第13話 アースちゃんの究極形態

 パアァァーン!!

 近くの一番シャッターから、目にも留まらぬ速さで飛来する石ころが、雷精に直撃した。

 雷精は三メートルばかし吹き飛んで、地面を転がる。

 痛そうなんてものじゃない。

 ジ、ジジ、ジ、ジ……と、まるで空腹でのたうつセミのように、地面と擦れて痛々しいノイズ音を発している。

「大丈夫か!? まさか外にも雷精がいるだなんて……」

 賢治だ。賢治が来てくれた! 肩にはアースちゃんもいる。

 駆け足で寄ってくる賢治を、私は歓喜で迎える。感動で泣きそうだ。

「無事だったんだね、良かった……本当に良かったよ。ごめんね、私賢治たちのことを――」

「謝るのは俺のほうだ。一人にして悪かった。怖かっただろ? ごめんな」

「怖かったよ! 賢治たちにもし何かあったらって思うと……」

 想像すると、ほんとうに涙が流れた。

「俺としては、俺たちよりも自分の心配をして欲しかったけど、まあお前らしいか」

「私はそんな薄情じゃないよ?」

「知ってる」

 賢治が不敵に笑うから、私も釣られて意味も分からず「にはは」と笑う。

「でも賢治、あの雷精はどうしたの?」

 まさか倒したってことはないと思う。でも建物から追って出てくる気配もない。

 賢治はナゾナゾに苦悩するように目を泳がせた。

「それが俺も良く分からないんだけどさ、光精が割って入ってきたんだ。そしたら雷精のやつが急に大人しくなって、その隙に逃げてきた。なんだか知らないが、ピカピカ光り合ってコミュニケーションを取ってるみたいだった」

「光精が?」

 すっかり忘れるとこだったけど、賢治がここへ来たのは沢山いるらしい光精にあうためだ。

 光精は光精同士、光の強弱を利用してコミュニケーションを取っていると言われている。

 雷精であれば雷精同士、雷膜を接触してコミュニケーションを図る。

 光精と雷精のコンタクトの取り方は知らない。そんな話し聞いたこともないから。

「お前の方はどうなってんだ? なんかおっかない顔したライダー姿の人がいるけど。まさか、お前を迎えに来たかぁちゃんってわけじゃないよな?」

「冗談やめてよ!! 私のお母さんは、もっと可愛げがあるもん! たぶんだけど、あの人が問題を引き起こしているんだと思う」

 確証はないけど、状況が物語っている。

「問題を? どういうことだ?」

「ほら、あのゴミの山」

 それだけ伝えると、賢治は得心が行ったように「あれか」と頷いた。

「あと、そこに転がっている雷精は、彼女に良く調教されているから気をつけて。妨害電波とかで、時間はあったのに警察に連絡できなかった……ごめんね」

「謝らないでくれ、お前は良くやってるよ。あの場から上手く逃げ切ってくれただけで、精神的にかなり助かった」

「感謝されているようで、酷い言われようじゃない?」

「褒めてるんだよ。これでもかってくらいにさ」

「そっか。賢治に褒められると悪い気はしませんな。……あ!」

 私の喜びも一入に、転がっていた雷精がゆっくりと浮かび、ライダー女の頭上によろよろと戻っていく。

 先ほどの一撃がよほどこたえたようで、雷膜の大きさがふた回りほど小さくなっている。

 ここまで力が弱まると、驚異には感じられず、可愛らしくさえ思える。赤ちゃんライオンのそれに近い。

「なああんた手打ちにしないか? あんたのことは警察に言わない。だからどこへなりとも消えてくれ」

 賢治の示談案に、女性はまるで聞き入れる耳を持っていない様子で、鼻に皺を寄せた。

「……ブチ、殺ス……」

「あんたの大事な雷精に一発かましたのは、まあ悪かったよ。でもさ、あんたにだって非はあるだろ?」

「……良くも私の仕事道具を……潰ス……」

 目が本気だ。神をも恐れぬ鬼の形相。

 あの時の妙ちゃんに似てる。私たち以外のことが見えていない、怒りに支配されている。

「その雷精の状態で、まだ俺たちとやろうってのか? っち。仕方ない、アース、お前の全力の姿を見せてやれ!」

 アースちゃんは賢治の肩で一度シコを踏み、自ら地面にダイブした。

 駐車場にのさばっていた土が、アースちゃんの元に集まっていく。

 どんどん身体は膨らんで、アーチ状の足の数は倍になり、長身は賢治をすこし越した。

 丸く膨らんだ核の部分が、二つのアーチを繋ぎとめるようにして、中央にある。

 これがアースちゃんの真の姿? 小さかった造形は、人間社会に適合させた省エネ状態だったというわけか。

 先の雷精との防衛戦でアースちゃんも体力を消耗しているはずだから、多少の虚勢はあるのだろう。

 それでも見た目に大きいというだけで、威圧感がすごい。

 どう逆立ちしたって、女性に勝ち目があるとは思えない。

 ――そんな私の知見を嘲笑うように、女性は下卑た笑いで澄んだ空気を淀めかせる。

「フヒヒヒヒヒヒヒ! 付き合うわよ? さあ、第二ラウンドの幕を開けましょう」

 女性は後ろ手に腰のあたりをまさぐると何かを取り出して、雷精のいる中空へと投げ放った。

「しまった!」

 激しい雷光と弾ける音に、賢治の存在が埋没する。

 すぐにやんだ。

 何かを与えられた雷精は雷膜を膨らませ、活力を取り戻している。

 起死回生。水を得た魚のよう。

 バチバチと高速で空中を移動するその風格は、まるでリング上で相手を待ち構えるボクサーのようだった。

 地面に単一電池が数個落下する。これを使って回復したんだ。

 ――あの時の悪夢の再来だ……。

「フヒヒ、リア充が! 巨乳を残して爆発すればいいんだわ!! 良い気味ね。…………攻撃しろ」

 力を得ていきり立った雷精が、勢いに任せてアースちゃんにぶつかった。

 体の土が削りとられる。

 けど、大したダメージにはなっていない。

 むしろぶつかった雷精の方が力を消耗したように見える。

 馬鹿の一つ覚えよろしく、何度も何度も効果の薄い体当たりを繰り返している。

「フヒヒヒ! 私のこれはどうして雷膜の割りに出力がこうも低いのかしら。生まれ持っての適性って奴なの? 可哀想に」

「人ごとみたいに言っているけど、あなたの雷精でしょ? ほら、またもう小さくなってきてる。やめさせてよ!」

 なんの意味があるのか。なんの意図があるのか。まったく分からない。自分の雷精を痛めつけて、悦に浸っているようにしかみえない。

「分からないのなら教えてあげるわ」

 そう言って、再び単一電池を雷精に放り投げる。

 電気を吸収して雷膜が再び膨らんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る