第18話「かのんシャドウ其ノ五」

「まさか有村君とかのんちゃんが知り合いだとは思わなかったわ。ごめんなさいね有村君

。君の交友関係を少しばかりいえ物凄く馬鹿にしていて」

「謝る気があるなら、死体蹴りはやめろよ」


 僕の部屋に西園さん、そして有栖川かのんがいるという状況で、妙に気まずいような不思議な空気が流れていたとなんてことはなかった。


「西園さん西園さん。ここの答えを教えてくれませんか?」

「ここの答えは4よ。4になさい有村君の4よ」


僕を置いて二人で仲良くなっていた。ここは僕の部屋なのに。


「かのん様。喉は乾いてないですか? 私に言って下さればこの従僕に今すぐコンビニまでパシらせますので」

「ああいえ。今は大丈夫です。後でお願いします」

「僕って従僕だったのか?! 後でお願いするな!」


 しかもかのん様って言ってるぞ。ついちょっと前までかのんちゃん呼びだったのに。


「つうかお前ら二人とも何でウチの風呂使ってたんだよ。西園さんの部屋隣なんだからそっちで使えよ」

「水道代かかるじゃない」

「マジかよ。それ本気で言ってるのかよ」


 まさかの返答だった。というか水道代は水道を使わなくても支払うものではないだろうか。詳しいことは知らないけど。

 かのんが僕に向かって言った。


「西園さんに無茶な事言わないの。お客様なんだから!」

「今、無茶言われてるの僕だぜ?」


 最近、西園さんからの僕への扱いがどんどん酷くなっている気がした。仲良くなればなるほどに彼女の中の隠れた女王様気質が表れている様な。どこかでそれはそれでいいと思ってしまっている自分がいるのも確かだ。僕はMではない。


「私の裸を見た対価としてなら安い物じゃない? 私の従僕になるくらい」

「それは……まあ……そうかもしれんが」

「うわぁ……それで納得するとか、無いわぁ」


 うるさい! 僕がそれでいいのだからいい。それに彼女の裸は今後の人生の全てを彼女に捧げてもいいと思う程のものだった。僕如きの人生では全部使ってでも返せないくらいに彼女の裸は価値があった。


「いいんですかこの人。あなたの裸を未だに目に焼き付けてますよ」

「別にいいわ。彼の寂しい人生に少しでも彩りを与えられたのなら」

「人の人生を不当に評価するなよ」

「まあかのん大明神とお近づきという意味ではあなたの人生には一概に寂しいとは言えないわね」

「とうとう神様扱いかよ?!」

「何か照れますね……」


 頬を染めて嬉しそうに笑うかのんを見て、西園さんは鼻血を垂らしていた。


「アイドルという言葉は偶像って意味でもあるのよ? 偶像、つまり偶像崇拝という言葉を考えれば、推しを神様扱いするのはファンとして当然、いや必然のことだと思わない?」

「何だろう。それに似たことを前にも聞いた気がするな」


 恭弥だ。そうだあいつとそういう話をしていた。


「そもそも私は昨今のアイドルに対して恋愛感情を抱く輩が理解できないのよ」

「はぁ……でもアイドルて言ったって一人の人間だろ。だったら恋愛感情抱いても仕方ないんじゃねえか」


 僕にはどちらにせよ理解のできない世界だが。


「そうね。例えばただの共演者とかスタッフとかあなたとかファンですらない人間ならいいのかもしれないわね。でも仮にもファンを名乗る人間がアイドルに恋愛感情を抱くのはおかしいよ」

「まあたまにいるよな。アイドルが結婚すると脅迫状送ったりSNSでボロクソにこき下ろす奴は」


 僕なんかはそれを面白おかしく見ていた訳だが、そんなのは外野の人間だからだ。当事者からしたら笑い事ではない。


「それまで応援してたのに、少し理想と違う行動をしたからって手の平返しなんてそんなのその辺の野次馬と変わらない。到底許されるべき行動じゃない」


 西園さんの言葉はやけに実感めいたものがあった。そりゃそうだ。彼女はそういうのを経験してきているのだから。天宮館学園弓道部で起きた事件。彼女のトラウマ。自分と被る話題に西園さんも熱が入っていたのだろう。部屋の空気が少し重くなった。


「でもそこまで言われると私も頑張らなきゃなって思います。そうですね。確かにファンの方の期待や理想は大変に思う時もありますが、でもそれだけ応援されているということ、愛があってのことだと、私は理解してます。ありがとうございます、西園さん!」


 彼女が笑顔でそう言うと、重くなっていた空気が軽くなった様な気がした。国民的アイドル。有栖川かのん。彼女は本物だ。


「……か、かのん大明神が私にありがとうって言った。言ったわよ有村君……!」

「ああ言ったな」


 西園さんと名前まで言っていた。


「どうしましょう。私はこの尊い神への供物としてあなたの体の部位をいくつ差し出せばいいのか」


 このファン。とうとう臆面もなく神と呼んでやがる。しかも供物が僕だと? 従僕だからって肉体まで自由にされていいはずがない。そのはずだ。


「一個もダメだろ」

「ああそうね。あなたの穢れた肉体を渡して、かのん大明神を穢すわけにはいかないものね」

「そういう意味で言ってないわ!」


 そもそもかのんが僕の体を貰って何する前提なんだろうか。カニバリズムを行うアイドルなんて確かに新機軸だが、新しすぎて普通に引かれるわ。放送コードに引っ掛かるだろうし。法にも触れるだろう。


「私もあなたの肉体はいらない。仮に貰うようなことがあれば即座にクーリングオフするから。そのつもりで」

「勝手に捧げられるのは僕なのに、受け取り拒否されただと?!」


 何て身勝手な神様だ。供物を選り好みするとは。僕にとっての神ではないということか。

 

「そりゃファンの方とかなら優しくするけど、あなたと私の間で今更そんなの必要ないでしょ?」

「……まあそれは分かるけどよ」

「そういえば、二人はどういう関係なの?」


 ここまで意図的に聞かないようにしていたのであろうが、好奇心が勝ったのか西園さんは聞いてきた。僕達にとってとても答えにくいことを。

 かのんは無言で僕に目配せしてきた。意味は分かる。「言ってもいいのか。西園さんはそこまで信頼に当たる人なのか」だ。


「西園さんはそういう痛みを分かる人だし、秘密は厳守できるよ」


 むしろこの話をして僕が蹴り殺されないかが心配だ。僕の言葉にかのんは納得したのだろう。取り繕うのを辞めた。


「全く仕方がないな。でも西園さんいい人だし、基本人を見下すお兄ちゃんが認めてるくらいだしね」

「僕は全方位攻撃型の人間じゃねえよ」

「……え? お、お兄ちゃん?!」


 西園さんが信じられないものを見たような目で僕を見た。そうだよなとは思う。まさか僕と有栖川かのんが兄妹だなんて誰も信じられないだろう。


「遅くなったが紹介するぜ西園さん。こいつは有村花音。僕の妹だ」

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