第3話 転校生の秘密の買い物

家に入ってしばらくすると、インターホンが鳴らされた。

玄関を開けると、着替えた秋穂が立っていた。

白Tにジーパンという格好だが、制服によって抑えられていた大人っぽさを一気に解放させている。

本気で同級生か疑わしい。


「これ、お蕎麦です」

「どうも」

「……あの、お邪魔してもいいですか? まだ、両親が帰ってきていないので」

「……まあ、いいけど。散らかってるぞ」

「ありがとうございます」


ごちゃっとした片付いていないリビングに、秋穂を通す。

秋穂は、きょろきょろと周りを見渡していた。

生ゴミが放置されているとかではないのだが、段ボールだったり漫画やゲームが出しっぱなしになっているのを見られるのはあまり具合がよくない。


「本当に散らかってるやつだから、あんまりじろじろ見られると恥ずかしい」

「すみません」


冷蔵庫からペットボトルの麦茶を出して、コップふたつにそれぞれ注ぐ。


「はい、麦茶」

「ありがとうございます」


こくり、こくりと、麦茶が秋穂の喉を通るたびに音が鳴った。

16歳には出せない色気を含んだ音だった。


「……あの、失礼ですが、冬雪くんのご両親もお仕事ですか?」

「いま、海外」

「えっ」

「ここは、ひとりで住んでる。親がいたらこんなに散らかんないよ」

「その、すみません……」

「こっちこそごめん。いきなり変な話で」

「あ、あの、実は……いえ、なんでもありません。お茶、ごちそうさまでした」

「おう」


秋穂は一気にお茶を飲み干すと、そそくさと帰って行った。

まあ、転校初日に知り合った男が実はお隣さんで、それもひとり暮らし中となれば、情報量の多さに頭もパンクするだろう。

とりあえず、今日の晩飯は蕎麦でいいか。



……その前に、段ボール、片付けよう。







段ボールを細かく切り、紐で縛るという地味な重労働を終えると、既に夕食の時間になっていた。

お湯を沸かして、秋穂に貰った蕎麦を投入しようとした時、あることに気づいた。


「……つゆ、なくね?」


俺は常々「蕎麦は冷たいざる蕎麦に限る」と言ってきたのだが、そのざる蕎麦はそばつゆがなければ話にならない。

冷蔵庫をくまなく探すが、どうやら切らしているようだ。

仕方ない、腹も減ったし、多少割高になるがコンビニで調達しよう。





「そばつゆ、そばつゆ……お、あった」


家から歩いて3分の所に、コンビニはある。

最近のコンビニは、なんでもあるなあ。

こういう時、ついついつゆ以外に何かを買っちゃいたくなる。

明太子おにぎりとか、そばにちょうどよさそうだな。


「んー……どれがいいかな……」


隣から、女の人の声がした。

声のした方に顔を向けると、野球帽に、白Tシャツ、そしてジーパン。

あれ、野球帽以外はさっき見た気がするぞ。

すっ、と身をかがめて覗き込んでみる。


「……秋穂?」

「ふぇ?」

「やっぱり」

「ふ、ふふ、冬雪くん!? なんでコンビニに!?」

「いや、そばつゆ切らしちゃってて。そっちこそ、なんで?」

「あ、や、あはは、ちょっとね」


秋穂は、慌てて後ろ手に買い物カゴを隠した。

缶と缶がぶつかるような音が、秋穂の後ろから聞こえた。


「……そのカゴの中、何入ってるの」

「な、なにも入ってないですよ?」

「嘘つけ。見してみ」

「いやあ、そんな」


……まさか、な。

まさかとは思うが……ちょっとカマかけてみるか。


「あ、警察」

「うぇっ!?」


彼女が怯んだ隙に、買い物カゴを奪い取った。

そこに入っていたのは、ビールに、チューハイ。

つまり、酒。


「……これ、なんだ」

「お、お酒……です」

「だよな。棚に戻してこい」

「えっと、その……ごめんなさい、後で話すから、とりあえず、それ返してもらっていいですか」

「……ほい」


カゴごと酒を返すと、秋穂は一直線にレジに向かった。


「おい、ちょっと!」


店員さんが、年齢確認ボタンのタッチを求める。


「あの、店員さん、この人の年齢ちゃんと調べたほうが」

「どうぞ。これ、免許証です」

「そうそう、免許証でちゃんと……免許証!?」

「はい、確認しました。お誕生日おめでとうございます。今日20歳になられたんですね」

「ありがとうございます」

「20歳!? 誕生日!?」

「冬雪くん、後で話しますから。あ、そのそばつゆも一緒に会計しちゃいましょう。奢ります」


俺の頭は、パニックになった。

一体、何が起こっているんだ。

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