第18話 逆にすごい、山田さん

「ごめんなさい。私たち人間のせいだよね。私も同じ人間だから、謝るよ」

『気持ちは嬉しいが、スミと家具や家電を捨てていった人間は別個体だ。スミが謝る事ではないよ』

「レイちゃんは優しいんだね」

『……。説明を続けるよ。彼女、山田 友子は当初、そんな家具を捨てていく人間の一味だった。ある時ついに、この一帯を統べる雷精が怒って、山田 友子に襲いかかった。僕もちょうど捨てられた家具から念を浄化しようと、居合わせていてね。雷精に提案したんだ。人間を殺すともっと面倒なことになる、それより彼女を僕らのために利用しないか? ってね』

「利用って、どういうこと?」

『雷精の中には電磁波が得意なものがいる。電磁波で人の無意識に影響を与えて、僕らのためになるよう動いて貰うことにしたんだ。幸運なことに、彼女は電磁波で無意識下の影響を受けやすい体質で、僕らには電磁波を得意とする雷精がいた』

 山田さんと一緒にいた雷精のことだろう。

 人間が精霊を扱いやすいよう調教するのはよく聞く話だけど、精霊が人間をコントロールするなんて寝耳に水な話だ。

「なんだか体の具合が悪くなりそうな話だね……」

『悪影響はあるだろうね。性質からして雷精は感情的になり易い。そういう時は、電磁波を通して対象に負の感情を無理やりリンクさせて、自身の気持ちを鎮めることができる』

 とり憑ついた雷精がストレスを感じると、寄生先である人間もストレスを感じて感情的になる、ということか。なんて便利で恐ろしい力だろう。

 あの鎮雷祭の日、雷精から伝わってきた負の感情は、電磁波の影響をすこし受けたからのかな。

 ふと、妙ちゃんのことを思い出す。

 妙ちゃんは雷精にとり憑かれたようにまとわりつかれていた。

 あれは、たまたま妙ちゃんが一番電磁波で操りやすい体質だったから、その標的にされていたんじゃないか。

 やっぱり妙ちゃんがあの雷精を操っていたわけじゃないんだ。真相は真逆だったんだ。

 とすると、雷精が急に我を失って暗雲に消えたのは、警察の人が妙ちゃんとを担いで移動した際にリンクが切れて、抑えられていた感情が一気に爆発して混乱したからだったのかな。

「負の感情をリンクさせるって、逆に人から雷精に影響があったりするの?」

『僕はそこまで詳しくないが、可能性としては考えられると思う』

 あの時私が雷精に執拗に狙われていたのは、妙ちゃんの怒りの矛先が私に向いていたからだったんだね。

 妙ちゃんに悪気はなかったんだ。悲しい現実だけど、受け止めないと。

「……教えてくれてありがとう」

『憂いているような、妙に得心が行ったような、複雑な表情をしているね。……でもあのまま雷精に殺されてしまう未来よりは、山田 友子も良かったんじゃないかな』

「そう言われると、そうかも知れないね」

 首から下を泥に捧げられている山田さんは、「手も足も出ませええーーん! もうしませんからぁ、解放してくださあぁーい。お願います、お願いいたしますぅ」と涙ながらに、賢治とアースちゃんにアヒルのように魔断なく訴えている。

 天辺の泥が二回跳ねる。

 山田さんの気づかぬところで、無慈悲な『NO』が告げられた。

「それじゃー山田さんって、ここでなにをさせられていたの?」

『疲弊した光精を町の教会に移動してもらっていた。鞍替えした結果、山田 友子の生活水準は向上したようだから、彼女にとっても特のある内容だ。僕ら光精はもちろんのこと、一帯を統べる雷精も土地の穢れを阻止するのに一役買っている彼女には、助けられているんだ』

 私はてっきり山田さんのことを、家具を捨てに来た悪徳業者だと思ったけど、勘違いだったらしい。

 よくよく考えてみれば、バイクで家具を捨てに来るのは無理のある話だ。

 山田さんが最初に持っていた特殊な虫取り網と大きなカゴは、疲弊した光精を捕まえて、教会に売り渡すためだったのか。

 売られた光精は演出のためだけに世に放出される。また強い念に惹かれて戻ってくるけど、その間に力を回復する。という仕組みが出来ているらしい。

 うーん。光精を行政の許可無しに捕まえるのは違法行為だ。

 この山田さんが、律儀に厳格な試験を通る努力をするだろうか? そして品行下劣な性格でパスできるものなのだろうか? 申し訳ないけど、ありえないと思う。

 この手の問題は残念かな、よくテレビで取り上げられている。

 山田さんもその氷山の一角として考えたほうがしっくりくる。

 それはそうと、山田さんの行いは精霊側の望むところでもあるんだ。

 人より弱い立場にある精霊を守るために定めた人間の法と、精霊の利益とが、現状相反してしまっている。

 どちらを優先すべきか私には判断できない。

「とりあえず……山田さんは私が思っているほど悪人じゃないってこと?」

『悪人かどうかで断ずれば、山田 友子は悪人だろう。そこに程度の問題を加味して考慮するのであれば、そういう言い方もできるね』

 山田さんが私たちにしたことを許す気にはなれないけど、レイちゃんの話を聞いているうちに、百十番する気が失せてしまった。

「じゃーどうしよう、これ」

 私は、首を左右に振って無意味にもがく山田さんを見下しながら、考える。

 通報しないにしても、なんのお咎めもなく野放しにするのはなんか嫌だ。

『山田 友子には少なからずの恩がある。僕に免じて、通報は許してもらえないだろうか』

 レイちゃんに頭があったら下げているであろう、誠意の篭った口調だった。

 そう言われると弱いんだよね……。レイちゃんには私とアースちゃんを助けてくれた恩があるから。賢治のことも助けてもらっているし。

「この人は金儲けのためにしていることとは言え、精霊の役に立っているんだもんね……。わかったよ」

 私は携帯端末の画面を落としてポケットに戻した。

『ありがとうスミ。感謝ついでにもう一つ頼みがある。僕のことをパートナーとして、スミの側に置いて欲しい』

「私の側に? ……光精のレイちゃんが?」

 光精は本来、人に懐くことはない。

 全てを満遍なく光で照らす、故に、何かに執着することがない。

 死骸に集まることはあるけど、用が済んだらどこかへと消えてしまう。執着はしない。

 レイちゃんが変わり種の中でも特出した存在であるのは、まず間違いない。

 もし行動を共にすることになったら、否が応でも世間の注目を浴びることになるだろう。

 ……テレビに出ちゃったりするだろう。

 ……化粧を勉強する必要が生まれるだろう。

 いやん、恥ずかしい!

『世の注目に晒されると思う。そこで僕らの出会いについて話す機会があるはずだ。難しく考えないでいい。この山に捨てられた大量のゴミに言及してくれるだけでいい』

「わかった。私もこのまま知らんぷりなんて嫌だから、協力するよ」 

 正直かなり不安だけど、断るという選択肢は思い浮かばない。

 精霊に迷惑をかけたのは人間なのだから、人間の誰かが尻を拭うべきで。選ばれたのがたまたま私だったってだけの話。

「でも、レイちゃんは私がパートナーで本当にいいの?」

 やむにやまれず仕方なく、ということであれば、私なんかが相棒で申し訳なく思ってしまう。探せば私以上の適任者が見つかるか可能性だってあるわけだし。

『嫌々で提案していると思っているのかい? 僕だって相手くらい選ぶさ。長いこと生きてきたが、こんなに波長の合う人間は他にいない。それにもし誰でもいいのであれば、山田 友子をパートナーにしているよ。だけども彼女と僕とでは…………察してもらえないだろうか』

 肌が合わない、って言いたそうだ。

 山田さんと気の合う人間だって世界広しと言えどもそうはいないと思う。

 ――全てに平等に接するとされる光精にまで嫌われる山田さんって、逆にすごい。

「私である必要があるんだね?」

『僕の好みの問題でもあるけど、そう思ってくれると助かる』

「わかった。レイちゃんを歓迎します」

『僕を受け入れてもらえたこと、感謝するよ。実は、雷精にはもう話を通してあるんだ』

「え、もう!?」

 賢治を見逃す交換条件に、このゴミ問題を私たちに解決させる提案をしてあったというのか。

『スミを一目見た時には、決めていた』

「に、にはは……恐縮しちゃうな」

 山田さんを助けた時も、似た感じで雷精を承服させたらしいし。

 レイちゃんは私の想像を絶する策士なのかもしれない。

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