも何でかのん大明神は護衛役をわざわざストーカーに仕立て上げてたの?」
「それは昨日僕が言っただろ。ストーカーがいるという噂が立ってる奴に近づく奴はいない」
友人ならば、心配で助けようとするだろう。だが、花音に学校で特別親しい人間はいない。
「もしくは一部の知り合いには全部伝えてるのかもしれないけどな」
「じゃあ彼女は……」
「そう。自分に絡んでくるミーハー達を遠ざける為に架空のストーカーを作ったんだ」
これがこの件の答えだ。
賽ノ目高校で普通の高校生活を送りたい彼女にとって、ミーハーの存在はハッキリ言って邪魔だ。だがアイドルとしては無下にも出来ない。ファンかもしれない相手に酷い対応をするのはアイドルとして失格だ。だが、有村花音にとっては違う。どうでもいい相手に仕事でもないのに、好意的に接しなくてはいけないのだから。それは相当なストレスだ。
様は彼女はアイドルとして期待されることに少し疲れてしまったのだ。
そんな状況で彼女はストーカーのでっち上げに至った。
目論見は成功した。ミーハーは自分を避けるようになり、静かで普通な学生生活を送れるようになった。
「ストーカーのでっちあげも最初はやってなくて、有栖川かのんが、自分で吹聴してたらしいしな」
これは昨日本人に連絡して聞いた。
「だったらわざわざ君に依頼したりしたのは?」
「それも本人に聞いたんだけどよ、ストーカーの噂だけでは弱いと思って、実際の明確なストーカー像を立てたのが榊信人。で、グループの犯行ということにしてるのだから一人くらい警察に捕まった方がいいと思って選んだのが僕だと」
「つまり君は嵌められたって訳ね」
「ああ。どうやら実際に捕まって何かの間違いで実刑判決がされても心が傷まない奴を選んだら僕しかいなかったらしい」
最悪の理由だ。我が妹ながらに悪魔だと思う。
「それは納得できるわ」
もう一人悪魔がいた。
「で、それはまだ続けるの?」
西園さん的にはそれが一番大事なのだろう。僕は昨日かのんと話したことを思い出した。
「しないってよ。ずっとやる訳にもいかないだろうとはあいつも思ってたみたいだしな」
それに僕を警察に捕まえさせるなんて、捕まったところで実刑は下されるはずもなく、ただ校内に僕らの関係が公表されるだけのことをしようというのだから、続ける気もあまり無く、有村花音としての自分を隠す気ももう無いのだろう。
有栖川かのんも有村花音も彼女なのだ。
西園さんは安心したのかホッと息をついた。
「そ。それなら良かったわ。本当に」
僕も、本当にそう思う。こんなことはしたって何の意味もないのだから。
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