第8話 転校生との感想会

「そうそう、さっきの『空色キャンバス』のDVDって、冬雪くんも持ってたりする?」

「あるよ。また観る?」

「うん、お願い。感想会したいな」


家に帰って、自室の隅にある収納ケースから『空色キャンバス』を抜き取る。

100均でセット売りされている透明でチープなケースに、これまたセット売りされている簡素なDVDディスク。

値段にすればたかが知れているが、俺たち映研の汗の結晶はこの家にあるどんなものよりも価値がある。


「お待たせ」

「おかえりー。早く観よっ」


秋穂のテレビ台の中にある再生機器に、ディスクを入れる。

テレビに向かい合うように置かれたソファに秋穂から1人分スペースを開けて座ると、秋穂がそのスペースを詰めてきた。


「なんだよ」

「なんで離れて座るの」

「くっつかなくても良くないか、ホラーじゃあるまいし」

「恋愛映画もこうして観るものでしょ?」

「別に俺は秋穂の彼氏でもなんでもないけどな」

「まあまあ、屁理屈こねないで」

「正論以外の何物でもないが?」


俺の文句はどこ吹く風といった様子で、秋穂は映像に見入り始めた。

こっちばかりが意識するのもなんだか癪なので、俺も秋穂の存在を意識の外側に置くことにした。


「このオープニング、めちゃくちゃ好き。誰が作ったの?」

「……忘れた。誰だったっけ」


俺である。

映像編集の中でも、俺はサウンド面やオープニングの担当をしていたのだが、スタッフロールには「福永豊役」であること以外何も記されてはいない。

ここで名乗り出るとなんとなく自慢っぽくなるのが嫌なので、黙っておく。

何より、照れ臭い。


「そっか、ざーんねん」


秋穂は、口を尖らせて不満を表した。



本編に入っても、秋穂は「この表情がいい」とか「この声がいい」とか、幾度となく俺たちの作品に賞賛を送っていた。

何がそんなに秋穂の心の琴線を打ったのかはわからないが、俺も『空色キャンバス』は力作だと思っていたので、褒められるのは嬉しかった。


「うぅ、また泣きそう」

「はい、ティッシュ」

「ありがと……」


机の端に置いてある箱ティッシュを引き寄せて渡すと、秋穂はずびびと鼻を噛んだ。


「やっぱりこの作品、すごく好き」

「サンキュ」

「私が1番好きなシーン、わかる?」

「さあ。やっぱり、香澄と透が結ばれるシーンじゃないの?」

「ううん。豊が透にフラれるシーン」

「えっ」


フラれるシーンが良い、という感想は初めてもらった。

もちろん、「演技がよかった」などの感想はもらったことはあったが、映画の中で1番好きなシーンとしてピックアップしてくる人間は今までひとりもいなかった。


「理由は?」

「もちろん冬雪くんと絢さんの演技が良かったのもあるんだけどね。私、フラれる側に感情移入しちゃうところがあって。こうやってずっと片想いしてたのが実らないところを見ちゃうと、胸がぎゅぅってなっちゃうんだ」

「そうなのか」


世の中には「負けヒロイン好き」なる人種も存在するらしいし、秋穂もそういったタイプなのだろうか。


「豊、幸せになってほしいなあ」

「そうだな」

「なんか、他人事。冬雪くんが演じたのに」

「演者とキャラクターは別物だから。当て書きの脚本なら話は違うけど」

「ふーん、ドライなんだね」

「悪いか?」

「ううん、私にはそういうことできないから、すごいなって」

「そうか」

「今だって、豊と冬雪くんのこと、重ねて見てるし」


秋穂は、俺の左腕に自分の右腕を回してきた。

きゅっ、と組まれた腕の力が強くなり、女性特有の柔らかい感触が伝わってくる。


「ちょっと」

「豊のこと、私が幸せにできたらなあって思っちゃうんだ」

「俺は、駒鳥冬雪だっての」

「もう、そこは福永豊になって、何か言ってくれないと」

「アドリブと無茶ぶりが過ぎんだろ」

「『やってほしい』って言ったら、やってくれる?」

「やらない。『今後一切酒を飲みません』って言ったら、やってやるよ」

「それは無理だね。あはは」

「ダメだこりゃ……」


秋穂の自由さに振り回され、一気に体に疲労が溜まる。

でも、こういうのも、悪くはないなと思った。

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