第10話 精霊は高尚な存在です
表面が風化で剥がれた案内板を見つけて、歩くこと五分くらい。
塀に囲まれた大きな建物を発見した。
塀は身長よりもずっと高くて、上部には錆びてくたびれた有刺鉄線が張られている。
「廃と付くだけあってセキュリティーはガバガバだね」
横開きの大きな柵状鉄門扉が『いらっしゃいませ~』と言わんばかりに開かれている。
「悪ガキに荒らされてなきゃいいけどな」
賢治が不吉なことを言う。
「見方によっては私たちも悪ガキよ?」
「ガキかもしんないけど、悪さはしない」
暗に『同じにするな』と怒られてしまった。それとも、お調子者と評する私への戒めのつもりか。
流石の私もここで不遜なことをするほどバカじゃないよ。
「賢治様の仰せのままに」
大袈裟にへりくだりつつ、後に続いて敷地に足を踏み入れる。
「これって立派な不法侵入にならないのかな?」
ふと涌いた疑問が口を突いた。だからといって咎めるつもりは毛頭ない。完全なる興味本位からだ。
「どうだろうな。この会社とっくに潰れているから」
「とっくって、どれくらい?」
「十年くらい前のはずだ」
どうりでこの廃れ様なのか。
がらんどうになった駐車場の半分以上が、虫に食われたように所々土に侵食されている。
角では雑草に囲まれた木の根が、アスファルトを下から破壊していた。
体育館が四個分はある長方形の建物は、外壁が剥がれて窓は割れ放題だ。ここでドロケーとかしたら楽しそうだな。なんて、良くない考えだ。まさに悪ガキの発想じゃないか……。
「リアルお化け屋敷になってないよね?」
ドロケーはまだしも、肝試しの類は遠慮したいな。怖くない怖くない。幽霊なんて怖くないけれども。
「そういう話は聞いてないな。大丈夫だと思うけど、何かあったらすぐに逃げるつもりでいてくれ。俺のことは置き去りにしていいからな」
「さらっと怖いこと言わないで欲しいなー。あ、別に私は幽霊を怖がってないよ? ホントダヨ?」
どうせ出るなら可愛い幽霊がいいな。
あと、出るときは前もって「出ます」という断りが欲しい。派手な化粧と着飾りはNGで。人と会う際の最低限の身だしなみも整えてくれているとありがたい。
「お前って幽霊苦手だったっけ」
「ま、まさかー! 条件をクリアした幽霊ならむしろ大歓迎だし!」
「条件?」
若干の呆れが混じった怪訝な垂れ目を、私は下手な鼻歌を歌って回避した。
建物には番号の振られた巨大なシャッターが等間隔に並んでいる。物をトラックなどに入れ替えるための搬入口だろう。
私たちから近い一番ゲートのシャッターが、これみよがしに人一人分立ったまま入れる隙間が空いている。
「誰かまだ出入りしてるのかな? 不良たちの集会場になってたりしないよね」
「うーん。見たところ落書きとかはないようだけど……考えがあるからちょっと待っててくれ」
「ん? うん」
一番ゲートの前で待たされること一分。
賢治がしたり顔で、その辺から何かを拾って戻ってきた。
「中に入るぞ」
「大丈夫なの?」
「それを確かめるんだよ」
二人でシャッターを潜ると、割れた窓から差し込む光で全体像がぼんやり見えた。
床は一面緑色の合成樹脂。何かのライン工場であったらしく、ローラーのついたレールが複雑に敷かれている。
信号機の高さほどある天井付近はもっと凄い。幾重にも交差するレールが、まるで某立体交差橋のごとく絡み合い、とてもじゃないけど目で追えない。
主要な機材は持ち運ばれたようだけど、備え付けの設備や椅子や机などは乱雑に置きっ放しになっている。
奥の方で壁に仕切られた箇所があるにはあるけど、概ね視界は良好で、人のいる気配は感じられなかった。
「ちょっとうるさくするから、耳を塞いでおいた方がいいぞ」
賢治は肩のアースちゃんを机に置いた。
そして先ほど拾ってきた――石? を近くに置く。
言われた通り両耳を軽く塞いでおく。
「何をするの?」
「アースの得意技を披露する。それじゃアース、ど派手なのを一発頼む」
なぜか賢治は得意げだった。
二本足で立つアースちゃんの前に置かれた石ころが、アースちゃんと同じ高さまで浮遊する。
そして、石ころは一線の残像を残して吹き飛んで、奥にある適当なレールに衝突して大きな金属音を響かせた。まるで石の弾丸だ。
耳を塞いでおいて正解だった。
同じように耳を塞いでいた賢治が、聴覚を慣らすようおもむろに手を広げていく。
「アースが反響音から周囲の物の位置を把握できるのは知ってるだろ? それと石弾の合わせ技だ。これだけの音が響けば、隠れてる野ネズミだって探知できる」
石弾はアース系統の十八番技だ。手近な鉱物を標的に向かって吹き飛ばす。
この時の威力が土精の能力の基準とされている。
土精界のことは詳しくないけど、今の威力は相当だった。
「アースちゃんって小柄な割りにパワフルなんだね! 私素直に感心しちゃったよ。にはは。よしよーし」
核のある場所を中指の腹でナデナデする。
アースちゃんはじっとしている。賢治いわく「嫌な時はちゃんと嫌がる」らしいから、私のナデナデは喜んでいただけているはずだ。
「石弾を見て怖がられなくて良かった。まー、お前はこの程度で恐怖するタマじゃないか」
暴れる雷精をスニーカーで受け止めたことを、からかって言っているのだと思う。正直、あの時は死ぬほど怖かったけど。
「アースちゃん相手にまら、怖がる理由がないもんね」
「そう言ってくれると俺も嬉しいよ。一応言っておくと、アースは人に危害を加えないようちゃんと躾けられてるから、安心してくれ」
人に危害を加えた精霊は、人の手によって処罰される。場合によってその責任は飼い主にも波及する。
賢治との信頼関係が良好なアースちゃんが、この一線を越えるとは到底思えない。
「それでアース、何かの気配はあったか?」
私がナデナデする指をどけると、アースちゃんは机を二度踏んだ。
『NO』という意思表示。ちなみに『YES』なら一回だ。
「でもホント凄いよ。一瞬で建物の位置や生き物の気配を探知できるなんて。アースちゃんは天才だね!」
「廃工場の屋内だからこそできた荒業で、他じゃ絶対できないけどな」
自分のことのように快活に笑う賢治を見ていると、なんだか私もアースちゃんが誇らしく思えた。
精霊はその起源に関わらず、皆すごい力を持っている。もしかしたら、人間よりもよっぽど高尚な存在だ。
ペットとして飼うだなんて烏滸(おこ)がましい、尊ぶべき仲間だ。
「だけど油断しすぎるなよ? 質量がほとんどない精霊は、今のじゃ探知できない場合があるからな」
「ラジャー。油断しないとか私の得意分野だし」
賢治から手渡された懐中電灯で前方を照らしながら、施設内をアバウトに探索していく。
目的である光精がいないかどうか、周囲に気を配る。
「埃っぽいだけで、特に変わった様子はないね」
「ああ、そうだ…………な……?」
「どうしたー? 賢治?」
角を曲がって、入口からは見渡せなかった奥をライトで照らしていく。
私は受付と思しき備え付け電話の置かれたカウンターテーブルと、賢治との間に出て、絶句する。
「……なんだこれ」
賢治が開きっぱなしの口動かした。唖然として続ける。
「なんでこんなもんが大量に置いてあるんだ?」
パソコン、コタツ、冷蔵庫、テレビ、ありとあらゆる家具や家電が無造作に投げ捨てられ、ゴミの山を形成していた。
見えない奥の方にも捨てられていると考えると、建物の大きさを考慮するに、一朝一夕では詰め込められないほどのとてつもない量だ。
「不法投棄ってやつ? 圧巻過ぎて、ちょっと笑えないね」
「酷いな……」
臭くないけど、思わず鼻を手で覆いたくなる。
こんなところに光精がいるという噂が、どうにも怪しく思えてきた。
背後が急に明るくなる。
まさか光精!? と思ったけど、すぐに『ジジッ、ジジッ……』というノイズが聞こえて嫌な予感に変わる。
振り返って確かめると、嫌な予感は的中していた。
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