第13話「はるかアゲインPartX」

「ふむふむ、それで?」


 僕は弓道部顧問の姫川先生に生徒指導室に呼び出されていた。巫女服幼女のあの姫川先生だ。

 要件は弓道部の件である。

 僕はこれまでのあらましをつまびらかに姫川先生に話した。その返答が上の台詞である。


「それでも何もこれで終わりだけど」

「西園が仮入部から正式に入部しただけだろ。そんなラブストーリーじゃねえんだ。女一人男一人の物語をそんな長々と話す必要はねえってことだよ」


 ああなるほど。そういうことか。そっちは割とどうでもよかったので一切語ってはいなかったのだ。だが弓道部についての報告ならそっちも大事なことだ。


「僕を潰しにきた風紀委員は、奥田恭弥によって倒された。風紀委員が誰かは知らないけどさ。僕にも武力があるということを示せばとりあえず強引な策は取られにくいだろう」

「しっかりと暗躍してんじゃねえか」


 恭弥に協力を仰いだ僕は、昼休みにあえて堂々と、生徒会室の前に張り込んでいた。生徒会は武力の無い僕に対して武力を持って交渉してくると踏んでいたからだ。対話で済むのならばそもそも恭弥の協力なんて必要ない。

 そして生徒会室の前にいた僕に話しかけてきたのは、生徒会役員ではなく風紀委員の男子生徒だ。二年生柔道部のその男子が僕に手を上げようとした時、影で見ていた恭弥が乱入。まるでお姫様を助ける騎士が如く、優雅に華麗に二年生柔道部の男子を倒してしまったのだ。生徒会室の前でそんなアピールをしたのだ。まあ当分は大丈夫だろう。

 という話を我が幼女先生は煎餅ぼりぼり食いながら聞いていた。


「お姫さまって柄じゃあねえだろお前」

「それは言葉の綾だ。命が掛かっていたのだから仕方ないだろ」


 それに僕があのオタクのお姫様なんて、お互いに冗談でも言いたくはない。言ってしまったけど。


「まあ、それは分かった。とりあえず弓道部が武力制圧されることは現状無くなったってことだな」

「ああ。後は部員を集めるだけだ」


 今は二人しかいない。だが、三日という少ない期間で考えれば、十分な功績といえよう。だが心晴れやかな僕と違い、幼女先生はその愛らしいお顔を歪ませていた。


「先生は何か懸念でも?」

「西園のトラウマに関しては何にも解決してないだろ。お前が無理やりあいつを引き入れただけだ。前に進んでるように見えて、実は何も進んでないんじゃねえか?」

「進んでないってどういうことだ?」

「進んでないってことだよ。すごろくでいうならスタート地点から一度もサイコロを振ってないってことだ。西園の問題を何も解決できてない以上、あいつを部活に引き入れてもいずれ辞められるんじゃねえかって私は言ってるんだぜ」

「ああ、なるほど」


 先生の懸念は当然だ。だって僕は彼女の心を知っただけだ。知っただけでそこに関しては何もしていない。色々と彼女には言わせてもらったが、あれは全て僕の八つ当たりのようなものだったし。

 それに先生は一つ勘違いをしている。


「先生。悩める女子を救うのは主人公だぜ。僕みたいな脇役じゃ役不足ってもんだ」


 

「お説教は終わった?」


 生徒指導室を出た僕を待ち受けていたのは、西園さんだった。夕焼けが照らす中、彼女の金の髪が、窓の隙間から吹く風に揺れていた。


「説教はされてねえよ。ここを指定したのはあの幼女先生だ」

「幼女先生……? 姫川先生じゃなくて?」


 そうだった。何故か僕以外の人間にはあの幼女が普通の大人に見えているのだ。どういう絡繰りかしらないが、まあ僕がそれを知る必要は無いのだ。だって僕は脇役なのだから。


「幼女先生じゃなくて、姫川先生と話してたんだ」

「そういえば前もあの先生に対して幼女って言ってたよね。有村君の目ってどうなってるの?」

「その話はもういいだろ」

「いいや、良くない。この話は徹底的に突き詰めるべきだよ。私の部長が性犯罪者かもしれないんだから」


 彼女からしたら今の僕は大人の女性を幼女扱いしている男子ということになる。それはもう性犯罪者というより単純な視覚障碍者なのではという疑問は置いとくとして、このままでは僕に謂れのない別称を付けられかねない。


「僕はロリコンじゃない!」

「本当に?」


 ジト目で睨み付けてくる西園さん。本当にロリコンではないので、いたたまれない気持ちになることはないのだが、ほとんどの生徒が帰ってしまっている今のシチュエーションにおいて彼女に見つめられる(語弊)のは少し心臓に悪い。だから僕はつい目を逸らしてしまった。


「目を逸らした……?! ということは図星ということでいいのよね」

「違う! 本当に僕はロリコンじゃないんだ!!」

「ロリコンは皆そう言うのよ」


 ではどうすればロリコンではないと釈明できるのだろうか。僕はこのままではロリコンになってしまう。その称号を頂かないために僕が出来ることは一つだけだった。


「西園さん。この際だから言わせてもらうが、僕はロリコンではない。僕は巨乳派だ」


 冷静に考えて、何を言っているのかと自分でも思った。が、一度走り出したらもう止まれない。このまま最後まで突っ切っていくのみだ。


「えっと……何を言ってるのかな。赤裸々に君の性癖を暴露されても私としてはどうしようもないというか、むしろ女子である私になんてものを聞かせてくれるんだコラという感じなんだけど」

「ああ。僕がロリコンではないということを説明するには、僕がロリコンじゃないという根拠を提示するしかないだろ」

「そのせいでむしろ性犯罪者へとランクアップしたけどね」


 僕は気付かぬうちにとんでもないことを口走ったのかもしれなかった。

 まあ何でもいいさ。

 西園さんが僕に聞いてきた。


「姫川先生は何て言ってた?」

「ああ。まだ問題は解決してないって」

「そういえば、そうだね。私が君に話した、君が暴いた件に関しては何も解決してなかったっけ」


 と彼女は思い出したように言った。あれは確かに一つの決着であったが、いくつかしなくてはいけない内の一つでしかない。


「それは僕がどうこうできるもんでもないだろ」


 僕は脇役で、彼女の物語の脇役でしかないのだから。彼女個人の問題は彼女が片を付けるべきだ。僕はその手助けをするだけ。彼女が問題解決に踏み込める環境を整えることしか僕には、他人には出来ない。


「自分で解決しろって? 結構酷いこと言うね」

「僕は気に入ってるスポーツ選手には出来るだけ強敵とぶつかり合ってほしいと思うタイプだ」

「なるほどね」


 物語の主役という奴には壁と成長が付き物だ。生憎と僕の人生にはそのどちらも無い。僕にあるのは壁と諦めだけだ。だから僕はこの生き方を決めた。主役を立てる脇役になるのだと。


「頑張ってくれよ主人公。で、何か困ったなら僕を頼ってくれ」

「私はこれから頑張っていくよ。多分、また無様な姿を君に見せることにはなると思うけど」

「ああ、お前の無様なところも美しいところも全部見てやる」

「うん。君は私を見ていてね」

 

 こうして弓道部は再生を迎えた。

 眉目秀麗、天資栄明なる主人公こと西園遥。そんな彼女を支える脇役の僕こと有村匠。僕達の戦いはまだまだ始まったばかりなのである。

 そして、帰り道にて。


「もっともらしい終わりを迎えようとしているところ悪いけど、まだやること残ってるよね?」

「やることだって? 何が残ってるんだ?」

「いやさ前に言ってたじゃない。いつでも夕食を食べに来いって」

「あれは言葉の綾だって何度も……言ってないですはい」


 説明しようとした瞬間、放たれた彼女の蹴りは、僕にこそ当たらなかったが、僕の後ろにあった岩を破壊していた。岩を破壊する蹴りとは、僕はこんなものを受けてよく生きているものだ。


「恨むぞあの日の僕」


 まあでも彼女と共に食事が出来るというのは中々に得なものであって。僕としてはむしろ喜ばしいことだ。食費や手間は相当だが、リターンは大きい。


「まあ何でもいいけどさ。とりあえず帰りにスーパーに寄らせてくれ。西園さんの分を作るとしたら、今の冷蔵庫の中身ではどう考えても足り無さそうだから」

「了解。今日も期待してるね」


 どうやらここからまだ波乱が起きそうな予感がしていたが、それはそれ。別の物語だ。この部活の復活劇、新たなる誕生日としてはこれくらいで十分だろう。


一章「はるかアゲイン」(歓)

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