第3話 放課後のファッションショー ー2
電車で隣町まで向かい、例の空木高校に到着した。門のすぐ傍に月華が一人立っていた。いつもの受付にいる時とは違い、忍びのような紺色の袖のない和服に、動きやすいスラックス。顔隠しの布を付け、布表面にはそれぞれの名前の一文字目が印字されている。胸の前で扇子を開き、直立不動。結界が発動しているのだ。
「お気をつけて」
横を通る時にそう声をかけられた。顔隠しには『弦』と書かれている。
「ありがとう、弦月」
「いえ」
ヒトがいなくなった昇降口に向かう。そこには、一人の女性が立っていた。つばの小さい丸い帽子に、首元に大きなリボンのあるワンピース。彼女はどう見ても、生徒でも、教師でもない。そして、ヒトではない。彼女は、紅花たちを見ると、花が咲くように笑った。
「こんにちは。どうしてか、今日は皆が帰ってしまって、モデルも観客も少なくて困っていたところでして。楽しんでいってくださいまし」
「放課後の騒動の発端はきみかい?」
「騒動? なにをおっしゃっているの。わたくしは帽子の付喪神、モガと申します。さあ、素敵なショーを始めましょう」
絶妙に話が通じていない。が、不可思議な放課後のファッションショーは、この付喪神が関わっていることはほぼ間違いないだろう。紅花たちは顔を見合わせて頷いた。
「モガ、と言ったね。俺たちは付喪神統括本部、警備課。一緒に来てもらおうか」
「お断りいたします。わたくしは、ここを離れるわけにはいきませんので」
「待て!」
モガと名乗った彼女は、ひらりと身を翻し、校内へと歩いていく。紅花たちとモガの間に、邪魔をするように、四人の少女たちが現れた。着物にフリルの付いたエプロンを付けている子、矢絣柄の着物に袴を着ている子、すらりと長いワンピースの子、大きなヘッドドレスに豪奢なドレスの子。
「かっわいい……」
葵の口から、自然と言葉がこぼれ落ちていた。彼女たちが身に付けているのは、大正時代の頃のファッションだ。和と洋が混ざり合った特有の可愛らしさには心惹かれる。が、彼女たちの目は、焦点が合っておらず、虚ろだった。動きもぎこちない。操られている可能性が高い。
「まずい、逃げられる」
階段を悠々と上がっていくモガを追おうとするが、彼女たちが通せんぼをしてくる。無関係のヒトを攻撃するわけにはいかない。だが、思っていたよりも力が強く、ただ押しのけるだけでもかなり時間がかかってしまった。
彼女たちを振り切った時には、モガの姿は見えなくなっていた。
「ど、どうしよう」
「ここから離れられない、と言っていたから、この学校から出ていくことはないだろう。手分けして探そう」
「分かりました。生徒たちを操っているのだとしたら、イロ持ちですよね。対策を立てた方が良さそうです」
それなら、と筆頭が簡単に作戦と対策を立てて、提案した。紅花と葵は頷き、それぞれ散って捜索を始めた。
空木高校は、三階建てで、旧校舎と新校舎が渡り廊下で繋がっている。各階を分担して捜索することにし、紅花は三階を走り回っていた。三階の窓から、二階を繋ぐその渡り廊下を見下ろす。ランウェイに見立てているのか、数人の生徒が行き来し、ポーズを取っている。身に付けているのは、やはり大正時代のファッション。
「可愛い……」
さっきは抑えていたが、ぽつりと呟いてしまう。生徒を操っていることはいけないことだが、そのファッションは可愛らしい。紅花は、自分の頬を両手でパチンと叩いて、切り替えた。今はあの付喪神を捕まえることが最優先。
「紅花ちゃん! そっち!」
向かいの旧校舎の二階にいた葵が、声を張りあげて、新校舎の三階を指さしている。三階の一番端の教室だろうか。紅花は、すぐに窓から離れて向かう。
教室の扉を開けると、扉がレールの上を滑るガラガラという音がした。窓が開け放たれていて、カーテンが風を受けてふわりと浮き上がっている。そのカーテンの波の中に、モガがいた。
「私たちと一緒に来てもらうわ」
「まあ、さっきの観客の方。楽しんで頂けてる?」
「生徒たちにかけている彩を解除して」
「あら? あなた、よく見るととても可愛らしいのね。綺麗な黒髪、白い肌、赤い瞳も全部が可愛い」
やはり会話が通じない。しかし、彼女の目に影はない。暴徒化しているわけではなく、やりづらい。出来れば銃を使わずに連れて行きたいのだが。
「あなた、きっと素敵なお人形になれるわ」
モガが唐突に帽子をこちらへ投げてきた。フリスビーを投げるように、回転をかけながら、紅花の元へと飛んで来る。反射的にそれを手で弾いた。床に落ちてから、彼女は帽子の付喪神と言っていたことを思い出した。傷つけるようなことはしてはいけない。
「もう。抵抗してはだめよ。お人形は可愛く、従順でなくちゃ」
拾おうとした帽子を、モガが一足先に拾い上げた。そして、紅花の視界を隠すように帽子を被せてきた。視界が真っ暗になった。何も、見えない。
*
筆頭と葵が合流し、モガがいた教室へと向かう。走りながら紅花に端末で連絡を取ろうとしたが、繋がらない。目的の教室の扉は開いていた。風に揺れる紅花の髪を見つけ、筆頭は教室に踏み入った。
――――バンッ
足元の床に弾丸がめり込んでいた。その威力からして実弾。紅花の構えた銃口からは煙が立ち上っている。当てる気のない威嚇。だが、それは明らかに敵意だった。葵は慎重に、筆頭の背中に隠れながら教室に入る。
「紅ちゃん?」
「……」
筆頭の呼びかけに対し、無反応。ただ首を横に傾けただけ。そして目が先ほど見た生徒たちと同じように虚ろである。
カーテンで見えなかった、モガがその隙間から姿を現した。紅花の後ろにピタリと付き、お気に入りのおもちゃを手にした子どものように、嬉しそうに笑っている。
「お前……! 紅ちゃんに何をした?」
「わたくしの彩で、お人形になってもらっただけよ。可愛いでしょう」
モガは紅花の頬を撫でつける。紅花は筆頭に銃を向けたまま動かない。
「紅ちゃんが人形に? そんな都合のいいイロなんか」
「あるのですよ、実は。わたくしの彩で、皆さんはわたくしの言う通りに動くお人形になるのです。あら? あなたも小さくて可愛い。お人形にぴったりですわ」
筆頭の後ろから顔を出した葵にまで、モガは目を付けた。葵は可愛いと言われたことに一瞬喜んでいたが、ハッとして言い返した。指先をビシッとモガに突きつけた。
「あたし、お人形になんてなりたくないもん! 紅花ちゃんを元に戻して!」
「そうだ、早く戻せ! 俺は、紅ちゃん《まで》》失うわけには……!」
「まあまあまあ。なんて、はしたない。そんな子はいらないわ。男性なんてもっといらない。可愛くないもの」
ずっと浮かべていた笑顔が嫌悪の表情に変わり、モガは紅花にすり寄った。
「撃ってちょうだい」
「…………はい」
紅花は、筆頭の額に照準を合わせ、引き金を引いた。大きな破裂音。筆頭の額が赤く染まり、ドサリと後ろに倒れ込んだ。続けて、葵の腕にも銃弾を浴びせた。葵は赤い飛散と共にその場にうずくまる。
「うふふふふ。見事だわ」
モガは、邪魔者がいなくなったことに満足そう。思い通りに動く可愛い人形は、彼女の最高のおもちゃだった。
ゆっくりと銃を下ろした紅花の頬に一筋の涙が零れ落ちた。虚ろな目とはアンバランスな雫を見て、モガは驚いた顔をした。
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