第4.5話 仮面の裏側(了)
「あーうー」
紅花と筆頭は、仮面舞踏会への潜入で、準備や打ち合わせがあるからと、昼前には出発してしまった。一人残された葵は実質休みとなった。部屋でごろごろしていたら、部屋が散らかっているのが気になって、片付けを始めてみた。ある程度綺麗になったところで、またごろごろした。
ごろごろばかりも良くないと思い、鍛錬室に行って、運動しようと思ったが、あんまり気分が乗らない。
「よし、外に行こう!」
本部から少し歩いたところにある、三ヶ崎公園にやってきた。木々の葉が半分以上赤く色づいてきている。ここは敷地がかなり広く、一周ランニングするだけでも結構な運動になる。設置されている遊具は、多い・大きい・長いの三拍子である。五人が横並びで滑ることの出来るすべり台や、端に座るのに勇気がいるほど長いシーソーなど、広い園内に多くの遊具が豊富に置かれている。
天気が良い時は、よくここで鍛錬をしている。どの遊具を真剣にすると、けっこうな負荷になるし、体力もつく。
「あ、おねえちゃんだ! 一緒にあそぼー」
「あそぼあそぼ」
どこから行こうかと考えていたら、あっという間に子どもたちに囲まれてしまった。時々この公園で鍛錬していたら、近所の子どもたちに懐かれて、捕まっては一緒に遊んでいる。
「いいよー、何する?」
葵はしゃがんで目線を合わせて、聞いた。子どもたちは一斉に喋り出した。
「鬼ごっこ!」
「えー、かくれんぼがいい!」
「やだー、かけっこだもん」
「こおり鬼が、いいな」
意見が割れるのはいつものこと。そして、じゃんけんで勝った子の言った遊びに決定するのもいつも通り。今日はこおり鬼に決まった。決まってしまえば、他の子もこおり鬼モードに切り替わるらしく、早く始めよう! とわくわくしている。
「じゃあ、あたしが鬼ね。十、九、八……」
葵が十秒数えている間に子どもたちは散らばった。鬼にタッチされたら目印として片手を頭の上にして凍っておくことになっている。
「二、一。よし、行っくよー!」
葵は走り出した。すべり台の上にいた子は、葵が近づいて来たのを見て、すーっと滑って遠くへ走っていった。素早い。ジャングルジムにいた子に狙いを定めて走る。ジャングルジムの周りをくるくる回りながら距離を詰めていく。上に登ろうとしたのを察知して、先回りをして足にタッチした。
「うわー!」
次のターゲットに向けて再び走り出す。鬼の交代のないこおり鬼を子どもたちとすると、体力がついていくのが実感出来る。繰り返すたびに子どもたちも上達してくる。散らばって、葵が離れた隙に凍った子を助けに行く。連携して全滅を防いでいる。最近では、全員を捕まえるのにかなり時間がかかるようになった。
「葵ちゃーん」
「むむ?」
一人が手を振りながらこっちに向かって走ってくる。捕まえてください、ってことではなさそうだ。
「お母さんがもう帰ろうって。皆帰らなきゃだめみたい。もうちょっと遊びたいのにー」
「そっか、じゃあまた今度。いっぱいあそぼ」
「うん!」
その子ともう帰らなきゃいけないことを他の子たちに知らせに行ったのだが、鬼が二人に増えたと勘違いされて、ものすごく逃げられて、大変だった。
子どもたちを見送ってから、葵はうんていに向かった。これも他の遊具に負けず劣らず長い。うんていは途中で枝分かれしていて、分かれた方はアスレチックスの足場へと繋がっている。もう片方はただただまっすぐ長く続いて、終わっていた。
「今日は往復しよっと」
ただただ長い方を往復することを目標にして、ひんやりとした鉄の棒を掴んだ。笠は頭に被ったまま進む。紅花に笠は邪魔じゃないの、と言われたこともあるが、笠があるからこそ、いい感じでバランスが取れるのだ。
今日はさくさくと進めるので調子がいい。一つ飛ばしにしてスピードアップをしてみる。
「ほっ、いよっと」
「あの、警備課の人、ですか?」
「え? うわあ」
突然声を掛けられて、思わず手を離してしまった。着地が上手くいかず、尻餅をついてしまった。
「大丈夫ですか!?」
「だいじょぶ!」
笠を持ち上げて声の主を見た。葵よりも背が高い、中学生か高校生に見える少年が立っていた。白シャツに紺のベストを着ていて、メガネをかけている。頭が良さそうな少年、と思った。
「どうしたの? 警備課に相談事とか?」
「いや、そういうわけじゃなくて。前に警備課の人が戦っているのを偶然見て、かっこいいなと思って」
「だよね!」
自分も警備課の一員だということを脇に置いて、葵は目を輝かせて少年にずいっと近付いた。そう、警備課はかっこいいのだ。ツボミの頃に偶然紅花を見かけて以来、ずっと憧れの存在だ。
「あたし、最近本部に、警備課に入ったばっかりなんだ。二人に追いつこうと思って頑張ってるんだ」
「凄いですね。あの、あなたのお名前は?」
「あたしは葵。物はかさだよ!」
「笠……?」
少年の視線は葵の頭上に注がれている。またやってしまった。自己紹介の時はいつもこうなってしまう。葵はくるりと背中を向けて傘を見せた。
「こっちの傘だよ。あなたは?」
「僕は絵巻です。名前はまだ決めていなくて。葵さんはどうしてその名前に?」
葵さん、と呼ばれたことに思わず顔がにやけてしまう。警備課で一番年下なので、さん付けで呼ばれることなんてほぼない。後輩が出来たらこんな感じなのかなーと口元が緩むが、少年が不思議そうに見ていることに気付いて慌てて真面目な顔をする。
「あ、コホン。葵っていう漢字には『守る』っていう意味があるって知ったから。あたし、全部を守りたいんだ。大好きなもの全部」
「かっこいいですね」
「でも、筆頭さんには、いきなり全部は難しいから、自分の周りからって言われちゃったけど」
「そうやって、目標があるのは素敵だと思いますよ」
そう言って、少年は葵の言うことを肯定してくれる。もっと話を聞きたい、と言われて葵は近くのベンチに座ることを提案し、二人で腰掛けた。
「筆頭さんはめちゃくちゃ強いよ。鍛錬で模擬戦たまにしてもらうけど、勝ったことないし。紅花ちゃんは可愛いしかっこいいし、憧れなんだ。彩も強くてかっこいい!」
「葵さんはイロ持ちですか?」
「うん」
「いいなあ。どんなイロなんですか?」
「〈悪意から守る〉だよ。この傘で、悪意を持った攻撃を跳ね返すんだ。傘に傷は付かないよ」
一瞬、少年の目が冷ややかに細められたように見えたが、おそらく気のせいだろう。
「へえ、凄い能力じゃないですか。石を投げても傷つかないってことですか」
「そうだよ。やってみる?」
「えっ、いやでも、僕は葵さんに悪意とかないですけど」
「なんかね、罪悪感とかでも反応するみたい。だから、石を投げてごめんなさい! とかでもいけるんだ」
「本当ですか。じゃあ」
少年は近くに落ちていた石を拾った。葵は背中に差している傘を抜いて、少年に向かって広げて構えた。
「本当に投げますよ」
「どうぞー」
少年が、ごめんなさい、と言いながら投げた石は葵の傘に当たると、見えない膜に弾かれたように跳ね返って少年の足元に転がった。
「おお、本当ですね」
「でしょー」
得意気に笑う葵は、傘を二、三度開閉させるとまた背中に差した。ベンチに座り直して、少年が聞いてきた。
「今更ですけど、警備課の方がどうして公園にいたんですか。今日はお休みですか?」
「まあ、そんな感じ。二人だけで仕事に行っちゃったんだ。あー、あたしも行きたかったなあ、仮面舞踏会」
「仮面舞踏会……?」
少年が怪訝そうに聞き返してきた。調査中のことは言ってはいけなかったことを思い出し、葵は、慌てて話を逸らした。
「と、とにかく、二人がお仕事してる間に、あたしは鍛錬をしておこうと思って、三ヶ崎公園に来たんだ。ここ鍛錬にはぴったりだから」
「そうなんですね。でも、大変ですね。凄い二人に追いつかないと、役に立たないと、すぐに置いていかれてしまうから」
「え」
少年の言葉に底冷えするような、ヒヤリとするものを感じて、葵は身震いした。が、頭を振ってその変な感覚を吹き飛ばす。
「じゃああたし、もっともっと頑張らないとだね! 鍛錬に戻るね」
「一緒にいいですか?」
「え? 一緒に?」
「はい。迷惑でなければ」
「もちろん! ランニングをしようと思ってたけど、一緒にしてくれるなら、鬼ごっこで。あたしが鬼でね」
分かりました、と少年が頷いて、葵が十秒数えた。遊具の方へ走っていった少年を追いかけて走り出す。
少年は遊具を使って上手く逃げている。遊具の裏に追い詰めたと思ったら、いつの間にかいなくて向こうの方を走っていたり。葵はなかなか追いつけない。
「足速いね! あなた警備課に入ればいいのに!」
「……。大変そうだし、僕には無理ですよ」
「そんなことないよ」
急に立ち止まって腕時計を見た少年は、すみません、と断った。
「僕、そろそろ帰らないと。葵さんは?」
「暗くなるまで頑張るよ。付き合ってくれてありがとう。また一緒にしようね」
「……はい、また」
手を振って少年とは別れた。少しの間だったが、警備課のことを凄いと言ってくれる人と話せて楽しかったし、もっと頑張らないと、という思いになった。一人になった葵は、再びうんていに向かった。
*
逃げるように公園から離れた。史叶は、自分が想像以上に疲れていることに気が付いた。一人称も、話し方も変えたことが思った以上にストレスとなっていた。
「警備課に入ればいいって、たちの悪い冗談だな」
情報収集のために接触したが、結論は問題なし。彩や身体能力についても対処可能。こちらの彩にも気付かれていなかった。仮面舞踏会の場を使っての情報交換がもう知られていたのには驚いたが。今日はあの二人が遊びに行くと言っていた。余計なことをしていなければいいのだが。
回り道をしながら、廃教会に戻ってきた。教会にいくつかある部屋の一つ。ここはかつて教会で使う道具類を保管しておく部屋だったが、そのほとんどは撤去してある。棚だけ残して使っていて、たくさんの物が並んでいる。史叶は、作成したリストと照らし合わせて、物をチェックしていく。
「また適当に置いてるな。全く……」
組織に入るには、物を預けなければならない。自分自身である物を預けるということは、心臓を他人に差し出すようなもの。それを言い出したのは長だった。物と引き換えに、黒いピアスを渡している。組織の一員の証として。小町と史叶のは別に必要ない、と言って要求してこなかったが、以降に加入した者は総じて心臓を差し出している。従う者がこんなにいるのかと正直驚いた。物と引き換えにするほど、なのか。
「イカれてる。あの人も、従うやつらも。……それを止めない、おれも」
――――それでも、もう引き返せない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます