第10話 転校生の性質
「美味しい?」
黙々とケーキを食べている秋穂に、絢が問いかける。
その目は少し不安そうで、恐らく食べても何も言わない秋穂がケーキの味を気に召していないと思ったのだろう。
だけど、俺にはなんとなくだがわかる。
「はい、美味しいです」
ひとりで暮らしていると、食事の時の会話がなくなり、こうなってしまうのだ。
秋穂は、再びケーキを口に運ぶ。
絢の眉毛は、まだ少しハの字になっている。
先程の返答が社交辞令である可能性が、絢の不安が取り除けていない要因だろう。
「絢、心配しなくてもいいんじゃないか。多分美味いものは黙って平らげるタイプなんだろうし」
秋穂がケーキを口に入れたままこくこくと頷いたのを見て、絢がほっとため息をつく。
「良かった。好みも聞かずに用意しちゃったから、不安だったんだよ」
こくん、とケーキを嚥下すると、秋穂は次のケーキを自分の皿に移した。
「そんなことないですよ。甘いもの、大好きです。ケーキ屋さん、どこにあるか教えて頂いてもいいですか?」
「もちろん! えっとね――」
絢はスマホを開いて、秋穂に店の位置などを教え始めた。
すると、遥輝が俺の隣に座り直した。
「よく分かったな」
「何が?」
「秋穂が、黙って食べるタイプだって」
「俺も基本的には同類だからだよ」
「そうだっけ? 俺とか絢とかと普通に喋りながら食べてたと思うけど」
「昼の弁当とかファミレスで駄弁ってる時だろ、それ」
「あー、そういえばそうかも」
「味わって食べたい時は黙るんだよ、俺。喋りながら食べると味が分からなくなるから」
「そういうタイプもいるんだな。今度から気をつけるわ」
「そうやって理解あるとこが遥輝のいいとこだよ」
昔は食事中に喋りかけてくる親にキレたこともあるが、今は一応場の空気に合わせて、味わって食べる場ではない時には会話ができるようになった。
秋穂はどうなんだろうか。
勝手に似たもの同士認定をしているが、実際違ったら恥ずかしいな。
「そういえば、ひとつ聞きたいことがあったんですけど」
「んー? なーに?」
「『空色キャンバス』のオープニング、どなたが作られたんですか? こないだ観た時、すごく素敵だなと思ったので」
おい秋穂、余計なことを聞くな。
俺は「言うな」という意を込めて軽く首を横に振る。
そんな俺に気づいたのか、絢は少し考えるフリをして、「ごめん、忘れちゃった」と手を合わせる。
一安心したのも束の間、西口先輩が俺のサインに気づかずに言ってしまう。
「おいおい、宮路も気に入ってたのに忘れたのか? 駒鳥じゃないか」
俺は、秋穂と目を合わせないようにキャシーの方を向いた。
横の方からめちゃくちゃ視線を感じるが、絶対にそっちを向かないようにする。
「そうなんですね。冬雪くん、すごいじゃないですかあ」
最後の「あ」に少しばかりの嫌味を感じる。
間違いなく、お怒りだ。
「あれくらい、別に」
「そんなことないですよ。もっと誇りましょうよ。黙るようなことでもないじゃないですか」
「自慢みたいになるの、嫌なんだよ」
「へえ」
皆にはわからないように、俺があの時黙っていたことを責め立ててくる。
キャシーに「助けてくれ」というメッセージを目線で送ってみたが、ケーキを美味しそうに食べるばかりだ。
「まあまあ、冬雪は照れ屋さんだから。ね、遥輝」
「そうそう。テストでいい点とっても俺らが聞くまで黙ってるし」
遥輝と絢が助け舟を出してくれた。
俺は、心から君たちを親友に持って良かったと思うぞ。
「ねー。あの点数で謙遜って嫌味かっての」
「な。なーにが『……95点だけど』だっての」
「ちょっとは喜べっての」
「秋穂も気をつけなよ。あいつ心の中でほくそ笑んでるから」
訂正。
てめえらなんか親友じゃねえ。
「おい」
「冗談、冗談。冬雪が他人を見下すような奴じゃないって、俺らはわかってるから」
「私もそう思います。でも、もっと自分のことを誇ってもいいとも思いますよ?」
「……まあ、善処はする」
「それ、やらないやつじゃないですか」
「でも実際、冬雪に『こういうことできる俺、すごいだろ?』ってキャラ、似合わないよね」
「わかる。ていうか、そもそもはしゃいでるのが想像つかない」
「確かに、そうですね」
その後も、秋穂たちは俺を話のダシにして盛り上がっていた。
自分がいじられている会話の中に入る方法がわからず、ただケーキを食べながら3人を眺めていることしかできなかった。
でも、その中でひとつだけ気づいたことがある。
秋穂がケーキを食べ進める手は、ピタリと止まっていた。
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