第3話 住居と襲撃
住居が完成した。MIPの住居は地下設備の工事の分だけ他の住宅よりも建造が長引いた。それでも陸軍工兵部の建築速度は尋常ではなく、すぐに完成した。
「それでは引渡しとなります。設計図は複写も含めて今ここで焼却致します」
一階部分は2LDKとなっている、標準的な住宅である。玄関から入ってすぐ左手に一部屋、右手に二階へと続く階段があり、さらに右にもう一部屋。左の部屋と右の部屋からは階段の後ろにあるDKに繋がっている。階段を上るとそこは大きめの一部屋となっており、南を向いた少し大きめの窓から優しい陽が差している。
この南側の窓というのは採光のために当然とも言えるが、向かいの建物にとって、この窓に面しているのは北側にあたる。その建物、意図的に北側の窓を設置しない構造にしても何ら不自然なことはない。さらにその建物は高層建築になっている。これらによって、南側からの射線を切ることが出来ているのだそうだ。その建物にこちらを向く窓はないし、屋上から見下ろしてもこちらの窓の奥は見えない。他にも様々な工夫が為されており、360°どの角度からも中〜近距離での狙撃は不可能となっているらしい。
工兵が私服SPに交代してしばらくすると、トラックがやってきた。業者や私服SP達の手で、ベッドやソファ、デスクなどが予め想定していた場所に次々と運び込まれていく。事前のシミュレーションはほぼ完璧で、求めていたとおりの配置となった。
地下のシェルターについては、一階からはどの部屋からも隠し扉や隠し階段から降りる事が出来る。二階からも、隠し扉の奥にらせん階段があって、シェルターに降りることが出来る。また、一階にも二階にも隠し部屋があり、身を潜めることが出来る。全ての隠し部屋には、自動小銃を始めとした様々な武器が隠されている。
住居が完成するまで王宮来賓室で過ごす日々の中で、SP達の警護の元で眠りに就くことは自然になっていた。私服SPたちに見守られながら初日の夜を迎えた。
そして深夜。
──パン!パン!ガシャーン!!
「何事!」
飛び起きた。私服SPが二人やって来て、言った。残りのSP達は、見当たらない。
「何者かはわかりませんが襲撃です、こちらへ」
「あれは銃声?」
「銃声ですから、とにかく地下シェルターへ」
私服SPに前後を守られながら、地下シェルターに押し込まれた。銃声はひっきりなしに鳴りっぱなし、壁にドスドスと穴が空いたような音がしたり、何かが割れたような音がしたりしている。
シェルターに着いたや否や、片方の私服SPが言った。
「では、私は行ってきます」
「行ってきますじゃないよ、銃撃戦だよ?」
「だから行かねばならないのです」
「この部屋には自動火器ないの?」
「ありません」
私服SPは上着を少し広げ、拳銃をチラッと見せた。その顔には恐怖と笑みが混じった複雑な表情が浮かんでいる。こういう時のために訓練を積んでいるのかもしれないが、そもそもSPは銃撃戦のプロではないはずだ。
残された最後の砦、最後の私服SPに尋ねる。
「軍は?軍の応援は?」
「応答がありません」
「他の軍施設への脱出経路は?」
「そちらも敵に押えられているようです」
「じゃあ襲ってきてるのは軍?」
「否定は出来ません」
──パパパパパン!
──ドーン!!
階上での銃撃戦は熾烈さを増しているようだ。どちらが使ったかわからないが、ついに自動火器や爆発物が使われ始めたらしい。
一体敵は何者なのか。どれほどの数がいるのか。そもそもこちらのSPも元々何人いて、いくらか応援が来たのだろうか。
パトカーの音が聞こえてきた。警察組織には特殊部隊が設置されている。こちらのSPと特殊部隊で挟み撃ちに出来るはずだ。そしてSPと警察は同じ管轄下、容易に無線でのやり取りが可能だ。私服SPが言った。
「催涙弾が発射されます。万一に備えてこれを」
ガスマスクを渡され、どうにか身につけた。SPは手馴れた手つきでガスマスクを装着した。
『これは息苦しいね』
『ガスにやられては困ります』
『君たちはいつもこういう事態を経験するの?慣れてるの?』
『まさか。特殊警護部史上、圧倒的最大規模です』『怖がらせること言わないでよ』
『大丈夫ですよ、問題ありません』
『何がどう大丈夫なの──』
拡声器から大きな声がした。
「終了!!終了──!!!!」
銃声がピタリと止んだ。私服SPがガスマスクを外すのに倣い、ガスマスクを外す。薄々勘づいたが、改めて私服SPに問いつめる。
「これはどういうこと?いや答えなくてもいい、これはやらせなんだね?」
「やらせではございません、訓練です」
「訓練なら地下シェルターに押し込んだところで終わっても良さそうなものだけど」
「MIP先生のためだけの訓練ではございません。我々SPにも訓練は必要です」
「警護対象を巻き込んででも?」
「MIP先生の訓練も必要ですので、同時にやるのが良いかと」
「銃声は全部空包なんだね?」
「そうです」
「ガシャーンとかドーンは?」
「スピーカーからの音です」
「周りの人達に迷惑だとは思わなかったの?」
「避難命令を出したので、今は無人です」
「……」
「いやあ、おつかれさまでした」
友達──元要人課長がニヤニヤしながら地下シェルターに入ってきた。
「いざという時にはMIP先生は最短で地下シェルターに入って頂かなくてはいけませんからね」
「これは君の企みか?」
「とんでもございません、規模の大小こそあれ、大概は暴漢程度ではありますが、VIPの方々にはこの手の訓練を受けていただいております。それはMIP先生も例外ではなく──」
「わかった、もういいよ、もう寝かせてくれないか」
「で、どうだった?MIP先生のご様子、どうだった?」
「それがほとんど怖がる素振りも見せず、せっかくの──」
後ろでなにやら話しているが、背を向けて歩き去る。もう一眠りだ。
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