第19話「かのんシャドウ其ノ六」
「有村君。警察を呼びましょう」
有栖川かのんの正体を明かした時の西園さんの第一声がこれだった。基本的に僕は信頼されてないらしい。
有栖川かのんというのは有村花音の芸名だ。本来ならば彼女は芸能人などが通う学校に通うはずなのだが、何故か花音は普通の学校への入学を希望していた。僕と花音は兄妹だが、僕が4月生まれで花音が3月生まれということで同級生だ。もちろん学校もずっと同じなのだが、僕との家族関係を隠す為に、色々なコネやら何やら使って有栖川かのんで学校に通わせてもらっているのだ。アイドルの兄だなんて知られれば面倒が起こるのは明白だ。
「待て。僕は犯罪者ではない」
「そうなの?」
西園さんは首をかしげて疑問形をぶつけてくる。本格的に信頼されていないらしい。
「なあ花音からも説明してくれよ」
「……西園さん助けてください! 私はこの変態に拉致された挙句に妹を名乗らされてるんです!」
息をするように嘘をつく妹がそこにいた。
というかこういうタイミングであまり洒落にならないことを言わないでほしい。
「なるほど。分かった。かのん大明神の貞操は私が守るわ。という訳で今から私の妹にならない?」
「変態が増えたぞ」
「大丈夫よ。私は有村君の様に変態プレイはしないわ。ただ水着に猫耳と猫尻尾を付けてもらいたいだけだわ」
「はっきりとした欲望ある分、僕よりよっぽど変態じゃないか」
「その言い方だと、君が変態なのは認めているのね。なるほど。その自己評価は珍しく正確だと褒めてあげるわ」
「そんなことで褒められても嬉しくねえわ!」
この変態め。水着で猫耳猫尻尾を妹に付けさせようとするのだから確実に変態だ。これが変態でなければ、僕はそいつの価値観を疑う。
「失礼ね。私は変態じゃないわ。それに私の裸を見ながら長文の感想をつらつらと述べていた人に変態とは言われたくないわ」
「……それは確かに。僕だって言われたくないな」
「僕だってって、君のことよ」
分かっている。分かっているさ。
だがそれを認識するのは、僕の脳裏にあの衝撃的な映像が蘇ってしまうので、認識しないことにした。
「お兄ちゃんは西園さんの裸がフラッシュバックするから考えたくないだそうです」
「……!」
お前、なんてことを言ってくれるんだ。考えないようにしていたのに、お前が言う事で考えてしまったじゃないか。
「それに関しては私も悪いとは思ってるわ」
「悪い?」
西園さんに悪いことがあるだろうか。あれは事故であり、悪いのは僕だ。西園さんが罪悪感を感じる必要はない。だがそんな僕の胸中を無視して西園さんは頭を下げた。
「あまりに刺激的すぎるものを見せつけてごめんなさい」
「やめろぉ! そのラインで謝られると情けなくなるだろ!」
しかも見せつけてとか言っていた。
何だろう、裸を見られるという恥を掻いたのは彼女の側のはずなのに、段々と僕の方が恥を掻いている気分だ。彼女が余りにも堂々としているからだろうか。
裸を見た割に蹴られてない。つまりは彼女的に僕に裸を見せつけることは、そこまで嫌では無かったということだろうか。露出狂とかそういう意味でなく。彼女が女として僕に裸を見せてもいいと思っているということなのだろうか。
それならば、僕にだって考えはある。彼女が僕に裸を見せても問題ないと思うならば、僕は彼女の裸が見たいのだ。
だから、言った。
「また今度、見せつけてくれ」
「……」
「……」
西園さんと花音が無言になる。
そして二人してスマートフォンを操作しだした。
そしてほぼ同じタイミングでスマートフォンを耳に当てる。
そして――
「「もしもし、警察ですか」」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇい!!」
結局警察を呼ばれるのか。いやまあそれだけのことは言ったけど。
結果として、当然ではあるが、警察は呼ばれなかった。ここで呼ばれて僕が犯罪者となった暁にはこの物語は終わってしまうだろう。犯罪者が語り部をするのなんてミステリーとかサスペンスでもなければ認められないだろう。仮にも高校生の物語なのだから。
「まあとにかく有村君は変態の犯罪者ということで」
「その前提条件はやめろ。僕に変態のキャラを定着させるな」
ドSという新たなるキャラを定着させつつある西園さんだが、それに対応して僕が変態というのは何か普通に嫌だ。変態と言われて喜ぶ奴なんてそれこそいないだろうが。
「お兄ちゃんが変態というのは妹としてちょっと複雑なんですけどね。でもまあ西園さんにしでかしたことを考えれば流鏑馬でもないですかね」
やぶさかでもない、と言いたいのだろう。とんでもない間違え方をしている。
「まあ何でもいいさ」
そろそろ本題に入るべきだ。というか僕はずっと気になっていたのだ。この妹が有村花音が僕の部屋にやって来た理由を。
学校では他人のフリをし、ここまでの彼女からの容赦のない台詞からもある通り、僕と彼女の関係は割と冷えている。冷めきってはいない。冷えているのだ。冷めるというのが関係性が失われる意味ならば、僕と彼女の関係性は何も無い。ただ兄妹というだけだ。仲が悪いというのともちょっと違う。だから冷えている。
「そんなお前が何でウチに来たんだよ」
「……」
花音が伏し目がちに目を反らす。気まずいことなのか。聞きにくい、または言いにくいことなのだろうか。それに彼女の場合、何か困ったことがあればマネージャーや両親を頼るだろう。社会的地位もコネクションも人脈もある人達に。何故僕の様な社会的地位もコネクションも人脈もない3Nな僕の所へ来たのか。
「お兄ちゃんは知ってる? 最近、ストーカーが出たの」
有栖川かのんのストーカー。それは恭弥や西園さんも言っていた今学校で流れている噂話だ。噂話程度のものだろうと軽く見ていたが、どうやらそれは本当だったみたいだ。
「ストーカー。本当だったんだな」
「うん」
賽ノ目高校の運動部の男子。
3日前くらいの帰り道。下校途中。駅から下りてしばらく歩いたところ。人気の少ない閑静な住宅街。
彼女はいつも下校は一人だ。有栖川かのんの家がバレるというリスクもあって、彼女は人と一緒に帰らないと言っている。まあ大方友達がいないだけだろうが。彼女が住む辺りには賽ノ目高校の人間は住んでいない。狙っていた訳では無かろうが。我が父君が日本全国にいくつか持つ仕事場を花音も使っている、父君は静かな場所を狙ったのだろう。学生は五月蠅いから。
だからこそその日、後ろから付いてくる人間の気配を感じ、異様だと思ったようだ。自分が走ればその気配の主も走る。自分が曲がれば気配の主も曲がる。ここまで来て彼女はストーカーがいることを自覚したようだ。
そしてふと背後を振り返ってみるといたらしい。賽ノ目高校の運動部と思われるガタイのいい男子が。
「なるほど」
本人からストーカーの話を聞く事で、僕はこの件に関して何も分かっていなかったことを改めて認識した。自分の妹の話だというのに、全く知らなかった。当事者ではないが、関係者だというのに。しかし恭弥が知っていて西園さんが知っていて、僕が知らない。全員同じクラスなのにか? 何かここまでの話で見落としがあるのだろうか。いや僕が見落としていたのか?
「とにかくストーカーの件は分かった。で、僕に何しろって言うんだよ。お前は僕に何を求めているんだ?」
別に噂話をしに来たわけではないだろう。ここまで来た以上、僕に何かを求めているということだ。その何かは分からないけど。
「有村君にストーカーを捕まえてほしいってことでしょう」
「は?! 僕が?!」
何でだよ。僕がストーカーを捕まえるだって? 何でそんな話になっているんだ。僕はてっきりちょっとした悩み相談的なものかと思っていたのだが。
「そうなのか花音。お前は僕にストーカーを捕まえろって言ってるのか?」
「うん」
本気か。僕には実は格闘技の心得があるとか、実は推理力が高いだとかそんな二面性はない。僕は普通の人間でしかない。
そんな僕にストーカーを捕まえろとは我が妹ながら頭がおかしくなったのかと疑問を呈したい。だから僕は極めて簡単な解決法を彼女に呈した。
「警察に行けよ」
「それは最初に考えたよ。でも警察沙汰にしたくないんだ」
「警察沙汰にしたくないってとっくに警察沙汰だろ。ストーカーで実害出てんなら」
「問題はねえ、問題として取り上げなければ、問題にはならないんだよ。それと同じで警察に通報しなければ、警察に嗅ぎつけられなければ、警察沙汰にはならない」
「まるで犯罪者みたいな理屈だな」
こいつ何かヤバいものに手を染めているんじゃないのか。協力したくなくなってきた。
「まあそれはさておきだよ。私は話を大事にしたくない。アイドル有栖川かのんにストーカーが出たなんて知れ渡ればネットニュースで一面を飾りかねないでしょ」
「そうよね。学校内でも凄い広まっていたくらいだし」
話題になるのを避けたいということか。それに考えてもみればストーカーが出たなんて両親が知れば、学校を変えられる可能性だってあるだろう。賽ノ目高校に固執する訳は分からないが、ひょっとするとそれを考えての僕への依頼なのかもしれない。僕は主役ではない。脇役でしかないが、妹の緊急事態を放っておくほどに酷な人間ではない。
「訳があるんなら仕方ねえよな。まあ母さんとかには連絡しないよ。でもな流石に洒落にならない事態になりかけたらその時はすぐに通報するぞ。それでいいなら、とりあえず引き受けるよ」
「うん、それでいいよ」
仮にストーカーが何らかの組織的なものだった場合。僕の様な学生如きではどうしようも出来ないと判明したらすぐに警察に通報する。その条件で僕は有栖川かのんからの依頼を引き受けたのだった。僕はただの弓道部の部長でしかないのだけど。だが花音の兄ではあるのだ。
僕の部屋には空き部屋がいくつかある。その内の一つを花音に使わせることにした。ストーカーの話もあるのに暗い時間に一人で帰す訳にもいかないからだ。花音が寝ても、西園さんはまだ僕の部屋にいた。
僕はコーヒーを入れて、彼女の座るテーブルに置いた。
「ありがとう。いただきます」
ずずず、とコーヒーを啜る。コーヒーを飲む姿も絵になっていた。
「意外だったわ」
「意外?」
「有村君のことだから、警察への通報を強行するかと思ってた」
「ああそういう意味か」
まあそういう意味では意外ではあるだろう。僕が進んで人助けをする方向で動いているのだから。人助けというか妹だ。
「もしかしたらギリギリの所まで協力して最後に裏切る腹積もりかもしれねえぜ?」
「有村君の場合は裏切っても失敗しそうよね。キャラ的に」
「だろうな」
悲しくなるが、事実だ。
「で、何かプランはあるの? 黒幕さんは」
「いや全く無い」
「無いんだ……」
「とりあえずは情報収集しかないだろうな」
学生間で流れている噂ならば、学生に聞くのが一番だ。だから明日は噂を話している人に一人ずつ当たっていくしかないだろう。地道だし面倒だがそれが一番近道だ。
「私も協力するわ」
「いいのか? これは僕が頼まれたことであって、西園さんは別に」
「ファンとしては見過ごせないもの。それに危険な可能性もあるんでしょ。だったら猶更」
「そっか。助かるぜ」
西園さんがいれば百人力だろう。正直、僕が調査をしていくのは割と骨が折れる気がしていたのだ。学校の空気も良い所な僕がやるよりも、西園さんに調査してもらう方が効率も良さそうだ。
「まあとにかく明日から頼むぜ」
僕が差し出した手を西園さんは握った。
「ええよろしく黒幕さん」
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