第20話「かのんシャドウ其ノ七」

 翌日、僕と西園さんと恭弥と穴見桜花の四人は放課後の弓道場に集まっていた。

 僕らの目的は一つだ。有栖川かのんのストーカーの捕縛。その為に人数を募り、それぞれ情報収集に勤しんだのだから。


「よしじゃあ始めるか。ストーカー捕縛作戦を……!」


 

 穴見桜花。一年二組。花音とは同じクラスという間柄だが、彼女とは関係が無い。猫耳帽子。右目にはハートマークの眼帯を付けたインパクトの強い見た目の彼女は、恭弥の知り合いだ。もっと言えば元カノだ。

 そう意外なことに、いや意外ではないが、奥田恭弥は、あのイケメンオタクには彼女がいたのだ。ちなみに恭弥も桜花も元サッカー部だ。若きエースとマネージャーという組み合わせだ。僕と桜花の関係性は何というか友人の友人の様もので、共通点と言えば、中学が同じだったというだけである。


「ストーカーを捕まえるっていうけど、目星はついてるの?」

「目星?」


 恭弥の元カノで、僕と多少の縁がある彼女にも、情報収集を手伝ってもらおうと僕は昼休みに隣のクラスへ向かい相談をしていたのだ。しかし目星とは。ストーカー捜索という事柄に関わっているせいか、何だか専門用語の様に聞こえてしまう。


「目星って言うか、何というか……賽ノ目高校の運動部の男子ってことくらいしか分かってないぞ」

「そうなの? 事態の中心にいるっぽいから何か知ってるのかと思ってたんだけど」

「別に僕は中心じゃねえぞ。中心にいるのは有栖川かのんだ」


 僕が中心に関る事態などそうそう起きてたまるか。


「それに僕が頼みたいのは噂話の真相を探ってほしいだけだ。別に犯人を突き止めろとまでは言わない。そういうのはプロの仕事だ。僕らの仕事じゃない」


 少し嘘を付いた。

 桜花は興味の無さそうに頷く。


「ほーん、それならまあ。きょーちゃんにも頼んでるんでしょ?」

「ああ」


 元カノつまり彼らは一度破局している訳だが、友人としての付き合いは続いているらしい。別れた経験も無ければ付き合った経験も無い僕には分からないが、普通破局したら多少なりとも気まずさというのがあるものではないだろうか。しかし恭弥と桜花の友人付き合いは続いている。


「話を聞くのは西園さんときょーちゃんだけに任せればいいんじゃないカナ?」

「は?」


 二人だけに任せるだって? それをしたらこいつに力を借りる意味が消えるのだが。


「それに何の意味があるんだよ」

「あたしや有村君じゃあ、情報を集めるのも苦労するでしょ。いちいち自己紹介も必要だしさ。その点、あの二人ならスムーズに進められると思いまして」

「ああなるほど」


 かたや元サッカー部の若きイケメンエース。かたや転校してきた美少女だ。有名も話題性も兼ね備えた二人ならば、僕や桜花が行くよりかは合理的だろう。


「確かに。じゃあ僕らは何だ。情報を集めてくる二人をコーヒー飲んで待ってればいいのか?」

「私、抹茶で!」

「買ってこねえよ?!」


 流れで人をパシらせようとする桜花。


「じゃあどうすんだよ。暇つぶしするんじゃないなら、僕らは何を調査するんだ?」

「有栖川さんがストーカーを目撃したとき、体格と制服で男子とまで割り当ててるんでしょ。でも何故か顔は分からない。そこに理由があると思わないカナ?」

「そういえば、そんな気もするな」


 気にならなかった。盲点と言えば、盲点だ。何故高校と性別とおおよその部活が判明しているのに、本人につながる情報が無いのか。顔だ。花音は犯人の顔の情報を一切僕には明かしていない。

 僕と桜花さんは学校の端っこの空き教室で隠れるように昼食をとる花音を探し出して聞いた。花音はランチジャーでラーメンを食べていた。ぐぅと腹が鳴る。

 花音の僕の質問に対する回答がこれだ。


「ああたしかに伝え忘れてたかも。えっとね、私が見つけたストーカーは顔に紙袋を付けてたんだよ。昔の漫画とかでよくあるでしょ?」


 意外な事実が隠されているかと思ったが、これでは情報は無いのと同じだ。紙袋を被った賽ノ目高校の運動部の男子。これが僕達の追う犯人像だ。


「難しいね。その紙袋をどこでどう調達したかっていうのが気になるけど、別に紙袋自体はそう重要なものでもないよねー」

「購買のやつだと思うぜ」


 確かウチの学校の購買は紙袋を採用していたはずだ。それの目の部分をくり抜けば紙袋の覆面が出来上がるだろう。簡単だった。そこにトリックも何も無かった。


「購買で入手した紙袋を学校で加工して帰り道に被ったってこと? 出来る? 仮にそれで正体を隠してストーキングしたとして、頭に紙袋被ってたら第三者から変な目で見られるでしょ」

「可能だろ。慎重な行動が必要になるけどさ。それに有栖川の家の辺りはウチの生徒はあんま居ないみたいだって本人も言ってたしな」

「有名人だもんね。住む場所も考えてるか。うーん、そっかー。だとすると紙袋からも犯人は特定できないね」

「今ある情報がどれも抽象的すぎるよな。噂だからそんなもんだろうけど」


 これは恭弥と西園さんの情報待ちだろう。


「そういえば弓道部復活したって本当?」


 桜花がそんなことを聞いてきた。


「ああ一応な。といってもまだ部員は二人しかいないから復活したとは言い難いがな」

「ふーん。部活として認められるには何人必要なんだっけ?」

「最低でも四人だな」

「じゃ後二人だ」


 そうだった。すっかり忘れていたがそっちの問題も残っていた。生徒会からの催促の様なものも無いので、思考から外れていたが、人数は足りていないのだった。

 あ、違う二人じゃない。三人だ。ナチュラルに恭弥の存在を忘れていた。恭弥がいるなら桜花も入って来るのではないだろうか。誘ってみるか。


「そうだ一ついいか桜花」

「部活に? いいぜよ!」


 回答が速かった。ずびしっと敬礼しながら言っていた。僕が言おうとしていたのを予想されていたのかもしれない。


「言い忘れてたけど、部活には恭弥も入ってるんだ」

「つまり修羅場という訳ですなァ」

「いやねえから」


 西園さんに負けず劣らず、桜花も美人の部類だ。だが人の元カノに、というか想い人がいることを知っていて、手を出す気は毛頭ないが。


「弓道って楽しそうだって思ってたんだよねー」

「だったらうってつけだな。きっと失望することになるぜ」

「本当に勧誘する気あるの?」

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