第2話 彼方と此方の供ー4(了)
*
数日後、クロガネが本部を訪れた。修理課で診てもらうのと、紅花たちへの報告をしに来たと言う。
「あの後、担当者のお方をなんとかして戻してもらい、それがし、共に博物館職員として働くことになったのだ。本当に感謝する」
「いや、クロガネくん自身の頑張りだよ。数日でその行動力は凄い」
「そのようなことは。ああ、そうだ、一つお願いがあってだな。それがしを鍛えてはくれないだろうか」
「鍛える?」
「ああ。今度こそ、主を守れるよう、強くなりたいのだ。頼む!」
体を二つ折りにして、懇願している彼を見て、葵がピシッと手を上げた。
「じゃあ、あたしと一緒に鍛錬しようよ」
「いいのか!」
葵とクロガネが一緒になって、目で訴えてくる。二人とも同じような表情をしている。
「いいと思うわよ」
「俺も」
紅花と筆頭の許可が出て、二人はハイタッチをしていた。葵の方がずいぶん背が小さいのに器用だ。鍛錬室へ駆けていって、葵が途中で立ち止まった。
「紅花ちゃんも一緒にしよう!」
「あー、私は遠慮しておくわ。二人で頑張って」
「そっかあ……分かった」
この後、仕事は入っていなかったので、私室に戻って休むことにした。
唐紅色に色付く扉を開けて、紅花は私室に入った。ベッドと、テーブルに椅子、そしてクローゼット、私室にあるものは基本的に同じだが、好きなように入れ替えてもアレンジしてもいいことになっている。紅花は、テーブルの上に花を置いているくらいで、ほとんど初期のままで使っている。
「はあ……」
紅花はため息と共にテーブルに突っ伏した。今回の件、本当にこれで良かったのかと、どうしても考えてしまう。壊れたいと願っていたのに、こちらの消えないで欲しいという想いから、こじつけのように理由を並べて、在り続ける選択をさせてしまったのではないか。ならば、望み通りにしてあげれば良かったのか。分からない。
腕に顔を埋めて、瞼を閉じた。
どのくらいそうしていたのか、起き上がると、腕が少し痺れている。扉の向こうからノックの音がして、紅ちゃん、と呼びかけられている。筆頭だ。
「……はい」
まだ少しぼうっとする頭で、返事をした。扉を開けると、筆頭が片手を上げていた。廊下と部屋にそれぞれ立ったまま、用件を聞く。
「何ですか」
「会議室においで。葵がパンケーキを買ってきてくれたからさ、苺の乗ってるやつ」
「葵が、ですか」
確か葵はチョコレートの方が好きだったはず。スイーツを買うときはいつもチョコを選んでいたのに。どちらかといえば苺は、紅花の好物である。
「紅ちゃんが元気ないからって、クロガネくん送った帰りに買ってきたみたい。でも、帰って来てから、『元気がないのあたしのせいだったらどうしよう』って急に弱気になっちゃって。で、俺が呼びに来たってわけ」
「違います、葵のせいじゃ――」
「うん」
たった一言、そう言われただけなのに、頭を撫でられたかのような安心感があった。こちらを見て微笑んでいるのも、今は不思議と嫌ではない。
「クロガネくんのこと、これで良かったのかって考えてた?」
「……そんなところです」
「あの時、喧嘩煙管を取り上げたのって、そうなった場合は紅ちゃんが撃つつもりだったってことだよね」
「ええ、まあ。勝算は五割ってところでしょうし」
「六割はあったよ」
「そう変わらないじゃないですか」
クロガネが、博物館の職員を今の主と認識して、壊れることをやめる確率はおそらく五割から六割程度だった。つまり、主は過去にしかいない、と答える可能性も充分にあったのだ。もしそう答えたなら、筆頭は本当に鎧を壊す気だった。彼の望みを叶えるために。どうなるか分からなかった、だから葵にも全部をその場で話す余裕がなかった。
壊すことになった場合、その役は紅花が担うつもりでいた。だから喧嘩煙管を取り上げて、その意思を筆頭に伝えた。
「紅ちゃんがすることないんだよ」
「そのままお返しします。筆頭がしなくていいんです。というか、出来るんですか、筆頭に」
煙管として、壊すことなど求められず在り続けたこの人が、物を壊すことが出来ると思えなかったし、見たいものではない。銃の自分ならまだしも。
「……嫌な言い方をしました。すみません。寝起きで頭が回っていないようです」
意地の悪い言い方をした自覚があり、紅花はすぐに謝罪した。筆頭は微笑んだまま一つ頷くだけだった。
「これで良かったのか、ってやつ、俺にも分からない。クロガネくんがあのヒトとずっと一緒にいられるわけじゃない。一人になった時、また同じことを繰り返すかもしれない」
「……」
「でも、今かなり楽しそうだよ? 博物館でのことを笑って話していたし、葵との鍛錬も楽しそうだった。今は、それでいいんじゃない?」
「そうですね」
今の笑顔を、否定することはしなくていい。紅花は筆頭の言うことに頷いて、廊下に出た。会議室に行くと、葵が扉に背中を向けて座っていた。そわそわしていることが笠で隠れた背中からも伝わってくる。
「葵」
「あ、紅花ちゃん。えっと、その」
「ごめんなさい、心配かけて。葵のせいじゃないのよ」
「本当?」
「本当に。パンケーキ買ってきてくれたんでしょう。ありがとう。一緒に食べましょ」
「うん!」
葵がぱあっと顔を明るくさせて、立ち上がった。皿やフォークを準備してくれるらしい。二人分を持ってきて、テーブルに並べる。
「あのー、俺も食べたいなー」
筆頭が葵にそろーっと声をかけるが、葵があっけらかんとして答える。
「これはあたしが紅花ちゃんのために買ってきたやつだから、紅花ちゃんがいいって言ったら、筆頭さんもいいよ」
「なるほど。紅ちゃん、俺もパンケーキを」
「だめです。葵と二人で食べます」
「わーい、半分こだー!」
一人分が大きくなって、素直に喜ぶ葵は可愛い。筆頭は、その横でふてくされている。
「えー……」
まあ、一口くらいなら、分けてもいいかもしれない。
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