第7話 転校生の誘惑
「冬雪くん、今日も一緒に帰りませんか」
部活終わりに、秋穂に声をかけられた。
遥輝と絢がニヤニヤしながら見てくるが、決して君たちのような関係ではないぞ。
「いいよ」
なるべくぶっきらぼうに返答して、駐輪場へ向かう。
完全下校時刻まで練習を続ける運動部以外は大半がもう帰っているのだろうか、駐輪場には自転車がもうまばらにしか置かれていない。
その中から、また2台が姿を消す。
「あの、今日もお蕎麦、一緒に食べませんか?」
「敬語」
「あっ、ごめんなさ……ごめんね。やっぱり、慣れないや」
「せめて2人きりの時くらいは、頼むわ。夕飯の件については、別にいいよ。またそっちの家?」
「お願い。それにまだ、映画の感想喋り足りないし」
「映画、好きなのか?」
「うん。不登校の間はネトフリ契約して見漁ってた。さっきみたいな恋愛ものよりは、刑事ドラマとかミステリーとかのが多めだけどね」
「ほお。ちなみに、今年の文化祭に出す映画はミステリー予定だぞ」
「やった。私、死に顔なら得意だよ」
「どういう得意分野だよ」
肌に触れても気分の悪くならない、ちょうどいい温度の空気が肌を撫でる。
今日は信号にも引っ掛からず、スムーズに家まで着けた。
「じゃ、待ってるね」
「おう」
昨日の残りを、今日はちゃんと包装ごと秋穂の家へと持っていく。
普段は風呂に入るまで着替えずダラダラしているが、今日は流石にラフな格好とはいえ着替えて行くことにした。
秋穂の家のインターホンを鳴らすと、鍵は開いているから入っていいとのことなので、自分で玄関を開けて入った。
一応、入った後に鍵は閉めておいた。
「はい、昨日の残り」
「ありがとう。今お湯沸かしてるからね」
「これ、3束あるけどどうする」
「全部食べちゃおうよ。私、お腹すいちゃった」
「了解」
「飲み物、また麦茶でいい?」
「ああ……って、なんだそれは」
「なにって、チューハイだけど」
「なんで飲もうとしてんだよ」
「だって私、飲める年齢だし。それに、昨日何も言われなかったし、冬雪くんの前でならいいかなって」
「……まあ、いいけどさ……俺の前だけにしとけよ」
「やだ、独占欲強い彼氏みたい」
「事情を知ってる俺以外が見たらとんでもない誤解されるだろ常識的に考えて!!」
「きゃー、こわーい」
秋穂は、俺のツッコミなど意に介さないようにケラケラと笑って、チューハイに一口つけた。
「ん、甘くて美味しい」
「……蕎麦には合わないんじゃないか、それ」
「私、ジュース飲みながら豚骨ラーメンとかいけるタイプなんだよね。ある意味バカ舌」
「マジかよ……」
缶にプリントされているグレープから、チューハイの味を想像する。
うん、やっぱり俺には蕎麦と一緒に飲むのは無理そうだ。
「あ、お湯沸いたみたい。蕎麦、湯がいておくね」
「冷やす段になったら言ってくれよ」
「昨日やってもらったのに」
「役割分担に日替わり制度はないんだよ」
「よくわかんないけど、冬雪くんがそれでいいなら」
3分ほどして、秋穂が一本ちゅるりと蕎麦を啜って、硬さを確認する。
「うん、大丈夫。お願い」
「はいよ」
昨日と同じ手順で、蕎麦を冷やす。
しっかりと水を切って、ざるにあけ、テーブルに持っていく。
知らないうちに、秋穂の前には2缶目が置かれていた。
「おい」
「んー?」
「飲み過ぎ」
「大丈夫だよ、これくらい」
「20歳になったばかりだろ」
「もう、心配性だなあ。じゃあ、これで最後にする」
「……わかったよ」
注ぎ直した麦茶と、2缶目のチューハイで乾杯をして、蕎麦をすする。
昨日より、わさびは少なめにした。
刺激は、目の前の女で十分足りている。
「昨日から思ってたんだけど、冬雪くんって箸の持ち方キレイだね」
「そう?」
「うん。ご両親がきっちりしてる方なのが伝わる」
「まあ、『人様の前で恥をかくようなことはするな』って言われてきたからな」
「私も。けど、恥の多い生涯を送ってきました」
「『人間失格』か」
「正解。私にピッタリでしょ」
「どこがだよ」
「高校時点で1浪して2留してる人間なんて、そんなものだよ。家族にも見放されたんだから」
秋穂は、遠い目をしながら酒を呷った。
その目には、家族への未練が感じられた。
やっぱり、本音では寂しいんだと思う。
「……秋穂はさ、夢とか、やりたいこととか、ないのか」
「うーん……特にないかな……あ、そうだ。冬雪くんのお嫁さんとか」
「はあ!?」
危ない。
蕎麦か麦茶が口の中にあったら、盛大にむせ返っていた。
「ふふっ、ドキッとした?」
「思ってもないこと、言うんじゃねえよ」
「別に冬雪くんにだったら襲われてもいいよ?」
「馬鹿野郎」
俺の体の火照りは、冷たい蕎麦をいくらすすっても収まりそうにない。
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