第4話 マスカレード・ミッションー1

 豪奢なシャンデリアが部屋を照らす。赤いテーブルクロスの上にはゆらゆらと揺れるロウソクの火。タキシードやドレスなど正装に身を包んだ参加者たちは、皆その顔に仮面を付けている。素性を隠す役割を果たすそれは、ロウソクの不安定な光によって怪しげに影を作る。


 会場内に注意深く目を光らせる者が二人。深い黒色のタキシードを身に纏い、普段片目が隠れるほど長い前髪を全て持ち上げてオールバックスタイルで洋装に合わせている。もう一人は、上品なボルドー色のフィッシュテールのパーティードレス。結い上げた髪から垂れる後れ毛が、オフショルダーで露わになっている肩にふわりとかかる。


「仮面舞踏会なんて、現代でもやってるんだね。しかも結構ちゃんとしてる」

「ここで、情報交換が行われている、ということでしたよね。素性を隠す、そのための仮面、ということでしょうか」

「それもあるだろうけど、単純に主催者の豪華絢爛趣味かもね」

 なぜ、紅花が筆頭と共に時代錯誤な仮面舞踏会に出席しているのか。理由は数日前に遡る。



 *



 紅花は、はなのさとに呼び出された。竜胆から、筆頭と紅花の二人が呼び出されたのだが、少し書類の整理をしてからにしたかったので、筆頭には先に行ってもらっていた。


「遅くなりました」

 カウンターには、すでにグラスが置いてあり、もう注文をしているようだ。仕事の話、と言っていたから、お酒ではないと思うけれど。


「待っとったよ、紅花ちゃん。もしかして何か用事があったん? タイミング悪かったやろうか」

「あ、いえ。ちょっと書類を片付けていただけなので。問題ありません」

「紅ちゃん、俺の分まで仕事を」

「やってないです。自分の分は自分でしてください」


 見当違いなことを言ってくる筆頭をバサリと切り捨て、紅花はカウンターの席に座った。筆頭がグラスを傾けて、お酒じゃないよ、とへらへらと言ってくる。そんなことは分かっている。


「私も何か飲み物をお願いします」

「オレンジジュースとジンジャエール、どっちがいいやろ?」

「ジンジャエールで」

「はい、お待ちを」

 竜胆がグラスを用意してくれている間に、紅花は筆頭に気になっていたことを尋ねた。


「葵は呼ばなくて良かったんですか」

「今、葵は修理課の手伝いに行ってるからね。大規模な出張修理らしいから、その荷物持ちで。葵、底なしの体力だもんな」

「それは知ってますけど、明日は空いてるはずですよ。急ぎなんですか」

「急ぎでもあるし、葵は今回の仕事に参加出来ないから」

「え、どうしてですか」

 紅花の前に、コトンとグラスが置かれた。竜胆が人差し指を口元に当てて、微笑んでいる。


「そのあたりは、追々うちの方から。とりあえずは乾杯」

「乾杯」

「乾杯、です」

 竜胆も含めて三つのグラスが小気味よい音を立てて触れ合った。ジンジャエールのほどよい苦味と炭酸が喉を通り抜けていく。


「さて、本題やね。本部の情報が外部に漏れているみたいやの。本部は基本誰にでもオープンやし、隠してるもんでもあらへんけど、意図的に流して、それを悪用しようとしとる可能性がある」

「まあ、本部も大所帯になったからね」

「筆頭と竜胆さんは本部創設からいるんでしたよね」

「そうだよ。管理課三人と、警備課二人の五人から始まったんだ」


 竜胆を含め管理課の三人、そして筆頭は今も本部に所属しているが、警備課のもう一人はもう本部にはおらず、紅花は会ったことがない。警備課の初めを知る人、一度話をしてみたい。


「ほら、話逸れてきとるよ」

「ごめんごめん。その情報を流している、知ろうとしているやつが、何を探っているのかが問題だね」

「もし、結界のことやったら、厄介やよ。気いつけや」

「大丈夫大丈夫」


 本部そのものに施されている結界。ヒトの認識から外れるということは、ヒトの目から守るということ。最重要事項のため、その詳細は警備課のトップ、つまり筆頭しか知らない。その情報を得るには、筆頭に聞かなくてはならないが、当然言わないので、必然的に戦いを挑むことになる。圧倒的な実力差を前に、挑もうとする者はまずいない。筆頭自身が抑止力となっているのだ。


「ただな、あちこちで付喪神が組織立って動いとるようなんよ。暴徒化寸前の者も含まれとって、何か動きが怪しいんよ」


 竜胆が頬に手を当てて、ため息をついた。ヒトに不満を持ち、暴徒化する付喪神は、大抵が一人、多くても三人ほどで行動を起こす。不満や憎しみが頂点に達して、コントロール出来ずに暴走してしまう、というパターンがほとんどだからだ。それが、組織立って、しかも情報を集めているという。


「この前の見学者のこと調べていったら、これが出てきたんよ」

 竜胆が出した端末に映し出された画像を、二人でのぞき込む。そこには、真っ黒な背景にキラキラとした宝石や仮面の写真が散らばり、『ようこそ、現代のマスカレードへ』という文字が躍っていた。


「マスカレード、仮面舞踏会ですか」

「このパーティーは二十歳以上の男女ペア、正装での参加が条件なんよ。服はモガが用意してくれることになっとる。紅花ちゃんならギリギリ二十歳でも通せるけど、葵ちゃんは難しいやろうから」

「それで、葵は参加出来ないってことだったんですね」

 だが、それなら竜胆と筆頭で行けばいいのでは、と思ったが、それを口に出す前に竜胆が言い足した。


「うちはこの日、別件があるから、紅花ちゃん頑張ってな」

「あ、はい。分かりました」

「まあそれに、うちじゃやる気も出やんやろうし、な?」

 竜胆が筆頭に向かって小首を傾げて問いかけている。グラスを傾けながら、筆頭はそっぽをむく。ぼそりと呟くのが聞こえた。


「どう答えても角が立ちそう……」

「筆頭、私では相手役に相応しくないですか。では、誰か当日空いている別の人を――」

「そんなことない。紅ちゃんで大丈夫。あー、いや、紅ちゃんがいい」

「そう、ですか? 分かりました」

 なぜかおかしそうに笑っている竜胆に、ジンジャエールのお代わりをもらい、その後、仮面舞踏会の詳細を聞き、この日はお開きとなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る