第3話 放課後のファッションショー ー3(了)
「まあ、お人形になっても感情が出ることがあるの。面白いことね。でも」
モガは紅花の手から銃を抜き取ると、窓に向かっていく。
「こんな可愛くないもの、もういらないわ。そうでしょう?」
窓の外にモガの手が出る直前、モガは銃を持っていない反対の腕を引かれ、窓から引き離された。
「え?」
紅花はモガの手首を蹴り上げ、衝撃で真上に飛んだ銃を右手でキャッチした。
「まあ!」
「返しなさい」
紅花はモガを睨みつけながら、そう言った。
「お友だちを壊したことで、感情が爆発したのかしら。そのせいでお人形から戻ってしまったの? こんなこと初めてだわ。なんて素敵なロマンスかしら」
あくまでも、笑顔で楽しむモガに、銃口を向けた。
「でも、お友だちは、もう起きないわ。あなたが壊したんだもの。悲しいでしょう。ほら、もう一度お人形にならない?」
「あなたは、勘違いをしているわ。……もういいですよ」
紅花の呼びかけに、はーいと気の抜けた返事をしたのは、額を赤く染めた筆頭。
「どうして! あなたは撃たれたというのに。血だって出て」
「あーこれね、ケチャップ」
筆頭が額を手の甲で拭うと、傷一つついていない。
紅花の彩〈意思を込める〉は、自分の意思を弾にして撃つことが出来る。実弾やゴム弾をはじめ、麻酔弾やケチャップ弾まであらゆる弾が扱える。
「筆頭、頭大丈夫ですか?」
「えっ、なんで!? 急に悪口!?」
「そうではなくて。頭から倒れていたので、ぶつけたのでは、と」
「あー大丈夫。ちょっと痛いけどね」
「ぶつけてるじゃないですか」
「紅ちゃんが頭狙うから、そう倒れなきゃいけなかったんだよ?」
「……そうでしたね」
「あ、今笑った? もしかしてわざと? 葵は腕だし、わざと? てか、いつまで倒れてるの、葵。起きて、ほら」
「あ、もういいの?」
葵は、ひょこっと顔を出して、腕についたケチャップを拭き取った。
モガは、この状況についていけず、ぽかんとしていたが、ようやく口を挟んできた。
「待ってちょうだい。わたくしはあなたをお人形にしていたのに。どうして」
紅花は、一つ息をついてモガの質問に答えた。
「私は、最初からあなたの言うお人形にはなっていないわ。なったふりをしていただけ」
「そんな、嘘よ! あなたは嘘をついているのでしょう」
「嘘じゃないわ」
「全部、演技だったというの……?」
「そうよ」
「あの涙は」
「虚ろな目をしているために、瞬きの数を抑えていたから、目が乾いてしまって、つい」
モガはその場にへたり込んでしまった。窓の外で、生徒たちの声が次々と上がった。彼女のお人形の時間は終わったようだ。
「ねえ、どうして、ケチャップなんてあったの。わたくしのことが嫌いなの?」
なぜそこで嫌い、という発想になるのかは分からないが、紅花は答えた。
「そういう彩だから。それだけよ」
「まあ!」
急に、モガの表情が華やいだ。予想の出来ないモガの言動に、紅花は思わず後ずさった。
「そんな魔法みたいな彩があれば、何でも思いのままじゃない! 羨ましいこと。そうだわ、その彩、わたくしにくださらない? とても素敵な提案じゃなくて? それとも、一緒にお人形を作る方がいいかしら」
「彩は魔法じゃないし、ヒトはおもちゃじゃないわ」
「あら、お友だちも一緒がいいのかしら。どうしましょう」
しゃべり続けるモガを、紅花は冷えた目で見つめ、銃口を鎖骨に向けた。
――――バンッ
モガは気を失って、その場に倒れた。肩が規則的に上下に動いている。
「麻酔弾です。あまりに話が通じず、本部に行く意思も見られなかったので、やむなく」
「うん。これは仕方がない」
「筆頭、気になったんですけど、さっき彼女と対した時に、私『まで』失うわけには、って言いませんでした?」
「言ったっけ? 演技に力入っちゃっての、言葉のあやだよ」
「そうですか」
葵が、よいしょっと、モガの体を引っ張って、壁にもたれさせた。少しでも体が痛くないようにと。
「それにしても、彩の扱いが甘い子だったね。大した訓練もしてなさそうだろう。他者に関与するイロは条件とかも多いのに」
筆頭をはじめ、他者へ影響を及ぼす彩は条件や制約があることが多い。時間制限があったり、相手との距離があってはいけなかったり、ヒトだけに効き、付喪神には効かない、ということも。今回はその類いだった。
本部には、彩の名称を見ることが出来る、彩を持つ付喪神もいるが、分かるのは名称だけ、その力、使い方、条件などは自分で見つけて、訓練し、身に付けていくものだ。決して、努力をせずに操れるものではない。
「そうだ、今回は葵もちゃんと気付いて、演技してたね。成長したね」
「えへへー」
一番先にモガと接触した者が、操られたふりをして、油断させる。というのが作戦だった。本当に操られる可能性もあったから、そうではないことを示すために、事前に決めていた、首を傾ける合図をしたのだ。クロガネの件では、作戦の中に入れなくて悔しがっていた葵が、今日は得意気に笑っている。紅花は、葵の頭をえらいえらいと撫でた。さらに葵がにこにこと笑う。
「さて、本部には車で来てもらえるように応援お願いしたから、到着したら、帰ろうか」
「はい」
「はーい」
**
「紅花ちゃん、筆頭さん、あの人、もう元気になったって!」
「良かったわ。まさか、三日も眠るなんて思わなかったわ」
モガは本部に連れてきてからも、ずっと眠り続けていて、どこか不調があるのでは、と修理課に診てもらったが、異常なし。そのまま様子を見ることになり、三日後に目を覚ました。管理課によると、モガは自分自身に彩で暗示がかかっていたらしい。あの人格は、元の持ち主の幼少期のものだろうと言っていた。当時流行していた、モダンガールのファッションを楽しみたかった、という望みを叶えたかったのだという。
コンコン、と会議室がノックされた。どうぞ、と返すと、朱色に色付く扉の向こうに、モガが立っていた。
「今、よろしいでしょうか」
「どうぞ」
紅花に眠らされ、目覚めると、暗示が解けて正気に戻ることが出来たらしい。申し訳なさそうに部屋に入ったモガは、深々と頭を下げた。
「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」
「いいよいいよ。正気に戻れて何より」
筆頭が、軽い口調で謝罪を受け取った。これ以上、モガが気にしないように、という配慮だろう。紅花も葵も、気にしなくていいと、言い添える。
ようやく顔を上げたモガには、まだ申し訳なさが残っていた。
「ねえねえ、あの服、全部自分で作ってたって聞いたんだけど、本当?」
聞きたくてうずうずしていた葵が、モガにぐいっと迫る。その勢いに少し押されながらも、モガは頷いた。
「はい。可愛い服が好きなので」
「すごーい! じゃあさ、高校の制服とかも作れる?」
「葵、制服諦めてなかったのね」
「だって着てみたいもん」
「作れますよ。もしそれで少しでも恩返し出来るのなら、喜んで作りましょう」
モガの言葉に、葵は飛び上がった。期待で目だけじゃなく、顔全体が輝いている。
「やったー! 紅花ちゃんのも作ってもらおうよ。ブレザーがいいかな。セーラーも可愛いよね」
「何でも作りますよ」
「筆頭さんもする? 頑張って男子高校生してみようよ」
自分は関係ないと煙管を吸っていたところに、急に仲間に引き入れられ、筆頭は咳き込んだ。
「げほっげほ、あー、げほっ。いや、さすがにそれは無理があるよ」
「同感です」
そんな食い気味に言わなくても、と文句を言う筆頭に、似合うと思ったんですかと、紅花は聞き返した。着る気はないが、思いっきり否定されるとそれはそれでへこむらしい。
葵とモガは、早くもどういうデザインがいいか、と話が盛り上がっている。楽しそ
うで、何より、だ。
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