第5話「はるかアゲインPart2」
私はとある事情からこの蓮野市にある賽ノ目高校にやって来た。弓道部があることは、事前の情報で知っていたが、入る気などは無かった。だというのにこの高校の弓道部員の前で弓を引いてしまったのが、私の迷いを断ち切れていない証であり、私が自己嫌悪を覚えるところだ。
あれではまるでスカウトしてくれとでも言っている様ではないか。
前の学校では自分から辞めた弓道部。だが、それでも弓道への熱は失っていない。しかし自分から入る勇気は出せず、誘われたと言う大義名分を求めている。そんな自分の厚かましさと、不甲斐なさに私は自分に対して腹が立っていたのかもしれない。
有村匠。賽ノ目高校の現弓道部最後の一人にして、弓道部再建を目的としている男子生徒。
彼が私に接触してくるのは当然のことで、そして勧誘をしてくるかもしれないことは分かっていた。だから家でも悩んだが未だに答えは出ない。私は何をしたいのか。
偶然にも同じクラスになり、自己紹介を済ませた私の元に彼はすぐにやって来た。
「まさか同じクラスになるとはな」
「そうだね。驚いたわ」
「教室入ってきたときすげぇ顔してたぞ」
「君も私を見た時、すごい顔してたじゃない」
彼とは何かと縁があるのかもしれない。それを運命と言ってしまうのは何だか恥ずかしい。だというのに彼はあえてなのかわざとなのか鈍感なのか言ってきた。
「僕らは何か縁があるのかもしれないな」
「君って普通のノリで気恥ずかしいことをしれっと言うよね」
「?」
彼は全く無自覚なようだった。一人で気にしている私がバカみたいではないかと彼に対して少しむっとした。
「誰に対してもそういうこと言ってるわけ?」
「……? 僕がまともに関わりのある女子は西園さんだけだぜ」
彼の言葉を聞いて、私は何だか彼に対して申し訳なさを覚えた。しかしそれと同時に少しほんの少しだが面白くもあった。
「何かごめんね」
「謝るのはやめてくれ。悲しくなってくる」
「いやでも、私が失礼なことを言ったのは確かだし。私が悪いのは変わらないって言うか」
「ほ、本当に悪いと思ってるんですかね……」
血涙を流しながら彼は言った。
「うん、本当に悪いと思ってるんだよ」
「信じられねえ。でも信じなければ僕の心に重大なダメージが……!」
「何か大変そうだね」
彼は言った。関わりのある女子は私だけと。それはつまり、彼が度々言う口説き文句の様なものは全て私だけに向けられたものということか。考えると恥ずかしくなってくる……。考えるのはやめよう。石の気持ちになるのだ。
「で、私に何の用?」
聞かなくても分かってはいたが、聞かずにはいられなかった。というか彼の場合、こっちからちゃんと聞かないとどういう風に言われるか分からない。
「ああ。弓道部に入ってくれないか」
「言うと思った」
チクリと胸が痛かった。言わせておいて、言ってもらえて少し嬉しいくせに、何を偉そうなことを言ってるのだ私は。
「……昨日も言ったけどやだ」
「理由を聞いてもいいか?」
「ごめん。それも話したくない」
話せばきっと彼は私に失望するだろう。他人からすればその程度のことでという話なのだから。彼からあの言葉を言われた日には私はもう立ち直れないだろう。しかし申し訳なさも感じていた。彼の助けにはなりたい。だが、部活に入るのだけは嫌なのだ。
「無理に頼むのも悪いよな。すまん」
「こっちこそ誘ってくれたのにごめん」
自己嫌悪だ。誘われて確かに嬉しいはずなのに、こうして断ったことでほっとしている。私みたいなのが彼の助けになりたいなんて役不足もいいところだ。
「今後ともよろしく頼むぜ。クラスメイトとしてな」
「うん」
そう言って去って行く彼を見て、私は昔のこと、前の高校でのことを思い出していた。
小学校時代に祖父が弓道をやっていたのを見て、私も弓道を始めた。祖父曰く私には才能があるらしく、祖父からの教えもあって、めきめきと実力は伸びていった。
中学校でも弓道部へ入部。他の部員たちと切磋琢磨していきながら、私は更に実力を伸ばす。この辺りから、私と周囲での差が確かなものになっていき、私は一部から天才とか言われるようになった。
その後、部活動推薦で入学した天宮館学園の弓道部へ入部。
私は歓迎され、高校でも大好きな弓道を続けられるのだと感動していた。しかし、それも長くは続かなかった。
天才と呼ばれ、軽く高飛車になっていたのもあるのだろう。私は周りを見ずにひたすら自分のことだけに注力していた。当時の顧問もそれでいいと言っていて、そんな私に友人はいないのもあって誰も私を止めてはくれなかった。
そんなある日のことだ。部内での模擬試合で私は初めて負けた。その時、知ったのだ。私の部内での立ち位置を。私に勝利した子に先輩や同期のみんなは湧いた。顧問は失望した様な目で私を見ていた。
私は勘違いしていたのだ。私は弓道が好きなのは確かだが、それは私が勝つことで喜んでくれる人がいたからなのだと。
その日以来、私は弓道部を辞め、程なくして両親の仕事の都合でこの賽ノ目高校にやってきたのだった。
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