第22話 レイちゃんの営み

 風に流されることもなく浮いていた光精たちが、そそくさと廃工場の中へと移動していく。

『話は終わったみたいだね』

 群れから外れたレイちゃんが寄ってきた。

「一応、レイちゃんにも感謝すべきなのかな。お陰で賢治が打ち明けたかった話を聴けたよ、ありがと……」

『僕を受け入れたスミへのささやかな返礼さ。本当は中にもっといるのだけど、僕の呼びかけに応えてくれたのが彼らだけでね。それでも期待通りの演出ができたみたいで良かった』

 レイちゃんは満足そうに心情を打ち明けてくれる。

 レイちゃんの声は私の心の声でもあるけど、聞いているだけで心が安らぐ。思い出の音色のように染み込んでくる。

「十二分だよ。――私たちが中を見回ったときは、光精のこの字も見当たらなかったけど、どこにこんな沢山隠れていたの?」

『君たち大きな音を立てて光精たちを驚かしただろ? それでみんな、一時的にゴミの山の中に隠れていたようだよ』

 アースちゃんの強烈な石弾のことだろうな。

「なんか悪いことしちゃってたんだね。ごめんね」

『構うことないさ。僕はその場にいなかったし、他の光精も音がして驚いたことなんてすぐに忘れてしまう』

「さすが、自然界の精霊は逞しいね」

 これがスーであったのなら、三十分は私の鎖骨の窪みに隠れようとするだろう。あるいは後ろ髪とうなじの間らへん。

 まあ、他の水霊と比べてもスーが特別に臆病というのもあるけれど。

『スミに言うかどうか迷ったが、やはりちゃんと伝えておくべきだろう』

「改まってどうしたの? レイちゃん」

『君の魂にはまだスーの残滓が残っている。取るに足らない無視できる範疇だから、心配する必要はない』

「そうなの? 嬉しい誤算だな。そっか、まだスーがここにいるんだ」

 胸に手を当てて意識を集中させる。

 気配は感じないけど、目を閉じると棒人間のスーが浮かんでくる。

『僕も一端(いっぱし)の光精として、スーの残滓を完全に浄化するつもりだ。と同時に、その時がスミと僕との関係の最後になる、と告げておくよ』

「スーが浄化されたら、私からレイちゃんもいなくなっちゃうんだね……。いつ頃浄化が終わるの?」

『教えてもいいが、知りたいかい?』

 そう言われると……。別れる日を知りながら付き合うのは、ちょっと嫌かな。

 答えの代わりに首を横に振る。

『少なくとも、ゴミの問題が解決された後になるだろう。その時が近づいたら、事前に一言伝えるよ』

「了解。すぐって感じじゃなさそうだし、このことはあんまり気にしないようにするよ。にはは」

 嬉しいのと同時に悲しいお知らせでもあったけど、仕方のないことだ。レイちゃんにはレイちゃんの営みがある。

「今日はもう帰るか」

 賢治が言った。声に張りがなくて疲れてる。

「大賛成。帰ったらやらないといけないことがあるから、早く帰ろう」

「他に用事があったのか?」

「日記に書く事が多いから大変って意味だよ」

「なるほど、そいつは大変な作業になりそうだな」

 ははっ、と笑う賢治に先程まであった淡い雰囲気は完全に霧散している。

 まったく、他人事だと思って……。腹いせに、これでもかってくらい日記に賢治のことを書いてやろう。

 何年後かに読み返した時に、逆に賢治のことを笑ってやるんだ。にはは。

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