第9話 スーとの楽しい思い出
「話の勢いで俺も今だから聞くけどさ、雷精が現れてからの園田って、様子が変じゃなかったか?」
「変って?」
「雷精が近くにいるのに驚いたり逃げようともしなかっただろ? ずっと笑顔だったし。雷精もさ、園田のことを意図的に無視してた気がする。それどころか、最初にお前を吹き飛ばしたとき、飛び散る破片から園田を守っていたように思うんだ」
吹き飛ばされた時のことは見ていないから何とも言えない。
たまたま、破片が妙ちゃんに当たらないような角度で攻撃してきたのかもしれないし。
「妙ちゃんは私のせいで虫の居所が悪くなってたから、怒って周りが見えなくなってたんだよ。妙ちゃんってそういうとこあったから」
特に男の子が絡んだことで妙ちゃんを怒らせると、始末が悪い。
後で呼び出されて、良くわからない乙女心論を長々と聞かされる。
私が悪いのだからと、最後まで根気強く聴き終えると、妙ちゃんはその翌日からやっと機嫌を直してくれる。
「……あったから、って。流石にそれだけじゃ説明つかないだろ?」
「じゃーなに? 賢治は妙ちゃんがあの雷精を操っていたとでも言いたいの? それこそ説明不足も甚だしいよ!?」
妙ちゃんは私の親友で、ちょっと我侭なところがあるけど根は良い子なんだ。
賢治の口から、妙ちゃんを貶めるような発言は聞きたくなかったな。
「悪い。たしかに根拠もなく人を疑うもんじゃないな。ちょっと引っ掛かってるってだけでも、俺も本気で園田が雷精を操っていたなんて思ってないんだ」
「なら……いいけど。私も声大きくてごめんね」
賢治のなだめ口調に私も乗っかった。
昔のことで賢治と喧嘩するなんて不毛だ。
バツが悪そうに坊主頭を掻いている賢治も、きっと同じように思っているはずだ。
「ん? どうしたアース」
賢治の肩でアースが片足立ちした状態で、浮かせた足をぐるぐると自転させはじめた。
アースちゃんの足先にある木々の奧から、拳ほどの水の塊がふわふわと漂いながら現れる。
「あれ見てみろよ」
草木の奥を注視して、賢治と声をひそめ合う。
「何かいるね」
「水精だ。まだ幼い。ここにいるってことは、野生の精霊か」
纏う水の重量を上手く支えきれていないくて、RPGに出てくるスライムのように頭がとんがっている。浮遊の動作も見ていてたどたどしい。
「……スー?」
水精は私の持っているコップに入った烏龍茶の上で停止する。
UFOに連れ去られる牛のようにコップから水滴が吸い上げられていく。
何滴か吸収して、烏龍茶の成分が気に入ったのか、一区切りおいてからまた数滴のアブダクション(拉致)を行った。
私の期待を十分に焦らして、再びふらふらと木々の奥へと消えていった。
「スー、じゃない……」
「スーならもう」
賢治が私の心に寄り添うように呟いた。
分かってる、スーがこんなところにいないってことくらい。
あの一件以来、スーは居なくなってしまった。
警察の手を借りて家族総出でスーを探したけど、見つからなかった。
向かいのホーム。
路地裏の窓。
旅先の街。
――逢えるのはいつも夢の中だけ。
スーが帰らない理由が分からなくて哀しみに暮れていた私に、賢治は「盾になってくれた水精がスーだったんじゃないか?」と言ったけれど、私は納得していない。
賢治はスーを良く知らないから誤解しているんだ。
あんな凄い力を持った水精は、どう考えたってスーじゃない。
雷精が水壁を貫通したとき、水精の核が砕けるのを私は見ていた。――身を呈して守ってくれた水精には、心からのごめんなさいと、ありがとうの気持ちしかない。
スーはもっとか弱くて、臆病者で、雷精に立ち向かうなんて出来っこない格別に優しい性格をしている。
「スーがどこかで生きてるって、まだ信じてるのか?」
「もちろん……信じてるよ? 私は……怯えて隠れていたスーを守ってあげようとしなかった。帰ってこないってことは、呆れて見切りをつけられちゃったんだよ。きっと別の人と家族になって楽しく暮らしてるの。――想像するのは辛いけど、ね。にはは……」
スーとの思い出が蘇ってきて、話している内に悲しくなってきた。
小学校の近くにある公園で、スーは友達が飼っている水精と一緒に、よく水サッカーをして遊んだ。
水サッカーとは、サッカーボールの代わりに水の弾――水弾を飛ばしあい、より早く相手のゴールに設けた受け皿を満たした方が勝ち、という単純な水精のゲームだ。
広げた新聞紙ほどの長方形を砂場に描いて、ゴールの代わりに蓋のないタッパーを地面に嵌める。
対戦は一対一で行われる。
互いにゴール付近に位置取って、中央に埋めた水の入ったコップを使い、相手のゴールのタッパーが満たされるまで水弾を飛ばし合う。
飛んできた水弾を弾いたり、吸収して打ち返す、ということもできる。
スーは友達の水精より力が劣っていたから、ハンデとしてゴールには口が小さくて容量の大きいタッパーを嵌めさせてもらっていた。中央に置くべきコップもかなりスーに寄っている。砂の地面が苦手だからと、特別に敷物をひかせてもらったりもした。
私は中央のコップが水を切らさないよう継ぎ足しつつ、スーを全力で応援する。
『がんばってースー』
『いいよいいよその調子』
『ナイス防御スー!』
それでも勝負にはほとんど負けてしまう。
スーが奇跡的に受け止めた相手の水弾をさらに打ち返し、見事ゴールを決めた時には、一週間その話題でスーを褒め殺しにした。
スーは嬉しくなると、一瞬だけ放射状の形になる。スーができる一番複雑な形だった。
勝敗なんてどうだっていい。
スーが伸び伸びと動いて、楽しそうにしてくれれば、私もすごく幸せな気持ちになれたから。
「スー、どうして居なくなっちゃったんだろう……」
あれ? 楽しく会話しようと思っていたはずなのにな。どうしようもなく切なさが込み上がってくる。
涙は寸でのところで堪えることができた。堰を切ったように心の澱みを吐き出すところだった。危ない、危ない。これ以上感傷に浸るのは、流石に賢治に悪い。
「私のせいでなんか暗くなっちゃったかな? にはは。美味しい奢りサンドウィッチも胃に収めたところで、そろそろ行こっか!」
私は無理矢理に張り切った。
けれど、太陽が雲間に入ったように顔を曇らせる賢治に、日の出が昇ることはなかった。
「焦らなくていいと思う。こういうのはさ、ふとした切っ掛けで答えが見つかったりするもんだよ」
その言葉の真実性がどこまであるのか分からない。そんなことより、ただただ賢治が励まそうとしていることが嬉しい。
「まったくもう! あんたは最高の親友だよ!」
「なんで拗ねた口調なのか知らないけど、まあいい、ポジティブに受け取っておくよ」
賢治が空気を入れ替えるようにリュックを背負う。
昔話を切り上げて、私たちは目的の廃工場を目指して歩みを進めた。
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