第7話 守りたいものー2

 史叶に加勢しようとした小町に、紅花は発砲した。葵は宣言通り、史叶を抑えに行ってくれた。瞬間移動の詳しい条件などは分からないが、鈴ごと移動されることは、一番避けなければならない。


 小町に向けた弾は、顔の横を通過した。小町は避けたが、流れた毛先が弾を受けて少し切れた。


「何をするんですの! 小町の大事な髪に」

「あなたの相手は私。他の二人の邪魔はさせないわ」

「こっちの台詞ですわ。やっと、あんたを壊せるのですから」

 小町が矢を三本まとめて、こちらに射る。まっすぐ飛んできた一本を避け、地面に刺さった。あとの二本が紅花を両側から挟み撃ちで狙っている。今撃っても、きっと矢は軌道を変えてくる。ならば、ギリギリまで引き付ける。


「はっ」

 当たる直前で、後ろに飛ぶ。紅花が立っていた場所で交差する矢を、実弾で撃ち砕く。矢を対処し終えたところで、麻酔弾を小町に向けて撃つ。しかし、弓本体で弾かれた。


「なんで」

 小町の弓を持つ手が、ギリっと音がしそうなほど強く握りしめられている。


「なんで、長はあんたがいいって言うんですの!」

「私に聞かないで」

「小町から、長を取らないで!」


 癇癪を起こした子どものように、戦略なんて無視して、矢も小型のナイフも手あたり次第に弓で射ってくる。避けて、撃って、弾いて。紅花はそれら反応するが、不規則に軌道を変える矢とナイフは厄介。首を狙った矢を弾いたすぐ後、太ももにナイフが掠めた。


「くっ」

 紅花は、一瞬ふらついた。絶対に、葵や筆頭にそれを向けさせてはならない。紅花は銃口を小町に向ける。麻酔弾とゴム弾を立て続けに撃つ。弓で弾かれるが、一発ゴム弾が小町の腕にヒットした。だが、弓を取り落とすまでにはいかない。


「ずっと、ずうっと、あんたが邪魔だったんですの! 何度も壊したいって言ったのに、長が許してくれませんでしたわ。むかつきますの!」

 むき出しの敵意を紅花にぶつけてくる。しかし、小町の言うことには違和感がある。紅花は、それを口にした。


「そんなに私が邪魔なら、命令を無視してでも、やれば良かったじゃない」

「出来るわけないですわ! 長は、絶対ですの。小町には長しかいないんですの。ツボミの頃からずっと、長だけ。長に嫌われるようなこと、出来るわけないですわ」


 不器用な少女だ。彼女の目的は、結界でも、付喪神だけの国でもないのだ。ただ、大事な人の傍にいたいだけ。言われたことを、忠実に実行することが、嫌われない方法と信じている。たとえ、自分が嫌なことだったとしても。


「ただ言うことを聞く人形じゃ、守りたいものは守れないわ」

「あんたに説教される筋合いはありませんの!」


 弓本体を振りかぶってこちらに向かってくる。紅花としては距離を保っていたいのだが、それも厳しい。なんとか銃身で弓を受け止める。拮抗した力で、押し合い、反発する力で一度離れる。すかさず、弾を撃ち込む。






 葵と紅花が、それぞれ抑えに行ってくれた。背中は安心して二人に任せられる。筆頭は、正面から煙管を長に向ける。

 長は、小町と史叶に、ボクの獲物に手は出さないでねー、と声をかけた。一対一での勝負を望んでいるらしい。こちらも望むところだ。


「絶対に、この鈴は渡さない」

「そんなにヒトとの世界を守る必要ある? キミだってヒトにかつての相棒を殺されたようなものでしょ」

 長は静かに刀を抜いた。白刃は、陽の光を反射させながら、筆頭へと切っ先が向かう。間合いのわずかに外側で、筆頭は長の問いに答える。


「俺自身は、ヒトの世で付喪神が生きる今がいいと思っている。ヒトのために動いているわけじゃないよ」

「付喪神のためって言いたいの?」

「大きく言えばそうだけど、ちゃんと言うなら、紅ちゃんのためかな」

「は?」


 終始こちらを嘲るような、柔らかな笑みを浮かべていた長の表情が、大きく動いた。全て考えが読めていると思ったら大間違いだ。信念なんて、そんな大層なものでなくても、守りたいものはしっかりと自分の核にある。


「銃であることに苦しんでも、ヒトが好きだって断言する、あの子のためだよ」

「ははっ、一人のために、付喪神全体の在り方を決めるなんて、とんでもないエゴじゃないか」

「お前のも同じようなエゴだろう? 誰のために付喪神の国を作るんだ」


 長は、首を傾げた。もしかして、自覚をしていないのか。自分のため、というのもあるだろうが、その原動力はあの弓の少女のためとしか思えないが。


「同じような、と言ったが、そのやり方は否定する。無関係のヒトや付喪神たちを傷つけて、澪まで引っ張り出して、力でねじ伏せようとするやり方は許さない」

「欲しいものは力づくじゃないと、奪えないでしょ」

「なら、俺はそれを力で跳ね除ける」


 もう話すことはないと、長が口を閉じ、地面を蹴って向かってくる。刀と鉄製の煙管がぶつかる。金属が擦れあう甲高い音が響く。筆頭は目くらましに本体の煙管を使うつもりだったが、そんな暇もなさそうだ。出した瞬間に刃が迫るのは簡単に予想出来る。喧嘩煙管を握り直し、真っ向から受ける。


「……っ」

 力で押し込まれる。煙管を斜めにずらし、力を受け流しつつ、相手の体勢を崩す。腕に煙管を打ち込もうとするが、避けられる。不安定な体勢でも、軽々と避けてくる。下から殴りあげるように煙管を振るう。不意打ちに近いような攻撃でも、刀で受け止められる。

 ここまで筆頭が全力を出して戦って、対等な相手も珍しい。


「お前、名前は?」

「そんなものはないさ」

 誰かに名前を付けられなかったとしても、自分で付けて名乗ればいい話。それをしない。この男は、名前がないことに誇りを持っている。


「長、と呼ぶのは違うな。ナナシ、と呼ばせてもらうよ」

 名がない、という名前。馬鹿にしたわけではなく、誇りを形にした。長が口元に笑みを浮かべている。長にとっても、対等に戦い合える相手はいなかったのだろう。目的のためとは別に、戦うこと自体に楽しみを覚えている表情をしている。


「キミの名前は?」

「梓」

「似合わないね」

「よく言われる」

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