第11話 また出たなっ雷精霊!
「雷精!? 人生で二度も対峙したくなかった」
賢治がうんざりしながら悪態をついた。
「私は一度だって対峙したくないかな」
あの祭りで出会った奴ほどではないけど、かなりの大物だ。
雷精はこちらを警戒するように、慎重に距離を詰めてくる。
私の近くの壁にドアがあるけど、ゴミの山で塞がっている。退路も同じく。前方には雷精がいて逃げ場がない。
袋のネズミだ。窮鼠猫を噛むの精神で突貫するか? 無謀にもほどがある。丸焦げになるのが関の山だ。
「悪い、俺の失態だ。お前のことはなんとしてでも守るから、隙だと思ったら全力で逃げくれ」
「賢治は悪くないよ。この状況を予測しろという方が無理があるし。ここに来たのだって、誘いに乗ったのは私の意思で、賢治のせいじゃないよ」
「そう言われると、余計に守ってやりたくなるよ」
ジジジ……、稲妻と繋がった壁に黒い線が走る。
まだ戦うと決まったわけじゃないけど、唯で素通りさせてもらえる雰囲気ではない。
私は賢治の背中に守られながら、否応なしに後退させられる。
ふと、靴の踵がゴミの山に触れる。もう後がない。
ジリリリリーン! ジリリリリーン! と受付カウンターにある電話が繰り返し鳴った。
おかしい……十年以上前の施設で、電気が通っているはずがない。百歩譲って通っていたとして、このタイミングで鳴るのはおかしい。
電話の上で雷精が動きを止める。
『プーーーッ、プーーーッ…………伝言をどうぞ。――音がしたから何かと思って来てみれば……また性懲りもなく来たのか、愚かしい人間よ』
野獣の唸るような低い声が電話から聞こえてきた。
「ひぃ!」
思わず賢治の腰にしがみつく。
「雷精、お前が話しているのか? その電話で」
指をさす賢治の体が微かに震えている。賢治も怖いんだ。
『知れたこと。鎮雷祭に大雷精霊様にお灸を据えて頂いてからというもの、愚かなりに頭を冷やしたようだから様子を見ていたが、欲に駆られた人間はネズミのように一定数現れる。チョロチョロと視界を横切って不愉快極まりない。見つけたからには排除する、心せよ』
「待ってくれ! 何か勘違いしている。俺たちは君の領域を侵すつもりはない。このゴミのことで怒っているのなら、俺らは無関係だ。頼むから落ち着いてくれ」
『抜かせ! とうに我慢の限界だ。これ以上我らが領域を侵すことは許さん! 恨むのなら愚かな同胞を恨め!! プーーーッ、ブ!』
電話は原型を留めないほどの木っ端微塵に爆発した。
「こっちの話も聞いてくれ!」
雷精は雷膜内で激しい稲妻を起こしながら上昇していく。――臨戦態勢だ。
「クソ! 俺だって無抵抗でやられるつもりはないぞ! 土精を飼う者の嗜みを思い知れ!」
賢治はリュックから大きめのペットボトルを二つ取り出した。
どちらにも薄水色の帯に汗をかくスポーツマンのイラストが描かれている。中には口に入れたら死んでしまいそうな、ドス黒い茶色をした謎の物体が詰まっている。
「喰らえ!」
賢治は思い切り良く雷精に投擲した。
雷膜に接触した瞬間、激しい電撃音と稲光が一帯を支配する。
私は反射的に顔を背けた。すぐに姿勢を戻して状況を確認する。
ペットボトルの容器は四散していて、中の物体は周囲に細かく飛び散っている。
「アース!」
賢治が名を叫ぶより早く、飛び散ったドス黒い茶色の何かがアースちゃんの元に床を這って集まってくる。
アースちゃんが操れる物体ということは、ペットボトルの中身は土か。
雷精がこちらに向けて一直線で降下してくる。
その身に触れようものなら、私たちの身体は一溜まりもない。
恐怖で慄く私の眼前に、瞬く間に土の壁が形成された。
雷精が衝突する。
バリバリバリバリ!!
耳を塞ぎたくなるような騒音に、漆喰のように滑らかだった土壁がひび割れていく。
どうしよう……。防げたのが奇跡で、このままでは突破されるのも時間の問題だ。
「奴が土壁に気を取られている今しかない。ここは俺たちに任せてお前は逃げてくれ!」
賢治に二の腕を掴まれて、土壁の横端の方へと押し出される。
たしかにイチかバチかではあるけど、隙を突いて逃げれるのは今しかない。だけど。
「賢治とアースちゃんはどうするの!?」
私の心配を他所に、賢治は切羽詰まった状況とは思えないうすら笑いを浮かべた。
「決まってんだろ、これでもかってくらいに時間を稼いでやるのさ」
「無茶だよ……」
雷撃音にかき消されると分かっていて、それでも私は小さく呟いた。
過去の出来事が想起されていく――。
今の私はずっと無力だ。
でもそれを、親友を見捨てて逃げる理由にしたくない。少なくとも、小六だった私は逃げずに立ち向かった。……あの時の勇気はどこへ行ってしまったの?
「お前、昔のことを思い出してるだろ?」
決断できず動かないでいる私に、賢治が見透かしたように語りかける。
「なんだよその頼りなさそうな顔は。お調子者のお前はどこいったんだ? 昔のことはもう思い出すな。昔は昔だ。そうだろ? ……俺はな、今のお前に生きていて欲しいんだ」
「……賢治、こんなの危険だよ」
「心配すんな、俺もバカじゃない。アースもこう見えてかなり優秀なんだぜ? いい処で隙を突いて逃げるから、お前は先に逃げてくれ、ってだけの話だ」
賢治は明るく話すけど、そんな簡単に思い通りになる保証なんてどこにもない。
「いやだよ。賢治とアースちゃんを置いて行きたくない!」
「行け、行ってくれ。もう頼むから……」
見たことのない賢治の悲愴な顔。
一定間隔で土壁に衝撃が加えられていく。何度も、何度も。その度に、土壁に刻まれるヒビが細かくなっていく。
私は口では嫌だと言いながら、体は自然と出口に向かって動いていく。
賢治は優しいから、私のことを足でまといだと言わない。だけど、状況がそれを証明してしまっている。なら、私に出来ることって――。
「賢治を信じるよ。絶対無事でいてよ? 外に行って助けを呼んでくるから!」
「それは名案だ。早く行ってくれ」
賢治の気持ちを無駄にしてはいけない。きっと大丈夫。そう思うしかない。
私は土壁の横から身を低くして、一心不乱に駆け出した。
電話のあるカウンターの側を通って壁を曲がる。
後ろから、未だに一定間隔の雷撃音が聞こえてくる。
「賢治待っていて」
施設内を邪念を振り払いながら全力で走り抜ける。
視界の端ですれ違いにぼんやりと光る球体を見た気がしたけど、振り返って確認している余裕はない。
急いで入ってきた半開きのシャッターを潜って外へ出た。
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