第4話 転校生との食卓
「上がっていってください」
酒の入ったビニール袋を提げた秋穂に、家へと招かれた。
引っ越しの段ボールは既にきっちりと纏められており、これさえなければ引っ越し直後とは分からないくらいには整理整頓が済んでいる。
「そうだ、冬雪くんにご挨拶としてお渡ししておいてなんですが、お夕飯はお蕎麦にしましょう。持ってきていただけますか?」
「……おう」
一旦家に帰り、結束を解く寸前の蕎麦を2束、手掴みで持って行く。
「ありがとうございます。今、お湯を沸かしますね」
秋穂は鍋に水を張って、コンロに火をつけた。
「……で、どういうことだよ」
「私、今日で20歳なんです」
「それはさっき聞いた。なんで高校2年生やってるんだよ」
「ああ、そっちでしたか。実は、私高校浪人してまして。ついでに2回留年しました」
「……は? え?」
理解が追いつかない。
大学生ならともかく――いや、大学生でも稀だろうが、高校で1浪2留なんてことがあるのか?
「その、理由を聞いても?」
「いいですよ。浪人はシンプルに落ちただけです。滑り止めも受けてなかったですし。留年の方は……まあ、いじめってやつですね」
「いじ、め?」
「ええ。高1の夏くらいに、同級生に浪人がバレまして。最初はいじられる程度だったんですけど、1つ上の先輩……まあ、年齢は同じなんですけどね、その人が同級生繋がりで私の噂を聞きつけて、なにかと絡んでくるようになりまして。その先輩を好きだった別クラスの女の子から、いじめを。1年半、不登校になりました」
「……そうか。ごめん、辛いこと思い出させちゃって」
「いえ、不登校の間に車の免許取ったり割と遊び呆けたりしてましたから。両親は私に興味ないみたいですし、お金だけは出してくれたのでちょうどよかったです。実は、私の両親も冬雪くんと同じでずっと海外にいるんですよ」
「……じゃあ、秋穂もひとり暮らしなのか」
「ええ。もう6年目か7年目ですね」
ひとりぼっちの生活を、6年から7年続ける。
そんなことは、今の自分には想像できない。
去年1年ですら、遥輝と絢がいなければ耐えられなかった。
何度、自分の浅ましい選択を後悔したかわからなかった。
「……すごいな」
「それほどでも。冬雪くんだって、ひとり暮らししてるじゃありませんか」
「俺、まだ1年とちょっとしかしてないんだよ」
「それでもすごいです。私も最初の1年は辛かったですから。じきに馴れますよ」
「そういう、もんなのか」
「ええ。そろそろ蕎麦も茹で上がりましたけど、冬雪くんもざる蕎麦で良かったですよね?」
「ああ」
「良かった。そばつゆ買って帰ってるのに、温かい蕎麦がいいって言われたらどうしようかと」
ざぁ、とシンクから蕎麦をあける音がした。
秋穂は冷蔵庫から氷を取り出して、冷水と一緒に蕎麦を冷やそうとする」
「俺がやるよ」
「いえ、大丈夫です」
「手が荒れるだろ」
「お互い様ですよ」
「俺は男だからいいの」
強引に秋穂をシンク前からどかして、蕎麦を氷水で冷やす。
もう、という声が横から聞こえたが、聞こえないふりをした。
「じゃあ、そばつゆと飲み物の準備をしておきますね。わさびは要りますか?」
「あると嬉しい」
「私と同じですね。飲み物はビールとチューハイ、どちらに――」
「馬鹿じゃねえの!?」
「冗談ですよ、冗談。麦茶でいいですか?」
「それで頼む。ったく、変な冗談はやめてくれよ」
「ふふっ、さっきのコンビニの時といい、冬雪くんの反応が面白いので、つい」
「そりゃどうも」
そばの水を切って、ざるに移す。
少し大きめの皿の上にざるを置いて、テーブルに運ぶ。
既に、わさびチューブに2人分のそばつゆ、ビールの缶、そして麦茶のグラスが置かれていた。
「ありがとうございます。じゃ、乾杯しましょう」
「……乾杯」
「はい、乾杯」
そばつゆに、少しわさびを入れて、溶かす。
蕎麦をそれにつけて啜ると、鼻の中をすっとわさびの香りと蕎麦の香りが通っていった。
「……美味いな、この蕎麦」
「よかったです。選んだ甲斐がありました」
こきゅ、こきゅ、と、秋穂はビールを呷った。
そして、顔をしかめた。
「にがいですね、これ」
「そりゃそうだろ。ビールなんだから」
「冬雪くんも飲みます?」
「馬鹿言え。俺はまだ16歳だっつの」
「あはは、そうでした」
秋穂は、再びビールを呷った。
その姿が妙に色っぽくて、酒を飲んでもいないのに、頬が熱くなる感覚に襲われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます