第5話 転校生との約定

「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」


蕎麦を平らげ、食器を洗いにシンクへ向かう。

秋穂が手伝おうとしたが、蕎麦を冷やす時と同じ理由で断った。


「ありがとうございます」

「飯作ってくれたお礼だから、いいよ」

「いえ、そうやって気遣いしてくださったのに、お礼も言わないのはあり得ません」

「じゃあ、お互い様で」

「そうしましょう。それで、ひとつお願いがあるんですけど」

「なんだ」

「私が成人していること、黙っててもらえませんか?」

「……一応、理由を聞かせてほしい」

「またいじめられるかもしれないので。人気のある男子とかも教えていただけると、面倒なことにならずに済みます」

「つまり、俺は秋穂の共犯者になって、諜報活動をしろってことか」

「まあ、そんなところです」

「じゃあ、条件がある」

「条件、ですか」


秋穂が、少し身を固くした。

仕方ない。この場で男が女に要求するものの相場は、決まっている。

だが、あいにく俺にはそんなものを要求する勇気はない。

ただ、ひとつだけやめてほしいことがあるだけだ。


「敬語、やめろ。むず痒いし、気持ち悪い」

「……わかりまし……こほん。わかった。頑張ってみる」

「ん。できれば、遥輝と絢にもやめてやってくれ」

「それはどうでしょ……どうかな。まだ、信頼できる相手じゃないから」

「俺は、信頼できる相手だと?」

「秘密を守ってもらうんだから、信頼しないといけないのは当たり前でしょ?」

「俺が秘密をバラすかもしれないだろ」

「冬雪くんは、そんな悪い人じゃないよ」

「なんでわかるんだよ」

「なんとなく」


ふわっとした理由だったが、秋穂の目は確信に満ちていた。

会って間もない俺を信頼できる理由はよくわからないが、信頼してもらえるのであれば、俺は秘密を守ることにしよう。

第一、喋ったところで俺も面倒ごとに巻き込まれるだけだ。


「……まあ、なんでもいいや。じゃ、よろしく」

「うん、よろしくね。冬雪くん」


こうして、俺は秋穂の共犯者となった。



翌日、いつもの時間に家を出ると、家の外で秋穂が自転車に跨って俺を待っていた。


「遅いよ」

「別に待たなくてもいいだろ」

「一緒に登校したいの」


ふわりと笑う秋穂に、俺は何も言い返せなかった。

遅刻にギリギリならないくらいのスピードで、俺たちは自転車を漕いだ。

その間に、色々と秋穂に情報を仕込んだ。

敵に回すと面倒くさい相手や、既に彼女がいる男など、秋穂が近寄るべきではない人間の情報。

秋穂は、黙って頷いていた。


「はよっす」

「お、冬雪……に、秋穂。おはよう」

「おはよ! もう一緒に登校?」

「俺たちチャリ通だから、途中で一緒になったんだよ」

「ええ」

「ふーん、そっか。ねえねえ秋穂、今日の放課後、映研来ない? 部長に絶対開けてもらうよう言っといたから!」

「はい、是非お願いします」

「よろしくね! あと敬語じゃなくていいからね!」

「俺からも頼むよ」

「頑張ってみますね」

「ま、そのうちなんとかなるだろ。な」

「うん、そうだね」

「「んんん??」」


秋穂の俺への返答に、遥輝と絢がずずいと身を乗り出した。

こういう所でシンクロすんなよな、お前ら。

これで付き合ってないってんだから、全く。


「ちょっと、なんでもう冬雪にはタメ口なわけ?」

「えっと……その、帰り道が同じなので、ちょっと寄り道したりした時に」

「絢たちにタメ口きく練習、俺でどうかって言ったんだよ」

「なにそれ、ずるい!」


絢が、両手を握りこぶしにしてぶんぶんと振っている。

さながら、幼児向けのおもちゃのようだ。


「つっても、まだまだだけどな」

「そうですね……あ、そうだね」

「な?」

「むー……じゃあ、私たちにもちゃんとタメ口使って!」

「が、頑張ります……」

「えーん、遥輝ー、秋穂がタメ口きいてくれなーい」

「待つしかないんじゃねえの? こいつにかまわず、ゆっくりでいいからな」

「すみません」


絢に申し訳なさそうにする秋穂だったが、絢はどことなく満足気だ。

その理由は、おそらく遥輝に触れているからだろう。


「謝ることないって。絢はこういうのダシにして――」

「あ゛ん゛?」

「すみません、なんでもございやせん」

「うむ」


そういえば、さっき秋穂に言い忘れていた。

1番敵に回してはいけない相手は、何を隠そう目の前にいる宮路絢であることを。

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