第2話 隣の家の転校生

集中できないまま、昼休憩を迎える。

いつものように、遥輝と絢が机を半回転させて、俺と向い合せになるようにくっつけた。


「秋穂も一緒にどう?」

「いいんですか?」

「もち!」


絢の誘いによって、秋穂も加えた4人での昼食となった。


「はい、遥輝のぶん」

「サンキュ」


絢が、ふたつ弁当箱を取り出して、ひとつを遥輝に渡した。


「えっと……」

「これもいつもの。遥輝と絢、家が隣同士なんだよ」

「その、絢さんは毎日、遥輝くんの弁当を?」

「うん、中学2年からかな。別にひとりぶんもふたりぶんも変わらないし、そんなに手間でもないよ」

「代わりに晩御飯は俺が作ってる」

「晩御飯まで!? えっと、おふたりは……その……」

「秋穂、言いたいことはわかる。でも、付き合ってないの、こいつらは」

「えっ……!?」

「そうそう。ただの幼馴染だよ、俺と絢は」


遥輝の言葉に、絢がムスッとした。

その様子を見た秋穂は、何かを察した表情になる。


「ま、そういうことだよ。面白いだろ」

「ええ、面白そうです」

「え、どういうこと?」

「うっさい、遥輝のバカ」

「なんで俺!?」


くすくす、と秋穂が笑った。

つられて、俺も笑った。





午後の授業を終えて、放課後。

チャイムが鳴るやいなや、絢がぐるりと秋穂の方へ向き直った。


「ねえねえ、秋穂も来ない? 映研」

「映研、ですか」

「うん。運動部と違って、文化部なら途中入部もしやすいだろうし。私たち3人、みんな映研なんだ」

「そうなんですね。一度、見学させていただきます」

「やった。遥輝、冬雪、行こっ」

「絢、今日は部室開いてないぞ」

「え、そうだっけ?」

「グループLINE見てないのかよ」

「……あっ、ほんとだ」


絢は、がっくりと肩を落とした。

別に文化祭までまだまだあるし、現状部室が開いていたとしてもただのダベるだけのスペースになるのだが。


「ま、明日でいいだろ。帰ろう」

「うん。ふたりとも、またね」

「はい、また明日」

「またな」


遥輝と絢を見送り、俺も帰宅の準備を始める。


「そういえば、秋穂って電車? チャリ?」

「自転車です。駅とは逆方向に家があるので」

「俺もそうなんだよ。よかったら、途中までだけど一緒にどう?」

「はい、是非」


ぱあっ、と秋穂の顔が明るくなった。

秋穂の隣を歩きながら下駄箱に向かうと、何人かが秋穂に声をかけてきた。

やっぱり、美人だし、お近づきになりたい男も沢山いるのだろう。

そんな彼女と一緒に下校できることに、少しばかりの優越感を覚えた。


「じゃ、行こう」

「はい」


本来は自転車は路側帯を走らねばならないのだが、大阪の道路は自転車に不親切なもので、路側帯などというものは人ひとりぶんの幅しかない。

代わりに、だだっ広い歩道を自転車が行き来する。

そもそも、歩行者用信号に「自転車兼用」と書かれている時点で、歩道しか走らせる気がないと思う。

まあ、この広い歩道のおかげで、秋穂と横並びで走れていることには感謝をしよう。


「あ、俺ここ左だわ」

「私もです」


けっこう、帰り道同じなんだな。


「ここ右なんだけど」

「私もです」


なんだ、ここから坂道を下るのも同じか。


「ここ、左なんだけど……」

「私も、です」


……あれ?

なんか、おかしくない?


「あのさ、秋穂」

「なんでしょう、冬雪くん」

「俺に合わせて、止まらなくてもいいんだけど」

「冬雪くんこそ、私に合わせる必要、ないですよ」

「いや、俺はここで止まる必要があるんだよ」

「奇遇ですね、私もです」

「……まさか、とは思うけどさ」

「はい」

「そこ、秋穂の家?」

「そうです」


俺の隣の家の表札には、しっかりと「東」と書かれていた。

そういえば、昨日引越し業者が来ていたきもする。

引っ越しの挨拶とか隣人付き合いが面倒だったので、インターホンが押されても居留守を使って無視したのだった。


「珍しい苗字だから、なんとなくそう思っていたんですけど、やっぱりお隣さんだったんですね」

「……マジかよ……」

「昨日はお留守だったようなので、引っ越しの挨拶ができずにすみません。また後で伺いますね」

「……おう」


秋穂は、自転車をガレージの中に入れて、そのまま家に入っていった。

ガレージにはミニバンが駐められている。

兄弟がいるのだろうか。

少しの羨ましさを感じつつ、俺は家の鍵を開けて、誰も待ち人のいない家に入った。

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