第7話 守りたいものー1

 轟音が鳴りやんでから、筆頭は紅花に指示をした。


「紅ちゃん、祭壇を確認してくれるかい」

「はい」


 神社の最奥、縦三十センチほどの観音開きの祭壇の前に急ぐ。通常なら、開けてはならないところだが、あの音からして今は非常事態。失礼します、と一声かけてから、紅花は両手で扉を引いた。中は、空だった。何もない。


「筆頭、何も入っていません」

「くそ、やられた。夢の中で言っていたことは本当だった」

 葵が、先ほど気絶させた男に拘束用の札を巻き付けて戻ってきた。紅花も葵も、状況が把握出来ていない。確か、澪が夢の最後で言っていたのは、『鈴守、知られた』だったはず。


「鈴守神社に奉納している鈴を、持って行かれた。あれは、本部の結界に通じるものだ」

「えっ、言っていいの?」

「非常事態だからね」

 筆頭は、肩をすくめて笑うが、その声は固い。起こってはならないことが、起きてしまっている。


「でも、組織がどうして結界のことを知ってるの? 筆頭さん話してないのに」

「そうね。知っているのは警備課筆頭しか……あ、そうか、澪さんも、筆頭」

 紅花は、口にした自分の言葉の中に答えがあることに気が付いた。筆頭も、それに頷いた。むむ、と首をひねっている葵に、筆頭が補足した。


「本部の結界は、本部創設時に作ったものを今も使ってる。だから、澪も知ってるんだ。たぶん、幻覚として無理矢理起こされたときに、言わされた」

 どこまでも彼女を利用する組織に、怒りが募る。三人とも同じ思いだった。


「本部に急ぐよ」

 神社の境内を出て、本部への道を走り出す。筆頭は、走りながら結界について話してくれた。


「鈴守神社は、全部で五つある。その五か所をつなぐと、星形――五芒星になるんだ」

 筆頭が空中に指先で、星を描いた。そして、出来た星の中心を指さす。


「その中心に、本部があるんだ。五つの鈴で、本部にある結界の要を守っている。その仕組みは、澪と当時の神事に詳しい人に手伝ってもらって作ってね」

「結界を解くには、どうするんですか」

「五つの鈴を、神楽鈴に付けて、本部の結界前で鳴らすこと」

「じゃあ、他の鈴守神社を守りに行った方がいいんじゃないの?」

 葵が、そう提案するが、筆頭は首を振る。その足はまっすぐ本部に向かって走り続けている。


「いや、やつらは正式な手順を踏む必要なんかない。結界を破ればいいんだからね。たぶん、さっきのは五つの鈴が全て破壊されて、結界が崩壊した音だろうね、まさかこんなことになるとは」

 紅花は話を聞きながら、端末でこちらの状況を報告した。間髪入れずに月華からメッセージが返ってきた。前を走る筆頭へ向けて、それを読み上げる。


「組織のものが、あちこちで騒ぎを起こしているようです。今、鈴のことを確認してもらえるように伝えましたが、騒ぎの起こっている位置からしても、筆頭の読みで合っていると思われます」

 紅花は、息継ぎをするために言葉を一度切った。


「他の班、だけではなく、他の課の人たちも騒ぎの対処で手いっぱいだそうです。応援は望めません」

「分かった」


 三人が本部に到着。視線は屋上に向けられる。本部の切妻屋根が剥がれ落ち、平坦な屋上が現れている。鳥居らしきものが見え、神社のような空間が広がっている。そこに直径三メートルはある、巨大な鈴が出現していた。


「なに、あれ」

「あの鈴が、本部の結界の要。あの大きな鈴を、五つの神社の鈴で守っていたんだ。普段は結界でそもそも見えないようにしていたんだけど。――急ごう」

 エントランスを駆け抜ける。唯一残っていた受付の月華に、筆頭は端的に指示を出す。


「月華を鈴守神社に配備。臨時で五芒星を作って、鈴の均衡を保て」

「わ、分かりました」

 詳細を聞く暇もないが、月華は頷いて、端末で他の月華に連絡を取る。さすが対応が早い。三人は階段を駆け上がり、屋上へと急ぐ。


 四階よりさらに上に続く、いつもは見えていない階段を駆け上がる。扉が薄く開いている。嫌な予感を抱えながら、扉を押し開ける。室内から急に外へ出たことで、視界が一瞬白くなり、目を瞑る。


「おや? 無事だったんだ。ことごとく上手くいかないねー」

「お前……!」

「でも、残念。この鈴はもらっていくよ。小町、史叶、存分にやっていいよ」

 組織の三人は、屋上にやってきた紅花たちを振り返る。急いで来た甲斐があり、彼らも今着いたところらしい。まだ鈴には触れられていない。


「紅ちゃん、葵、本部を守れ。必ず」

「了解!」

「了解!」



 一番に飛び出したのは葵。

 階段を駆け上がっているとき、葵は自分が史叶を抑えると言った。

「いける? 葵」

「他の二人には彩が通じなくて、あたしは役に立てない。けど、あの人なら通じるはず」

「断言出来るのかい」

「公園で会った時、彩が通じてたの。調査が目的で近づいたなら、その時点で悪意がないはずだもん」


 紅花と筆頭は頷いて、葵に任せると言ってくれた。絶対に期待に応えてみせる。

 葵は、閉じた傘で史叶に一撃を浴びせる。


「はあああ!」

 史叶は、ベルトに装備していた棍棒を握り、逆手のまま葵の攻撃を受けた。

 彼の瞬間移動は、絵巻物を広げている時だった。確信はないが、それが彩を使う動作なら、絵巻物を広げさせない。葵は、剣道のように両手で傘を持ち、振るった。しかし、史叶には片手であしらわれてしまう。


「弱いな」

「そんなことっ」

 棍棒が、一直線にこちらに向かってきた。とっさに傘を広げ、それを防ぐ。傘に穴が開くようなその攻撃も、葵の彩は跳ね返す。やはり、彼には悪意がある。葵は一瞬体勢を崩すが、すぐに持ち直す。


「そんなんじゃ、他の者に認められない。戦力にならない。あの二人と差があり過ぎる。すぐに見限られる」

「そんなことない!」

 言葉に棘を込めて、史叶は次々と投げつけてくる。傘では防げないそれを、葵はきっぱりと跳ねのける。


「二人は、あたしに任せるって言ってくれた。あたしは、大切なものを守る!」

「ヒト中心の、この世界を守る価値があるか?」

 史叶が皮肉めいてそう口にした。だが、葵にはその言葉がどうも浮いているように聞こえた。言葉と意思がちぐはぐのような。


「それは、あの人の受け売り?」

 長のことを一瞬見て、明らかに史叶がたじろいだ。その一瞬をついて、葵は一気に距離を詰める。絵巻物を広げる隙なんて与えない。


「あの人の目的を、自分の目的にすり替えてるだけでしょ! 警備課裏切ってまでしたいことだったの!?」

「うるさい。俺の意思だ」

「嘘。ここまで来ても、罪悪感持ったままなのに。あたしの彩が通じるのが証拠だもん」


 史叶は、棍棒で葵を押し返し、クナイに似た鋭い武器を投げつけてくる。傘を広げて、問題なく対処する。広げた傘の上部から、様子を窺うために顔を出したところで、もう一本飛んできた。慌てて頭を下げる。


 史叶は、攻撃が当たらないことより、葵の言葉に苛々し始めている。棍棒を地面に叩きつけた。


「お前に何が分かる!?」

「わかんないよ! あなたのこと何も知らないもん!」

 その言葉で、史叶が葵自身に興味を持ったことが分かった。史叶は今まで一度も、葵自身のことなど見ていなかった。ただの調査する対象でしかなかったのだ。


「じゃあ、お前は」

 攻撃を止めることはしないが、わずかに変化した声音で、史叶は問うてきた。


「お前は、何のために戦っている? ヒトの世を守るためか?」

「あたしは、ヒトの世を守る、紅花ちゃんと筆頭さんを守るの」

 飛んで来るものを弾きながら、傘を開いたまま、葵は史叶に迫る。このまま押し切るつもりだった。


「『葵』は、守るという意味。守るものは、警備課!」

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