第15話「かのんシャドウ其ノニ」
晴れて部員が二名となった我々弓道部だが、それでもまだ二名なのだ。心の折れそうな話やら、本気で弓を引いたことなど、色々とあった様な気もしたが、時間としてはそんなに経っている訳でもなく、そしてあれから一週間が経っても僕らはまだ二名のままだった。
「ポスター配っても全然人集まる気しないね」
「全くだ。まさか西園さんが配っても人が来ないとはな」
「ポスターは凄い勢いで減っていったよね」
「ああ」
ポスター配る程度でどうにかなるなんて考えていなかったにしろ、仮入部を仕様とする人間もいないというのには正直驚いた。弓道というより、西園さんの存在をアピールポイントに僕は勧誘活動を行っていたところもあったので。
「やっぱりバニーとかで配った方が良かったんじゃねえか?」
「その案をまた押し通そうとしたら私暴れるわよ。それに弓と兎って接点無いじゃない」
「ギリシャ神話の女神アルテミスは狩猟の神で、月の神だ」
「そんな限りなく薄い接点で押し通そうとしてたなんて……神様にも兎にも私にも人類にも失礼な話だと思わないの」
「人類まではいかないだろ。僕そんな罰当たりな思考してたか?」
「少なくとも場違いではあるわ。学校にバニー衣装なんてある訳無いじゃない」
「探せば意外とあるかもしれないだろ。何事もやってみなくては始まらないものだ」
「まさか君がそんな前向きなこと言うとは、そんなにバニー着たかったの?」
「何でそうなる?!」
普通に考えて、西園さんが着るのを見たいからに決まっている。流石に大声で高らかに言う訳にはいかないが、僕がバニーを着たいなんてそんな罰当たりなことは絶対に言えない。考えたくもない。
「でもまあバニー云々はともかく、このまま漫然とポスター配ってても始まらないのは事実よ。有村君の数少ない知り合いを頼ってみるのはどうかしら」
「僕の知り合いが数少ないなんていつ言った」
友人は少ないと言ったが、知り合いまで少ないとは言っていない。
「友人と知り合いを切り分けて考えるなんていかにもボッチらしい思考よね」
「お前が言うなぁ!」
この学校において知り合いどころか、友人もいなさそうに見える奴に言われるとは。確かに彼女は転校してからまだ一週間だが、それにしてもだ。教室での彼女は人と関わろうともせず、読書しているか寝ているかだ。もしくは教室から出てどこかに行っているか。授業態度はまじめで、成績も高く、更に美人なのでクラスメイトからの関心も寄せられてはいるのだが、この凛とした彼女の姿勢が近寄りがたさを作っているのかもしれない。独りでいるのが格好いいタイプ。孤独ではなく孤高。
「勘違いをしないでくれる? 私は独りではなく一人なのよ」
「そこにどう違いがあるんだ?」
「君の様に他人の存在を認識していないのよ。特に学校ではね」
「物凄い独裁者みたいな発言だぞそれ」
暴動でも起きたらどうする。
でもまあ人目を気にして、人からの評価を気にし過ぎて、疲れてしまっていた一週間前までの彼女と比べると、より気高くそして前向きになっているのはとてもいいことだと思った。
「それに私を見ている人なんて一人でいいから」
西園さんがポツリと呟いた一言は風に消えてしまいそうな程に儚かったが、僕には聞こえていた。そしてその言葉の意味を正しく理解しかけると同時に、本当に僕という男にそこまでの価値があるのか、という疑問が湧いて出た。
「……」
「何か言ったか? とか言ったらぶっ殺すわ」
「ほとんどのラノベ主人公を始末する気ですか?!」
「私はね有村君。人の心に土足で踏み入っておいて、人の心を蹂躙しておいて、ことが終われば他の女に移り変わるような男は嫌いなの」
西園さんが僕を睨み付ける。
「はぁ」
「例え君にとって価値があろうとなかろうと、私が認めているのだからもっとしゃっきりしろってことよ」
「僕の話だったのか?!」
第二章に移ったからって僕の心がまだ見ぬヒロインに移ってはいけないということだろう。しかし西園さん以上に魅力的な女性など、最早この世にはいないとすら僕は思っているのだが。彼女のそこら辺の自己認識はどうなっているのだろうか。自信満々な発言も多い彼女にも、もしかしたら自分なぞという思考があるのだろうか。
「話を戻すけど、君の知り合いに弓道に興味のありそうな人はいるの?」
「元弓道部がいるにはいるが、まあそいつには関わらないのが一番だ」
「君意外にもそういう人がいるのね」
凄い失礼なことを言われたが、黙っておくことにした。
「……他にはアニオタの元サッカー部と、くらいだな。部活に入ってないのは」
「奥田恭弥君だったわね。随分と仲が良さそうよね」
「やめてくれよ縁起でもない。僕はあいつのことは害虫よりも害があると思ってるんだぜ」
「でも元サッカー部なら人脈もあるんじゃない?」
「サッカー部だから友人が多いって訳じゃねえよ。友人が多い奴がサッカー部に多くいるってだけだ」
恭弥には恭弥で色々とあるのだ。あいつがサッカー部を辞めたのにも極めてシリアスな理由だ。別にオタクだからサッカー部を辞めた訳ではないのだ彼は。むしろ彼の場合、オタクだからこそサッカーをやっていた。
「まあ何でもいいさ。とにかくあいつには頼れないし、頼りたくない」
風紀委員の件だって、Blu-ray一本で何とか収めたのだ。まさか1万5千円もするとは。
「でも弓道部の復活を目指すのなら手段を選んでる場合じゃないと私は思うわよ」
「……それもそうなんだよな」
人脈を頼るというのは実に合理的な手段だ。恭弥は色々な意味で最終手段だ。だが最終手段だが、確実に入ってくれる訳ではないだろう。彼を勧誘する手間を考え、彼に賭けている今の状態が少し嫌になってきた。
「明日、あいつを勧誘してみるか……」
気乗りはしないが。強引に西園さんを部に引き入れた手前、今更手段を選んで入れないないのだ。
「俺が弓道部にだと?」
翌日、僕はすぐに恭弥に話をした。予想通り嫌そうな顔をされ、この無駄なイケメンフェイスにグーパンをぶち込んでやりたい気分だったが、堪えた。きっとやり返されて終わりだろうし。
「訳は話した通り。人数が足りてないんだよ」
「ふむ。後、何人必要なんだ?」
「二人だ。お前が入れば後は一人」
「なるほど。つまり西園は部活に入ったのだな」
「ああ」
そういえばこいつは西園さんが部活に入るかどうかをやけに気にしていた様な。この3次元嫌いのオタクが、西園さんを気にかけるなんておかしいと思う。
「そういうことならば、俺もその部活に入ろうじゃないか」
「……一つ聞いておくがお前……まさか西園さん狙いか?」
「貴様は俺を誰だと思っているんだ?」
「史上屈指の変態と認識しているが」
それ以外の何があるのだろうか。
「有村。俺はな実はオタクなんだ」
「そうか。それは知らなかった」
知りたくもない。
恭弥が語り始める。
「最近、見始めたアニメが弓道をモチーフにしていてだな」
「あー、何となく分かったからもういいぞ」
「主人公と生き別れの妹が出て来てな。これが何とも……」
「もういいぞ。本当にお願いだから黙ってくれ」
しかしまあこれは何とも。僕が予想していた以上にあっさりと三人目の部員が加入してきたのである。
「そして最後には宇宙に行ってだなぁ!」
「まだ喋ってるのか」
しかも宇宙? 弓と宇宙で何か関係が……ああそうか、ギリシャ神話か。
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