第21話 け、賢治とチュー!?

「それでー、賢治……話ってなんなの?」

「あ、ああ。俺もこういうの初めてでなんて切り出せばいいもんなのか……。俺たちって出会ってからもう五年くらい経つよな」

「うん、そうだね」

 会話の雰囲気から、賢治がなにかを打ち明けようとしてくれているのが伝わってくる。

 私じゃ頼りないかもだけど、頑張れ賢治! 私はいつだって賢治の味方だよ!

「初めてお前に会った日から、なんか凄い新鮮な感じのする奴だなって思ってて、今もそう思ってる。お前みたいなの、他にいないんだよな。普段はすこしアホっぽいのに、いざって時は頭が回って自分のことより友人のことを優先して行動して。こっちは善意で奢っているのに、お礼をしようと几帳面に日記に金額を書き残したり。お調子者のフリして、根は真面目で何かと気遣いシーで。ノリが合うし。よく笑ってくれるし」

「うーん……若干、悪口入ってない?」

「そこはいいだろ……褒めてんだよ!」

「やっぱり褒めてくれてた!? じゃないかとも思ったんだ。にはは!」

 扱いやすいのはほんと助かる、という声が聞こえた気がした。

 たぶん私の気のせいだ。

「いくら鈍いお前でも、さすがに気がついているかも知んねぇけどさ。ここに連れてきたのは、お前に伝えたいことがあるからなんだ」

「うん。――話なら聞くよ。聞くんだけど、賢治顔すごく赤いよ? 大丈夫?」

 まるで茹でダコの様相だった。

 雨で濡れて頭は冷えているはずなのに……。いや、だからこそ赤くなっているのか? 風邪でも引かれたら大変だ。

 私が顔を覗き込もうとすると、賢治はあたふたと慌てた。

「大丈夫じゃないけど、大丈夫だから。顔のことは気にしないでくれ!」

 大丈夫でないことの何が大丈夫なのか。

「賢治変だよ? 風邪、引かないでね」

「そういうお前は平気なのか?」

 肌寒くないと言えば嘘になるけど、依然としてぽっかりと空いた雲間から差し込む陽光のお陰で、寒さは気にならなかった。

 寒気よりも、動くたびに胸からおへそにかけて張り付く服の生地が、着いたり離れたりする着心地の悪さが気に掛かる。

「平気だけど、肌に張り付いた生地が擦れるのがちょっと気持ち悪いかな。って、関係ないか。にはは」

「ふ、服をたくしあげるな! お前、へそが丸見えだぞ!」

 見せつけるつもりはないけど、見られて困るものでもない。賢治相手ならなおの事だ。

 でも何故か困らせているみたいだから、服は戻しておこう。

「はあ……。折角ムード作ろうとしても、まあ俺たちじゃーこうなるよな」

 知らぬ間に失望させてしまったみたい。

 話の腰を折ってしまったのは申し訳なく思うけど、風邪でも引いたのではないかと心配に思ったのは本心からだ。

 ど、どうしよう……珍しく賢治がマジに落ち込んでる。

『待たせたね』

 一番シャッターから光精が出てきた。レイちゃんだ。

 二匹、三匹、四匹、五匹……ぞろぞろと光精が現れて、私たちの頭上で群れを作った。

 明るいけれど、眩しいほどではなく。

 暖かいけれど、暑いほどではない。

 ――まるで祝福するためだけの光だ。

「ねぇ賢治凄いよ! こんなに大勢の光精が私たちを歓迎してくれてる! ……綺麗。なんかさ、お空に吊るしたシャンデリアみたいじゃない!?」

 賢治は呆れたように鼻で息を吹いた。

「相変わらず独特だよな、お前の例え。――光精にはその場にいる皆が幸せになりますようにって、意味があるんだったよな」

「うんうん! 私たち絶対幸せになるよ。だって、こんな沢山の光精たちが祝福してくれてるんだもん」

 賢治は私を真一文字に見据えて、大きく息を吸い込む。

「好きだ……付き合ってくれ!」

 覇気をも感じる力強いお誘いだった。

 ゴールデンタイムのドラマの初回冒頭で、こんなシーンあったな。

 そうして平身低頭に手を差し出す男の子に、同級生の女の子が景気の良いビンタをかます。

 罵詈雑言の雨嵐を浴びせて、断りの文句を残して去っていく。

 初回こそ高視聴率だったらしいけど、話数を残して足早に打ち切りして終わった。

 私は後釜となった通販番組を観ながら、ダイエットって大変なんだな~と呟きつつ、密かに楽しみしていたドラマの終了を惜しんだものだ。

 あの告白めいた冒頭シーンは、結局女の子の勘違いだったというオチだった。

「うんもちろん。私も賢治のこと好きだよ? 付き合うのは全然いいんだけど、次は何処に行くの? 廃工場はしばらくリストから外して貰えたら嬉しいかな」

「…………付き合うってのはそういう意味じゃなくてだな、異性として交際したいって意味で言ってるんだよ」

 賢治は言いにくそうに補足した。

 異性として交際する? 私と賢治が? 私の知っている展開と百八十度違う。おいドラマ製作陣、そんなんだから打ち切りの憂き目に遭うんだよ!

 ああああああああ。目頭が熱くなってきた。

 リソースの無駄使いをしている余裕はない。

 ドラマは忘れろ。重要なことだけを考えるんだ。

 そもそも異性として交際というワードの意味からして不明瞭ではないか。

 私はピックアップされた口にしても大丈夫そうな言葉たちを、慎重に吐き出す。

「私が!? 賢治と!? その……恋人になるの?」

「お前の返答次第では、そうなる」

 良かった、まだ確定事項じゃないんだ。って、安心している場合か?

 恋人とか、彼氏とか、もっとずっと未来の話だと勝手に想像していた。

 友達の酸いや甘いの話も、どこか遠い惑星の出来事のように感じていた。

 現実感のない出来事が、私の身に起きようとしている……。

 よく考えよう。

 私もいつかは誰かとお付き合いして、結婚して、幸せな夫婦円満な家庭生活を築きたいと思っている。

 まだ見ぬ未来に、賢治より頼もしくて、賢治より気楽におしゃべりできて、賢治より気遣いできる男性と出会えるものだろうか?

 私の短い経験則からジャッジに、可能性は低い。

 だったら、ここで賢治と交際することになんの問題があるというのか。いや、問題はその先にある。

 ――異性として交際するって、なんだ? どうすればいい? どういうことなの?

 世に言うチューをすれば良いのか? 私と賢治がチュー!? 無理無理無理! 絶対無理。想像しただけで恥ずかしさで死ねる。

「はは! お前も顔赤くなってるぞ?」

「け、賢治のせいじゃん!」

「悪い悪い。それでまあ、返事はすぐじゃなくていい。今日は色々ありすぎて冷静な判断できないだろうし」

 お言葉に甘えさせてもらおう。

 賢治の言う『色々』を抜きにしても、冷静な判断を下させるかどうか。だってチューだよチュー。男の人と恋人繋ぎすらしたこともないのに。

 井の中の蛙が、ジャンプ一回で脱井戸するようなものだ。うん、無理だね。仮に、合間にホップステップの段階を踏んでも険しい。

「まさかお前、他に好きな男がいたりする……のか? もちろん異性としてのな」

「ないない。賢治より良い男なんて会ったことないよ」

「……そう、なのか」

 率直な意見を言っただけなのだけど、賢治はどう受け取ったのか、気恥ずかしそうに俯いた。

 賢治までこの体たらくでは、場の空気がもたないよ。

「ねえ賢治、とりあえず深呼吸して落ち着こう。私も深呼吸するから」

「名案だな」

 なんだか賢治の方を見ていられなくて、背を向けて息を整える。

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