第3話 放課後のファッションショー ー1

 夕方は少し風が冷たくなってきた。道行くヒトたちも、羽織るものが厚くなってきている。まだまだ薄着でいるヒトもいて、この服装が入り乱れる感じにも、季節の移ろいを感じる。


「葵、そろそろ切り上げて――」

 紅花は、後ろを振り返るが、いるはずの葵の姿がない。今、紅花と葵は、パトロールの最中だった。警備課は、周辺を歩き、何か異常はないか、何か困っている付喪神がいないかを見て回るのだ。と言っても出会った知り合いと世間話をしたりしていて、お散歩に近い状態だったりする。筆頭に意味あります? と聞いたら、何かあった時にすぐ相談出来る環境にしておくのが大事、と言われた。確かに気軽に話せる関係を作っておくのは必要だ。その点、葵は初対面の付喪神、ヒトでもすぐに仲良くなるので、とても頼もしい。

 だが、今その葵がいない。紅花は来た道を戻りながら葵を探す。


「葵ー?」

 いた。神社の境内で、木に何かを引っ掛けようとしている。鈴守神社、鈴を奉納しているらしい、こじんまりとした神社だ。


「何しているの?」

「あ、紅花ちゃん! 落とし物があったから、分かりやすいところに掛けておこうと思って」

 めいいっぱい体を伸ばしているが、届いていない。葵より高いとはいえ、紅花もそんなに背が高いわけではない。落とし物だという巾着を引き取り、紅花はつま先立ちになりながら、何とか木の枝に引っ掛けた。


「わー、ありがとう」

「賽銭箱のところに置いても良かったかもしれないわね」

 神社の奥にある、祭壇、その前には大きな長方体の賽銭箱が鎮座している。分かりやすさで言うなら、そこでも問題なさそうだ。


「でも、あそこに置いたらお供え物みたいにならない? 神様が持っていっちゃうかもしれないじゃん」

「神様はお供え物を持って行かないわよ」

「え! そうなの!」

 葵にそう言ったが、詳しい神事については紅花自身もあまり知らない。神社という場所は心が落ち着いて、好きなのだが。


「そういえば、この鈴守神社って、同じ名前の神社、この辺りにいくつかあるよね? 何か関係あるのかなー」

「そうね。今度調べてみましょうか、私も気になるし」

「うん!」



 神社を出て、二人は本部に戻る道をゆっくりと歩く。葵と二人のパトロールは、本当にお散歩のようで、紅花にとってリラックスする時間でもある。

「葵、また怪我したって聞いたけど、大丈夫?」

「だいじょぶ!」

 葵は、ピースサインを元気よく突き出してニカッと笑った。葵はよく怪我をするが、全然へこたれない。


「それは良かったわ。筆頭との特訓中って聞いたのだけど」

「そう! 防御だけじゃなくて、攻撃も出来たらなーって思って。筆頭さんに相談して、色々やってみてるんだ。まだまだ難しいんだけど」

「頑張っているのね」

「えへへー。しょっちゅう修理課行ってるから、淡雪さんに『常連さんだね』って言われたんだ」

「たぶん、淡雪さん褒めたつもりはないと思うわよ……?」

「そうなの? 淡雪さんってすごいよね。修理早くて優しくて、綺麗だし。髪も綺麗でふわふわで」


 葵の頭の中には、淡雪の姿が浮かんでいるのだろう。ふわりと真っ白い髪。高い位置で結われた髪も、顔の横で揺れている髪も、毛先だけが薄い水色になっている。葵が見惚れるのも分かる。


「自分のショートヘアも気に入ってるけど。あ、紅花ちゃんのさらさら黒髪ハーフアップも好きだよ!」

「……葵。それ、淡雪さん本人と、修理課の人たちの前で言っちゃだめよ」

「え、なんで?紅花ちゃんの髪も綺麗だよ?」

「そっちじゃなくて、淡雪さんの髪のこと」

「前に、管理課の課長さんにも同じこと言われたけど、どうして?」


 葵は首を傾げて、なんで、ともう一度聞いて来る。悪気がないことはよく分かっている。だが……。


「話しておいた方がいいかもしれないわね」

「?」

「葵は今いくつ?」

とおとせ十年


 付喪神は開化してからの年齢を十年ごとの区切りで言い表す。ヒトで言えば年齢のようなものである。見た目は変わらないのだから、この年数が年上、年下、の基準になる。紅花は、ももやそとせ百八十年、筆頭は、みほななそとせ三百七十年である。


「今から話すのは、葵が本部に入る前の事件。七十年前までは、淡雪さんの髪の色は、薄水色一色だったの」

「え」

「七十年前の冬、何の前触れもなく、警備課が襲われて、多くの怪我人が出たの。私と筆頭は別件で本部にいたから、被害には遭わなかったわ」


 筆頭と、この事件について少し話した時、筆頭の口ぶりからは、もし自分が現場にいたら状況は違ったかもしれない、という後悔が滲み出ていた。それは、少なからず紅花にもあった。


「当時、現場に修理課も出動したわ。怪我をした職員たちの応急処置をしている最中に、淡雪さんは刺された。刃物のようなもので」


 話を聞いていた葵の喉が、ひゅっと音を立てた。驚きと、その状況を想像しての恐怖からか、声は出ず、空気だけが通ったようだった。


「重傷者一名、軽傷者八名、行方不明者一名を出した、大きな事件だったわ。犯人はまだ捕まっていない。淡雪さんは、その時の怪我が原因で、自身の砂時計の砂が多く流れ出てしまった。そしてそれ以前の記憶を失ってしまったの。髪の色はその時に白くなったわ」

「そ、そんなことが……」


 葵は、喉の奥から絞り出すように声を出した。現場にいた、いなかったの差はあれど、この事件のことは本部の者たちは知っている。知らないのは葵のように最近入った者だ。


「でも、七十年分の新しいこと、新しい記憶が蓄積されて、最近はよく笑うようになったと思うわ。よく怪我をする子もいて大忙しでしょうし」

 葵は、いつものように頬を膨らませて言い返さず、視線を下の方で泳がせている。


「あたし、あんまり修理課に行かない方がいい……?」

 何も知らずに淡雪に接していたことに、落ち込んでしまったようだ。知らないままの方がいいのではないかとも思ったが、それでも知っておくべきだと紅花は結論付けた。


「そういうことじゃないわ。葵の元気は、周りを明るくする。変な遠慮はせずに、修理課に行っていいと思うわ。言いたかったのは、淡雪さんの髪の話はしないでってこと。淡雪さんや修理課の人たちに、事件の話をさせたくないからよ。辛い記憶をわざわざ掘り起こす必要はない」

「うん。分かった」

 葵は真剣な表情をして、深く頷いてくれた。少々突っ走るところはあるが、相手の気持ちをきちんと考えられる、頼もしい後輩だ。





 本部に戻ると、一直線に鳩が飛んできた。紅花の帰りを待っていたらしい。腕にとまらせて、頭を撫でると、クルックーと返事をする。紙を解いてから、鳩を受付嬢に渡す。多くの鳩はこの受付にある鳥籠の中にいる。私室に鳥籠を置いていて、一緒に過ごしている人もいる。


 紅花は、紙に目を通す。とある高校で起きている、不可思議な出来事の調査をして欲しい、ということだった。第一班の三人で調査にあたるとのこと。葵にも同じ紙が届いているようで、横で鳩を笠の上に乗せたまま読んでいる。


「おーい、二人とも。おかえり」

 筆頭がエントランスのソファに腰掛けて手を振っていた。本来、相談者が座るところを占領している。まあ、相談者がいなければ、使っても問題はない。今日は訪ねてくる人も少ないようだ。


「ただいま戻りました」

「ただいまですー」

 紙には簡単な内容しか書いていなかった。詳細は筆頭が知っているということだろう。葵がメモを取り出し、聞く体勢を整えた。


「今回の案件の概要は、紙に書いた通り。もう少し詳しく話すと、場所は隣町の空木高校、通称空高。相談者は、そこの講師として出入りしている、黒板の付喪神。放課後になると、女子生徒がパーティードレスやメイド服、袴、などなど、着飾った格好で校内を歩いてるんだって」

「それが、不可思議なこと? そういう部活じゃなくて?」

「俺もそう思った。でも、空木高校にはファッション部やそれに近い部活は存在しない。加えて、着飾って校内を練り歩いていた、当の生徒たちはそれを覚えていない」

「それが、付喪神の仕業だということですか」

 筆頭は、うーん、と頷くでもなく首を振るでもなく、微妙な返事をした。


「そうだと思うんだけど、一体何のためにしているのか分からない。何か生徒たちの間で話題になっちゃってるらしいんだよね。誰かヒトが仕掛けた大掛かりなファッションショーだ! って。その可能性もあることはあるし」

「まあ、私たちで調査して、付喪神が関わっていないと分かったら、その生徒たちの安全は確保されるってことになりますし、とりあえず行きましょう」

「そうだね。よし、出発しよう」


 筆頭がソファから立ち上がった。葵はそわそわと、階段を上りかけている。何かを修理課などに取りに行くのかと、何か忘れ物? と声をかけたら、すごくショックを受けた顔をした。


「え……」

「どうしたの、私何か変なこと言った?」

「だって、学校潜入するんだよね? 高校の制服着て潜入しないの?」

 どうやら、その学校の生徒になりきって潜入するつもりだったらしい。付喪神からの相談で、おそらく話は通してあるはず。わざわざ制服を着る必要はない。


「ありだね」

「は?」

 筆頭が、無駄に神妙な顔で頷いた。絶対面白がっている。紅花はため息をついて、葵を階段から呼び戻す。葵の足元がほのかに色づき、そしてまた白色に戻る。


「葵は良くても、私は似合いませんよ」

「そんなことない! 紅花ちゃん絶対可愛いよ」

「あと、筆頭は絶対に生徒は無理です。先生でもギリです」

「ギリなの!? こういう先生いない? だめ?」

「うさんくさそうなので、ギリです」

「あー、確かに」


 予想より筆頭がショックを受けていて、何だかかわいそうになってきた。ふと、視界の端で申し訳なさそうに、あの、と言っている受付嬢に気が付いた。近寄っていくと、楽しそうなところすみません、と前置きをされた。


「そろそろ出発しないと、例のファッションショーに間に合わなくなってしまいます」

「えっ、そうなの? 筆頭! こんなことしてる場合じゃないですよ」

「もうこんな時間だったか。ごめんごめん。葵、制服はお預けだ」


 葵は残念がっていたが、時間がないなら仕方がないと、諦めたらしい。

 筆頭は、受付嬢に端的に確認をした。


「月華は配置済み?」

「はい。佳月かげつ夕月ゆうげつ弦月げんげつが向かいました」


 彼女は、手元の表を見て即座に答えた。下を向いて少しずれた帽子を元の位置に戻し、微笑んだ。首元のスカーフもノースリーブのワンピースも、きっちりと身に付けている。さすがは本部の顔となる彼女たち・・


 受付嬢の彼女たちは、『月華げっか』と呼ばれる集団に属していて、警備課の一員である。全員が扇子の付喪神で、三人一組で一時的に結界を作ることが出来る。ここでいう結界とは、本部全体にある、ヒトの認識から外れるものと似ていて、三人が三角形を形成したその内側が同じような効力を発揮する。


「じゃあ、出発しようか」

「ねえ筆頭さん。月華の人たちってどれくらい前に向かってるの? 一緒に行ったらいいのに」

「規模にもよるけど、だいたい俺たちの到着十五分前くらいだね。彼女たちが先に結界を作ってくれているから、俺たちがスムーズに入っていけるんだ。ヒトがいっぱい集まっているところに俺たちが突っ込むの、大変だから」

「確かに。あたし人混みの中だと潰されちゃう」

 そもそも、ヒトに付喪神のことを知られてはならないのだから、ヒト払いは必須である。


 結界により、認識の外になるということは、その中にいるヒトは自然と結界の外に出ていく。通報があると、まず月華を配置してから、その後で戦闘担当の者たちが出動する、という順序になっている。

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